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第二十八章。月明かりの中に響く宴の声はいつの時まで。

「それで、ここが俺らの部屋か」

 フロントで案内された部屋に着いた俺は呟いた。

「ええ、そのようですね」

古泉は額に冷や汗をかいていた。無理もない、なぜならこの部屋は、

「ダブルベットじゃないか」

こいつと一緒の布団には寝たくない。

「あなたと一緒の布団に寝るんですか…」

古泉も落胆している。そりゃそうだ、誰だって男二人でダブルべッドなんて寝たくない。

「どうしたもんかな」

二人して悩んでいると後ろの扉が開いた。

「おじゃましまーすって、あれ、どうしたんですか、そんな所に立って」

優佳がお菓子やジュース、そして自分の荷物までも抱えて入ってきた。わざわざ荷物まで持ってくることないのにな。

「ああ、なんでもないよ。狭い部屋だなって思っただけさ」

俺はそう言って荷物を下ろした。そしてひとつしかない椅子を優佳にすすめる。

「ありがとうございます。今日はぱーっと盛り上がりましょう!」

俺はベッドに腰掛け、疲れのせいで溜息をついた。そんな俺とは対照的に、優佳は妙にハイテンションだった。どうしたのだろうか。

「随分とごきげんですね。何かあったのですか?」

俺が聞きたかったことを古泉が聞いてくれた。そういうところはなんとなく心が通じてるんだよな。

「え、あ、そうですか?ちは、お二人に会えてうれしいんですよ!」

優佳はなぜかどもりながらも楽しそうに言う。そしてがさがさとお菓子の袋を漁りだした。

「じゃんじゃん食べて盛り上がりましょう。ね!」

優佳は立ち上がって部屋の角のポットの近くにあるコップを三つ持ってくると、俺と古泉に手渡す。そして買ってきたジュースを3人に注ぐと、なぜか椅子ではなく俺の隣に腰掛けてきた。

「じゃあ僕も参加しましょうかね」

古泉はやれやれといった表情をしつつ先ほどまで優佳が座っていた椅子に腰掛けた。

「それじゃあ、お疲れ様でした、乾杯!」

優佳の掛け声と共に俺たちも乾杯、とあわせる。疲れてはいたが、やはりこういうことは楽しいものだった。

 夜は更けて、宴会も盛り上がっていた。実はこの道中、こうやって三人でゆっくり話をする機会がなかった。この旅のこと、自分の事、色々と語り合った。優佳の事もこの時はじめて詳しく聞いたのだった。話によれば優佳はそれなりの良家のお嬢様らしい。親戚関係もかなり多く、かつ色々なところに顔が広い。だからこそ婿養子だった優佳の親父さんが出ていった時、優佳の母は激怒したのだろう。親戚のほとんどが優佳の親父を嫌ったが、唯一今日立ち寄った宇都宮に住む親戚だけは優佳の気持ちをわかってくれたらしい。それがとても嬉しかったと、優佳は漏らしていた。

「僕、意外かもしれませんが、こう見えて鉄道が好きなんですよ。いわゆる鉄オタには程遠いですがね」

いや、どうみても鉄オタだよ、お前は。今更すぎるだろう。

「へー、そうだったんですかー。意外だなー」

優佳も乗るな。お前も広電本社前でのアイツの行動を見て知っているだろうに。

「私はですね、こう見えて天然ってよく言われます。意外でしょう」

優佳も自慢げにそんなことを言い出した。それもわかってるわ。どうみても君は天然っ子だよ。

「まったく、楽しい連中だよ」

こいつらといると飽きないな。楽しい宴はまだまだ続きそうだ。


「ようやく静かになった、って感じですね」

 古泉が俺にお茶を入れながら言う。はしゃぎ疲れた優佳はベッドで眠りについていた。

「俺達に再会できたのがよほど嬉しかったんだろうな。あんなにはしゃいだ優佳ははじめて見たよ」

古泉から受け取った茶を飲みつつ、優佳の顔を眺める。幸せそうにベッドで眠る優佳はすやすやと安らかな寝息をたてていた。

「今回の旅行、あなたがついてきてくれて本当に助かりました。僕だけでは桂氏の事も、八神さんの事も、手帳の事も、猫の事もどうにもならなかったでしょう。感謝しています」

改まってお辞儀をしながら、古泉はそんなことを言い出した。

「おいおい、まだ早いだろう。旅は終わっちゃいないんだからさ。それに俺も、お前と旅行にこれて楽しかったよ」

手を差し出した。古泉も手を伸ばし、しっかりと俺の手を掴んで握手をした。

「また今度何処かに行くときもよろしくな」

古泉は嬉しそうに、だが少し苦笑しながら言う。

「その言葉もまだ早いんじゃないですか?」

たしかにそうだった。


 僕もそろそろ眠くなって来ましたね。八神さんはどうしましょう」

 優佳は先程から本格的に眠りについているようだ。

「起こすのも悪いし、俺達が隣で寝るとしようか」

そう言って立ち上がろうとしたが、何かに引っ張られる。後ろを見ると、優佳は俺の服の裾を掴んだまま寝ていた。

「おい、優佳。離してくれよ」

手を離そうとするがものすごく強い力で握っていて離さない。揺すって起こそうとしたがまったく起きる気配はなかった。

「どうするよ、これ」

古泉に解決策を求めたが、嬉しそうに笑うだけだった。

「よっぽどあなたのことが気に入っているんですね。僕一人隣の部屋に行く事にしましょう。それでは、おやすみなさい」

古泉は自分の荷物だけそそくさとまとめて、俺が制止することも聞かずに部屋を去っていった。

「自分勝手な奴なんだから、もう」

溜息をついて優佳のほうをみる。そこにはぱっちりと両目を開いた彼女がこちらをじっと見つめていた。

「古泉さん、行っちゃいました?」

キョロキョロと辺りを見回しつつ言う。というかなんで起きているんだ。

「ごめんなさい。あの、その、ですね」

身体を起こしベッドの上に座った優佳は、白いシーツをいじりながらもじもじとしている。

「ち、千春さんと二人になりたくて、寝たふりしちゃいました」

そう言って顔を赤らめる優佳は、まるで天使のように愛らしかった。

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