第三章。縁あり情けあり向かい合うボックス席。
1時間以上かかった熱海までとは違い、沼津まではほんの十数分で到着した。しかしここからが長い。古泉に聞けば浜松まで東海道本線に乗り二時間少しかかるらしかった。
「今が9時前だから浜松に着くのは11時頃か。古泉、お昼ごろにはどの辺りまで行ってるかね?」
長い間列車に乗ってるようだとお昼時に食事を取れないこともある。そういう時は前もって駅弁を買わなきゃいけない。
「そうですね、十二時頃にちょうど豊橋に着く予定です。次の列車まで十五分ほど時間がありそうですよ」
プリントアウトした予定表を見ながら古泉が言った。
「それなら駅弁買うなり立ち食いそば食うなりの時間はあるな。うんよし、行こう」
愛知の豊橋か。どんな駅弁あるんだろう。まだ数時間先のお昼を考えつつ意気揚々列車へと足を運んだ。
浜松行きの列車に乗り、二人並んでボックス席に座った。前の席は上着と大きな旅行鞄が置いてあり、荷物の主は不在だった。
「こんなとこに荷物置きっぱなしか。危ねえな」
噂をすればなんとやら。そんなことを呟くと荷物の主が帰ってきた。
五十代後半から六十位の幸の薄そうな初老の男だった。席に座るなり深くため息をついている。そんな辛気臭い様を見せられちゃこっちもため息が出そうだ。その男は自分の鞄をガサゴソと漁るとまたため息をついた。
「お茶を買い忘れてしまったか」
そんなことを言っている。まったくしょうがねえ奴だ。
「おじさんよぉ。ほら、もう一本持ってるからあげるよ」
俺は鞄から熱海で買った缶のお茶をだして渡した。
「いやいや、そんなそんな、お構いなく」
恐縮そうにペコペコしている。頭の下げ方は板についたように決まっていた。
「なに、気にするなよ。困ったときはお互い様だよ」
男は、ありがとうございますとまた頭を下げ俺のお茶を受け取った。
俺があげたお茶を飲むと男はほっと肩を撫で下ろし言った。
「おいしいお茶をどうもありがとうございます。私、桂幸太郎と言います。」
先に名乗られたら名乗るしかない。
「いえいえ。お気に召されたならよかったです。俺は御崎千春という、田舎の学生です」
つられてさっきまで黙っていた古泉も挨拶する。
「僕は東京の学校に通ってる古泉と言う者です」
古泉はペコリと頭を下げるとまた黙ってしまった。そういえばこいつは少し人見知りの気があったな。
「桂さんはご旅行ですか?」
そう聞くと桂は少し苦笑をして言った。
「ええ、まあ。米原まで地蔵盆を見に行くんです。私のことは気軽におじさん、とでもお呼びください、御崎さん」
ああ、何か訳ありなのだろうか。深く聞かないほうがいいだろう。
「それじゃ途中までご一緒ですね。俺達は広島まで鈍行乗り継いで行く途中なんですよ。それと、俺のことは気軽に千春とか春とか呼んでください。皆そう呼んでいるので」
桂はニッコリと笑みを浮かべると、
「そうでしたか、では、春さんと呼ばせてもらいますね。しかし、広島まで鈍行とは大変ですね。こんなオヤジじゃ嫌かもしれませんが、よろしければ米原までの旅路をご一緒しませんか?」
とうれしそうに言った。
「ここで会ったも何かの縁かもしれませんな。こちらからもよろしくお願いします。楽しい旅行にしましょうや」
列車は夏の静岡を走るのであった。




