第三十四章。ひとときのロマンスを残すその輝きは。
「千春さん、これ、ありがとうございました」
部屋でのんびりとしていると、優佳が封筒を渡してきた。
「昨日借りた二万円です。使わなかったのでお返ししますね」
すっかり忘れていた。そういえば優佳に貸していたっけ。何だか二万円の収入があったみたいで得した気分だ。
「ああ、ありがとう。確かに受け取ったよ」
そう言ってカバンに封筒をしまう。優佳は少し焦ったような顔をして尋ねた。
「中身、確認しないんですか?」
そういえば確認していなかった。だがする必要もないだろう。
「なに、優佳の事を信用してるからね。確認するまでもないさ。優佳が二万円入れたって言うなら入ってるさ」
俺はニッコリと微笑んで言ったが、なぜか彼女の表情は沈んでいた。どうしたというのだろう。
「わかりました。信用してくれてありがとうございます。ささ、千春さん。そろそろお出かけしませんか?」
優佳はその沈んだ表情を慌てて消し去るように俺に告げ、立ち上がる。少し気になったが、あまり深く聞くのも失礼だからやめておこう。
「よし、行くとしますか」
愛しい恋人と腕を組んで盛岡の街へと繰り出した。
しばらく歩いて着いた盛岡駅の駅ビルには、様々な店舗が出店してるショッピングモールがあった。雑貨、衣類、食品、何でも揃う大規模なものだ。時間もあと二時間ほどあるし、ここで買い物をして時間を潰すことにする。
「千春さん、千春さん。これどうです?いいと思いません?」
優佳は大層なはしゃぎようで、雑貨屋の軒先に並んだ不細工な猫の置物に夢中になっている。
「ああ、いいんじゃないかな」
正直感想を求められても困る。俺にはどう見ても不細工にしか見えないのだから。
「なんか適当言ってる気がします」
優佳はじっとこちらを睨みつける。なんでそんなに鋭いんだ。
「まあ、いいです。もっと色々まわりましょう!」
俺の返事など聞かずに、彼女はすでに走り出していた。出会った時との印象がまるで違う。こうやってはしゃいでいる姿を見ると、心から楽しんでいるのがわかった。そんな優佳を見つめ、俺自身も幸せな気持ちになれた。
「これ、すごく素敵」
女の子向けの雑貨屋の前で立ち止まった優佳は、ショウウィンドウに釘付けであった。覗きこんでみると、派手過ぎない可愛らしい装飾が施された、シルバーのリングだった。
「ねえ、千春さん。すごく可愛らしいでしょ?。これ、買ってみようかな」
確かに、優佳がつけているところを想像すると、よく似合うと思う。指輪に似合う似合わないがあるのかは分からないが。
「お客様、それは当店でも売れ筋のペアリングなんですよ。見たところお客様はまだお揃いのアクセサリーをお持ちでないようですね。これを機会にひとつお持ちになるのもよろしいのではないでしょうか?」
若い女性店員が話しかけてきた。売り文句を色々並べ立て、優佳に説明している。今時こんなので引っかかる奴はいるんだろうか。
「そうね、いいかも。私ちょっと欲しいな」
まんまと騙されている。まったく、やれやれだ。
「千春さん。お揃いでひとつずつ買わない?。とっても可愛いとおもうの」
目を輝かせてこちらを見つめてくる。そんな目をされちゃ断るに断れないだろう。
「わかった、俺が買ってやるよ」
こういう時は、男が金を出すってもんだ。しかし可愛いリングだが、値段が可愛くないな。ひとつ一万二千円、ふたつで二万四千円か。
「ええ、でも高いですし。そんな、自分で買いますよ」
戸惑う優佳の頭を撫でて、落ち着かせる。そして店員に買うことを告げた。
「サイズはどうします?。どの指に合わせましょうか」
そうか、サイズがあるんだ。意見を求めようと優佳の方を見ると、優佳は下を向きもじもじしながら言った。
「ひ、左手の薬指で、お願いします」
店員は意味ありげにニッコリと微笑むと、優佳の指のサイズを測りだした。そしてバックヤードから指輪を持ってくると、優佳に手渡す。
「ぴったりです。これがいいです」
満面の笑みで微笑んでいる彼女は、本当に可愛く見えた。
「お客様も、左手の薬指でよろしいですか?」
いつの間にか目の前に居た店員に聞かれる。そりゃ、この状況じゃ俺もそうするしか無いだろう。
「はい、よろしくお願いします」
嬉しくも恥ずかしい買い物をした俺たちの指には、シルバーのリングが光っていた。
カラフルなアイスクリームを二人で食べたり、ゲームセンターで遊んだりと恋人らしい時間を過ごしていると、チェックアウトの時間が近づいてきた。
「優佳、そろそろ戻ろう。古泉も戻っているだろうしな」
楽しそうにクレーンゲームに興じている優佳に呼びかけ、ホテルに戻ることにする。短い時間だったが、楽しいひと時だった。
ホテルに戻ると、ロビーに古泉が居た。荷物をまとめ、チェックアウトの手続きをしているようだった。
「おや、遅かったですね。早く荷物をまとめて降りてきてください」
そう言われ、急いで支度をしようと古泉の横を通り抜けようとした時、耳打ちされた。
「おや、そのリング可愛いですね。お似合いですよ」
なんて目ざとい奴だ。いちいち言わないでもいいのに。
「うるせいやい」
俺はそう悪態をつきつつエレベーターに乗り込んだ。