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第五章。遠ざかる背中を見つめまた会える日に想いを馳せる。

 炎天下の浜松駅前をふらふらと歩くと、どこからともなくうなぎの良い匂いが漂ってきた。俺たちはその匂いを頼りにうなぎ屋を探すことにした。歩みをすすめるにつれ、うなぎ屋のあの独特で香ばしい匂いが漂ってくる。

 駅から徒歩5分ほどで匂いのもとを発見した。昔ながらの古風な店構えのうなぎ屋だ。のれんをくぐると店内はがらんとしている。丑の日も過ぎたからだろうか。

「いらっしゃい」

店の奥の厨房から白髪頭の小太りの店主が顔を出した。俺たちが窓際の席に座ると3人分のお茶を持ってきた。

 テーブルの横に立てかけてある品書きを眺める。うな重、うな丼、蒲焼。どれも皆食欲をそそる。

「僕はうな丼にしましょう。」

古泉が品書きを横から見つつ言う。

「私はうな重にしましょうかね」

桂氏も決めたようだ。俺もうな重にするとしよう。店主を呼び注文した。しばらくすると厨房からまたうなぎの良い匂いが漂う。空腹である俺たちにとってこの待ち時間はある意味幸せな拷問だ。

「あい。うな重、うな丼お待ちどう」

どんっとテーブルにお待ちかねのうな重が置かれた。酒、みりん、濃口醤油、砂糖とを各々のうなぎ屋が絶妙のさじ加減で作るタレは言葉では表せないほどの旨みがあり、そのタレを塗り輝く蒲焼は口の中でとろけるような最高の焼き加減で白米の上に乗っている。白米も良い炊き具合であり、蒲焼の影にちらりと見える米粒は白銀に輝きそそり立っていた。添えられている肝吸いも良い香りを放ち美しく透き通っている。まさに芸術作品だ。

「では、頂きます」

俺が言うと二人も手を合わせ、

「頂きます」

といい食べ始めた。

 一口くちに入れるととろけるようなうなぎの旨みが舌いっぱいに広がる。至福のひとときだ。さすが精をつけると言われているだけのことはある。先ほどまでものすごく疲れていたにも関わらずどんどんと箸が進む。気がつけば重箱の中はほぼ空に近い状態だった。

「ああ、生きていてよかったな」

俺のつぶやきに二人はプッと笑い出した。

「春さんは面白い人ですね」

桂氏がお茶を飲み気を落ち着けつつ言う。

「ええ、そうですね。格好といい言動といい、じじ臭いですよね。まあ、そこが良いところなんですがね」

古泉は褒めているのかバカにしているのかよくわからない事を言っている。まあ、良い。肝吸いも味わうことにしよう。

「ああ、俺はきっとこれを味わうために生まれてきたんだなぁ」

俺が感動の溜息をつくと二人はまた吹き出すのであった。


 食事を終え、12時43分発の東海道本線豊橋行きに乗る。その後また三人で楽しく談笑しつつ豊橋、大垣と乗り継ぎ、15時40分過ぎには米原に到着した。ここで桂氏とはお別れである。

「私はここで。楽しいひとときをどうもありがとうございました。あなた方のことは忘れません」

桂氏は俺たちが次に乗る東海道・山陽本線新快速の列車の乗口まできてそう言った。ほんの数時間ではあったが、俺たち三人にとっては本当に楽しいかけがえのない時間であった。別れは辛いものだ。

「僕も桂さんと出会えて楽しかったです。地蔵盆楽しんできてくださいね」

古泉もお辞儀をして桂氏を見送る。もっと一緒に旅行したいが、そういうわけにも行かない。

「おじさん、お達者で。またいつかどこかで会ったら、一緒に旅をしような」

そう言って笑うと、桂氏もニッコリと微笑んでくれた。

「では、またいつかお会いしましょう」

桂氏はそう言い、後ろを向いて歩き出した。同時に発車ベルが鳴り、ドアが閉まる。

「一期一会、か」

遠ざかる桂氏の背中を眺め呟く。

「そうですね。もう会うこともないでしょうが、できたらまた会いたいですね」

列車は動き出し、米原駅を後にするのだった。


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