第二章。潮風の匂いを感じ海の声を聴く。
本を一段落読み終えて顔を上げると、車窓の向こういっぱいに広がった海が目に飛び込んできた。真夏の陽の光を浴びてキラキラと輝き波打つ海は、それはもう言い表せないほど綺麗だった。まるで、車内まで潮風の匂いが漂ってくるような、そんな気がした。熱海に近づくにつれ、街から湯けむりがチラホラと見えた。
「ひとっ風呂浴びていきたいなぁ」
さぞかし気持の良いことだろう。夏の昼下がりに入る露天風呂もまたいいものだ。眼下には雄大に広がる大海原。心地よい潮風に吹かれながら、寄るさざ波の音を聞く。ゆっくりとお湯を楽しんで温まって、風呂上りに冷たい麦茶を一杯飲む。これがまた格別においしいのだ。
うっとりと目を閉じ思いを馳せているといつの間にか熱海駅に到着していた。
「あっ、いけねえ。ここで降りなきゃ!」
慌てて古泉を叩き起こし、荷物をまとめて列車から飛び降りる。危うく乗り過ごすところだった。古泉も後ろから眠そうに目をこすりながらついてくる。ここでJR東日本からJR東海に乗り換えて沼津に向かう。熱海には駅のホームにだけの立ち寄りだった。
列車の外はかんかん照りのお日様があたりを照らし、時折心地良い風が吹いていた。しかしそれにしても暑い。暑いなんてもんじゃないくらい暑い。一気に汗が吹き出してきた。時間も8時20分を過ぎた頃で、そろそろ日差しも強くなり始める時間だ。
「なあ古泉、次の列車まであとどれくらいある。どっかで温泉入っていかないか?」
時間があるならちょっと寄り道して行きたいところだ。汗を流して気持ちよく旅を続けたい。
「そんな時間ありませんよ。ただでさえギリギリの日程なんですから。次の電車まで後2分しかありません、急ぎましょう」
俺のそんな儚い望みは打ち砕かれた。しょうがないか、鈍行で広島まで行くのだ。時間がいくらあっても足りないだろう。
「あーあ。どうせなら熱海の温泉で一泊していきたいくらいだな」
そんなことをつぶやきつつ、俺は沼津行きの列車へと乗り込んだ。




