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最終章。去りゆく旅人は二度口笛を吹く。

千春達の長い旅もとうとう終わりを告げます。切なくも甘いラストを、どうぞお楽しみください。

「ごめんなさい、私…」

 俺はまた、彼女を泣かせていた。もう泣かせまいと誓ったはずだったのにな。情けない。

「いいんだよ。俺がお前の気持ちに答えてやれなかった。こんな不甲斐ない自分が恥ずかしいよ」

そう言って彼女の頬を撫でる。手に伝う涙は暖かく、床に一粒の水の結晶となってこぼれ落ちた。

「愛しています。あなたと、一緒に居られなくてももういい。ずっとこの想いを、あなたに捧げます」

優佳の優しい抱擁は、俺を包み込んだ。この時俺達は、別れを決意した。


 午後11時過ぎ、俺達は冴子さんとの約束の場所に居た。後二十分足らずで優佳の母はここに来るはずだ。古泉と連絡が取りたいところだが、俺の携帯は水没してしまい使い物にならない。優佳を送り出した後にでもどうにか連絡を取らなくては。寄り添う優佳はもうまもなく来るであろう母親に怯えていた。何度も大丈夫だと伝えたが、どうしても母への恐怖は消えないようだった。

 正直、俺も不安だ。ここまで優佳が怯える母とは、どれほどのものなのだろう。そして許してたとは言えこのまま優佳を返していいものだろうか。もし優佳が今後苦しい人生を歩まなくてはならなくなってしまったら、俺は一体どうすればいいのだろう。本当にここで優佳を送り出していいのだろうか。

「千春さん、また悩んでる。もう、かっこいい顔が台無しですよ?」

優佳は無理して微笑み、俺にキスをした。もう、こうして口付けすることもできなくなってしまうんだな。優佳の母が、この子を優しく包み込んであげられる人であることを願うしか、なかった。


 午後11時半を過ぎたが、まだ優佳の母親は現れない。最初は場所を間違えたかと思ったが、どうもそうではないらしい。約束の時間を待つよりも、時間が過ぎた後に待っている方が焦りは大きい。いつ来るかわからないという恐怖が常に支配する。早く来てこの不安を終わらせたいという気持ちと、このまま来なくてずっと優佳と一緒に居たいという気持ちがぐるぐると入り交ざり、目の前が真っ暗になるように感じた。今ここにいるのは現実なのか虚構なのか、はっきりと識別できない程に焦燥感は増していた。唯一、俺の手をしっかりと握っているこの小さな白い手だけが、俺を現実へと引き止めている。この温もりは確かにここにあるものだった。

「優佳!」

俺の夢のような、幻のような歪んだ時間はその叫びと共に幕を閉じた。向こうから走ってくる女性は、優佳をショートボブにして少し歳をとらせたような、本当に優佳にそっくりだった。

「おかあ、さん…」

やはり優佳の母親らしい。小刻みに震える彼女は俺の腕にすがりつき、動かなくなった。覚悟を決める時が来たようだ。

「馬鹿、なんてことしてるの。家出して、こんな長い間いなくなって!」

優佳の母は彼女を叱りつけた。まあ、当然だろうな。だが優佳はその言葉に硬直した。

「お母さんは、私の事なんか…」

肩を震えさせ、涙を流しながら呟いた。しかしその言葉を遮るように、母は子を抱きしめて言った。

「馬鹿、心配したじゃないの。でも、無事でよかった」

 涙を流し安堵する母に、子は困惑していた。

「お母さん?」

自分のことを認めてくれない母が、泣いていることが理解できていないようだ。

「ごめんなさい。いつもあなたのことをわかってあげられなくて。お母さん、自分の気持ちだけをあなたに押し付けて、あなたにとってはたった一人のお父さんだものね。そんなことも考えられなくて、ただ怒り続けてた。それがあなたにどんなにつらい思いをさせていたことか。本当にごめんなさい」

母は、人目も気にせず娘を抱きしめ泣き叫んだ。自分の過ちに気づき、悔やんでいた。

「お母さん。ごめんなさい。心配かけてごめんなさい」

優佳も泣き叫んでいた。母の愛は子に伝わり、怯えていた心を揺れ動かす。時間をかけて、遠回りをして、この親子はようやく分かり合えたのだ。こんなに嬉しいことはないだろう。喜びの涙を流す二人を見て俺は、優佳との別れを悲しむことを忘れ、親子の絆に涙していた。これなら、俺はもう必要ないだろう。安心して優佳を送り出せる。


 ついに来た、別れの時だ。バスの時間までもう間もない。俺を探しに来た古泉は少し離れたところで俺たちの別れを見守っていた。

「お別れだな」

優佳の瞳を見つめて言う。俺の頭の中には、優佳との思い出が鮮明に蘇っていた。短い間だったが、かけがえの無い時を共に過ごした愛すべき恋人は、此処から先の道を共に歩んで行けない。そう思うと、涙が溢れ出しそうになる。その衝動をぐっとこらえ、手を前に差し出した。別れの握手である。

「千春さんっ…」

優佳は俺の手を無視して胸に飛び込んできた。

「やっぱり、別れたくない。あなたと一緒に居たい。お願い、連れて行って…」

そう懇願する優佳は泣いていた。抱きしめたい衝動にかられるが、我慢する。きっと今ここで抱きしめてしまえば、俺の決意も揺らいでしまうだろう。俺には優佳を連れていけない。この胸の中のいたいけな少女は、俺の傍にいては幸せになれないのはわかっている。だから。

「馬鹿な事言っちゃいけないよ。ようやくお母さんと分かり合えたんじゃないか。またお母さんを悲しませて辛い人生を歩みたいのかい?。これから進む道は幸せで明るい道を歩むんだよ。俺はただの旅人、そんな風来坊についてきちゃいけない」

そう言って優佳を優しく引き離した。そうだ。これでいいんだ。

「何かあったらな、風に向かって俺の名前を呼んでみな。きっと助けに来るからね」

精一杯優しく微笑む。どんなに辛くても、苦しくても、別れの時は笑顔で送り出してやるものだ。

「千春さん…」

優佳は目を閉じて、顔を俺のほうに寄せてきた。きっと、これが最後になるだろう。

「じゃあな、優佳。またきっといつか会いに来るから」

軽く、とても優しく、口づけをして、俺達は別れた。


「あれで、良かったのですか?」

 離れて見守っていた古泉と合流すると、そう聞かれた。

「優佳さん、まだこちらを見てますよ」

後ろを振り返る古泉は彼女たちに向けてにこやかに、大きく手を振っている。俺は、振り返らずにバスのりばの方に黙々と歩いていた。

「良いも何も、ああするしかないんだよ」

零れ落ちそうになる涙をごまかすため、俺は口笛を吹きながら歩く。その悲しき音色は、盛岡の夜闇にずっと響きわたっていた。


去りゆく旅人は二度口笛を吹く 完結。

今回で最終回になります。長い旅でしたが、ようやく終えることができました。

最後の方は少し急ぎ足になってしまったな、と感じつつも、自分の思うようにラストを書くことができてなかなか満足しています。でももしかしたらそのうち書きなおすかもしれません。


こんな駄作を最後まで読んでくださった読者の皆様には「感謝」の一言に尽きます。本当にありがとうございました。


これから先も千春たちの旅は続くかもしれません。彼はこの先、何処へ赴くのでしょうか。もし彼らを見かけたときは、是非私に教えてください(笑)


それでは大分長くなってしまいましたが、これにてあとがきを終わらせることとします。またいつか何処かで読者様と会えることを心から楽しみにして、この物語を完結とさせて頂きます。

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