第三十七章。その琥珀色の輝きは何を映し出しているか。
古泉は、そこにいた。足はふらつき歩く速度もかなりゆっくりになりつつも進み続けた先に、立っていた。琥珀博物館とかかれた大きな看板の立つ建物の傍に立っていた。俺達が必死になり目指した建物がそこにあった。
「遅かったですね。待ちくたびれましたよ」
涼しそうな顔をして言う古泉を見ると殴り飛ばしたくなったが、その衝動を抑えた。
「お疲れ様です」
そう言って差し出された古泉の手には、二人分のお茶が握られている。散々憎たらしかったが、今日はこのへんで許してやるとするかな。優佳を下ろして受け取ったお茶は、疲れた体を癒すように冷たさが伝わってきた。同じようにしてお茶を受け取った優佳も、そのほんのりと赤く染まる頬にペットボトルを押し当て、気持ちよさそうにしている。ようやく俺達は、この長い道のりを歩き終えたのだ。
一休みした後に館内へと入ったが、時刻もだいぶ遅くなっており、閉館まで後一時間しかないと受付の女性に告げられる。ここまで苦労して来て一時間しか見られないというのはなんとなく納得が行かなかったが、閉館時間では仕方ない。一時間で見れるところまで見るしかないだろう。
足早にすべて見て回るつもりで展示室に足を踏み入れたが、その足はすぐさま立ち止まった。
「なんだこれは」
圧巻だった。展示室に散りばめられた琥珀は照明の光を浴びて黄金の輝きを放っていた。先に入っていた優佳も古泉も立ち止まってその美しさに魅了されている。文字通り時を忘れ、その場に立ち尽くした。
結局、すべてを見て回ることが出来たが、あまり覚えていなかった。最初のインパクトが強すぎて、それしか頭に残っていないのである。古泉はまた熱心に写真を撮っていたからいずれ見せてもらうことにしよう。
バスも終わってしまった時間なので、タクシーを呼んで久慈駅まで帰ることにした。冷房の効きすぎな車内に揺られること二十分ほどで久慈駅には到着した。あんなに苦労したのは一体何のためだったのかと古泉を小一時間問い詰めたいところだ。どうせなら二千円払って駅からタクシーに乗ればよかった。
「盛岡に戻ったら、二十四時発のバスで東京に戻りますよ」
タクシーが過ぎ去った後、時計を見ながら古泉が言う。今は午後6時半を過ぎた頃であり、もう俺達に残された時間は数時間しかなかった。
盛岡駅行きの観光車仕様の路線バスに乗る。3人座れるように一番後ろの席に座ったが、古泉は気を利かせたのか少し離れた前の方に座った。
「千春さん、私、どうしよう。もう」
必死に俺の腕にすがりつく優佳は、俺との別れを惜しんでいるだけではなく、何かに怯えているようだった。
「優佳?。大丈夫か?」
心配になり優佳の頬を持ち、顔をこちらに向けさせた。優佳はそれに答えるように目をつむり、唇を寄せてくる。優佳は、震えていた。
「私、千春さんと離れたくない。傍にいて、私を守ってほしい。だって私、こんなに長い間帰らなくて、お母さんはきっと私を軽蔑している。私にとってはかけがえの無いお父さんだけど、お母さんは嫌いだから。そんなお父さんのところに行った私を、きっと軽蔑しているわ」
涙ながらにそう訴える彼女を、俺は癒す術を持っていなかった。きつく抱きしめることくらいしかできなかった。
「今は、何も言わないで。こうやって私を、包み込んでいて」
小刻みに震える唇を何度も押し付けながら彼女は言う。その行いですべてを忘れ去ろうとするように。俺は彼女の望みどおり、黙って抱擁し続けた。




