第三十章。巡りあう想いはひとつとなり夜闇を熱く焦がす。
心臓が激しく高鳴る。優佳は潤んだ目で俺を見つめる。
「俺と二人きりに、なりたくて?」
声を絞り出して尋ねた。優佳は、彼女は、一体どうしたというのだろうか。
「はい、あの、千春さんと二人で、色々お話したいなって」
そう呟く優佳はもじもじしつつも少しずつ俺の傍に寄ってきた。腕にすがりつき、その輝く瞳はまっすぐと俺を見据えていた。
「そうだね。どんなことを話そうか」
精一杯冷静さを保ちながら言う。こんな状況で落ち着いている方が難しいものだ。
「私、もっと千春さんのこと知りたいです。世間話でするようなプロフィールだけじゃなくて、もっともっと知りたいです」
優佳は目を細め、頬を俺の胸に摺り寄せた。高鳴る鼓動に気づいたのか、チラリとこちらを見上げた。
「緊張してます?。二人きりで。実は私もすごく緊張してるんですよ」
そう言い、正面から俺に抱きついた。背中に腕を回され、きつく抱きしめられる。
「わかりますか?。この胸の鼓動。千春さんと一緒にいると死んじゃいそうになるくらいドキドキするんですよ」
俺の胸板に当たる優佳の柔らかい胸部からは、俺の鼓動よりも遥かに大きい心音が感じてとれた。
「ああ、わかるよ。すごくよく伝わってくる」
優佳は嬉しそうな顔をして、俺の方に顎を乗せる。
「ねえ、千春さん。千春さんは今、どんな気持ちですか?」
耳元で囁かれる。完全に彼女のペースだった。
「どんなって、まあ、嬉しいような、恥ずかしいような」
正直、自分の気持ちには気づいていた。俺は、優佳の事が好きなのだ。だが、その気持ちは、後に優佳を傷つけてしまうことも、わかっていた。だから自分の気持をはぐらかしてしまう。
「私も今、嬉しいです。千春さんと一緒にいることができて、すごく嬉しい。千春さんは、私のことどう思っていますか?」
優佳はきっと、俺のことが好きなのだろう。優佳の態度や行動から、その気持ちがひしひしと感じ取れた。優佳は俺の言葉を待っているのだろう。嬉しそうな顔や、行動とは裏腹に、その何処か淋しげな瞳は、優佳の心の不安を表しているようだった。俺の気持ちがわからず、今彼女は自分の気持ちという小さな灯りを頼りに、真っ暗闇の森の中を彷徨っているのだ。しかし、俺は、どうすればいいのだろう。
「逃げ出さずに最後までやりきればなんとかなる。show must go onだよい」
優作の声が、頭をよぎった。俺は今、不安と焦りに押しつぶされて泣きそうになりながらも、こうやって笑顔で傍にいてくれている優佳から、逃げ出そうとしていた。今後の事を考えて、などというもっともな逃げ道を用意して、彼女の気持ちから逃げることに目を背けようとしていたのだ。馬鹿だった。俺はただの馬鹿だった。もう、逃げない。自分の気持ちから逃げ出さず、素直になる時が来た。
「好きだよ。優佳を、愛しているよ」
優佳をきつく抱きしめた。その時、俺の中の不安や葛藤が、なくなっていくのが感じ取れた。
「私も、大好きです。どうしようもないくらい、好きなんです」
彼女は涙声でそう訴えた。今までの不安が報われた喜びからか、涙声ながらも嬉しそうな声であった。俺の抱擁に答えるように、優佳も更に力を入れて俺を抱きしめる。
「今まで、言えなくてごめんな。怖くてずっと、逃げていた」
抱きしめたまま言う。この子を、ずっと不安な気持ちにさせていた自分が許せなかった。
「いいんです。今こうやって、私が望んだ通りになってくれたから。千春さん、愛しています」
優佳は俺の首に両手をかけ、俺の瞳をまじまじと見つめながら呟いた。そして目を閉じ、顔を寄せてくる。
「俺も愛してるよ」
俺達ははじめての口づけをした。




