第三十八章。真実は涙へ還る。
盛岡駅に着いてからも震え続ける優佳をベンチに座り抱きしめていると、不意に携帯電話が鳴った。気を利かせて何処かの喫茶で時間を潰しているであろう古泉からの着信かと思ったが、画面には見知らぬ番号が表示されていた。出るか出まいか少し悩んだが、一向に鳴り止む気配が無いので出てみる事にする。怯える優佳を放っておくわけにはいかないので、少し離れたがお互いに見える位置まで移動した。
「あ、もしもし?。急に電話してごめんなさい、千春さんですか?」
電話に出た瞬間に女性の声にまくし立てられるように質問され、少したじたじになりつつも返事をする。話を聞けば優佳の母親の姉の冴子という人物らしかった。
「優佳から色々と話は聞きました。それであの子がうちに忘れていったメモにあなたの電話番号らしきものが書いてあったので、突然で申し訳ないけど電話させてもらったんです」
どうやら冴子さんは携帯を持っていない優佳が今どこにいるのか連絡が取れず、困っていたらしい。
「あと、千春さんにお礼を言わなくちゃ。優佳を今まで守ってくれてありがとう。あの子、多分母親にも認められない一人旅でずっと不安だったと思うから。あなたみたいに優しい人が恋人になってくれてほんとよかったと思います。優佳の母親には、もう話はしました。馬鹿な妹もようやく娘の気持ちをわかったみたい」
その言葉を聞いて、俺は心底安心した。俺が優佳と別れ帰らなくてはならない事実が覆らないとしても、彼女を不安なまま取り残しては帰れなかった。
「あなたも今日帰るんでしょ。だから今夜、母親を迎えに行かせたいんだけど、いいかな?」
優佳と、離れたくなかった。ずっと一緒にいたい。だからこのまま返事をせず電話を切り、彼女を連れて逃げ出したかった。きっと優佳も喜んでついてくるだろう。
「はい。俺は24時のバスで盛岡から帰ります」
だが、俺はそれをしなかった。このまま彼女を母親の影におびえて暮らさせたくなかったし、俺には彼女を養っていくほどの力は、まだ持っていなかった。
「盛岡にいるの。よかったー。じゃあ23時半頃に車で迎えに行くように伝えておくので、駅前の喫茶店で待ち合わせでおねがいします。本当にありがとうね。あなたには感謝してもしきれないわ」
冴子さんは優しい声で俺に言うと電話を切った。俺は、無意識のうちに涙を流していた。
「大丈夫?」
俺の頬の涙をハンカチで拭いてくれたのは優佳だった。その優しさは、俺の胸に深く突き刺さる。
「優佳」
俺は人目も憚らず彼女を抱きしめキスをした。離れたくないという思いは増す一方であり、だが俺に告げられた現実は残酷にも一刻の猶予も与えてはくれなかった。