第三十一章。重ねあう唇にすべての想いをのせて。
長いこと重ねあっていた唇を離す。暫くの間見つめ合い、また口づけを交わす。そんなことをしばらく繰り返し、俺達は愛を確かめ合った。
「千春さん。嬉しいです。私、こんな幸せ、今まで感じたことなかった」
肩を寄せあい、ベッドに並んで腰掛ける優佳は俺の手を握りながら言う。俺も同じ気持ちだった。
時間は午前一時をまわり、睡魔が襲い始める頃、休むことをせず動き続ける時計の針を見つめ、ため息をつく。もう優佳と一緒にいられる時間も長くない。時期は迫っていた。
「千春さん、ごめんなさい。私、そろそろ眠くなって来ました」
そう呟く優佳は、目をこすり、俺にもたれかかる。その肩を優しく抱いた。この華奢な身体を、守り続けたい。想いだけが大きくなり、どうしようもない未来が、俺達にのしかかり、押しつぶす。
「千春さん?。どうしたんですか、怖い顔して」
優佳が俺の頬に口づけをする。何も案ずることはなかった。どんな未来が訪れようと、俺は俺のできる限りの事をすればいい。それまで優佳を守り続けよう。
「なんでもないさ。さあ、もう寝よう」
俺はニッコリと優佳に微笑みかけ、優佳をベッドに寝かせる。さて、俺は何処に寝ようか。そこの椅子で寝るか、古泉のところに行くか、そのどちらかにしよう。
「何処に行くんですか?」
立ち上がった俺の裾を優佳は掴んだ。先程までの幸せそうな顔とは違い、その顔は不安と怯えに支配されていた。優佳も、わかっているのだ。結ばれた気持ちが、早くも崩れ去ってしまうことを。だからこそ、片時も離れたくないという気持ちが目に見えた。
「何処にもいかないよ。水一杯飲むだけさ」
その言葉に優佳は安堵し、手を離す。俺は本当に、彼女に思いを伝えてよかったのだろうか。苦しい思いをさせるだけでは無かったのだろうか。水を飲みつつ葛藤した。
「悩んでいるんですね。私に思いを伝えたことを。私だって、わかっています。もう別れが近づいていることは。でも、抑えきれなかった。あなたを好きっていう気持ちが、抑えられなかった。例え別れがどんなに辛くても、あの時千春さんと二人きりにならなかったら、私は一生後悔したと思います。でも、それで千春さんを悩ませて、傷つけてしまったのなら、ごめんなさい」
優佳は泣いていた。か弱い少女は、俺の気持ちを汲み取って謝っている。俺はこうして彼女を傷つけるために悩んでいたのだろうか。そうではないはずだった。
「俺は、悩んでなんかいないさ。この幸せを噛み締めていただけ。そして優佳を守ろうと、決意しただけさ」
コップを置き、優佳の方をみて微笑む。もう、彼女を悲しませたくなかった。
ベッドの傍まで近寄り、優佳を見下ろす。ベッドに横になっている優佳は両手を精一杯俺の方に差し出し、俺を迎え入れた。大きめの布団の中で丸くなる彼女を、抱きしめて口づけする。優佳もそれに応じ、俺の手に指を絡めた。
「愛しています。誰よりも、愛しています」
そして、体を重ねた。