第二十五章。駆け抜ける影を追い迷い込んだ路地の先に。
「とりあえず何処かでゆっくり落ち着いて、考えよう」
俺は固まる古泉にそう呼びかけ、福島駅を出た。東口を出て、駅前を散策する。チェーンの喫茶店を見つけ中に入った。
「で、これからどうするよ」
二人分のコーヒーを頼み、席に座り話しかけた。
「どうしましょう。新幹線なら間に合いますが、僕はそんなお金はないで。」
俺だって二人分の新幹線代は持ち合わせていない。
「万事休すですね…」
困ったもんだ。福島で足止めか。
しばらく喫茶店でゆっくりしていたが、座りっぱなしで腰も痛くなってきたため店を出た。
「どうしましょうか」
沈みかけた夕陽をみつめ、古泉は言う。優佳との約束もある、早く盛岡につかなくては。
「おーい、それ捕まえてくれい!」
誰かが叫んだ。声のする方を見ると虎縞模様のネコが走ってくる。
「ネコが喋ったのか!」
一瞬気が動転した。
「違いますよ、後ろです」
古泉が指差す方にはタンクトップを来た若い茶髪の男がネコを追いかけて走ってきた。
「そのネコ、捕まえてくれよい!」
必死に走りながら叫んでいる。ネコが逃げ出したようだ。
「そのネコとまれい!」
俺もそう叫び捕まえようとしたが逃げられてしまった。古泉もネコに飛びつくが颯爽とした動きで難なく交わしていく。
「ええい。ネコの機動力は半端ないな」
俺達は見ず知らずの人のネコを追いかけ、路地へと走りだした。
「いたか?」
ウロウロと路地をさまよいながら電話越しに話しかける。
「いませんね」
受話器の向こうの古泉は息を切らせて返事をした。
「悪いね、兄ちゃん。巻き込んじゃって」
茶髪の男は済まなそうに両手をあわせて謝っている。
「ちょっと車のドアをあけたらさっと逃げ出しちゃってさ。ずっと追いかけてたのよ」
細身の男は、やれやれと言った感じに頭をかいている。こっちもやれやれだ。
「居ました!。そちらの方に逃げています!」
つながったままの電話から古泉の叫びが聞こえる。その直後、目の前の路地からネコが飛び出してこちらに全力疾走してきた。
「そうそう何度も逃げられねえだろうよい」
男は俺の前に出ると、ジャンプしてかわそうとしたネコを掴んだ。
「とったぁ!」
勝利を確信し、男はそう叫んだ。だがネコは男の顔をもう片方の足で踏みつけると、束縛を解きスルリと抜け出す。
「逃がすか!」
俺は空高く飛んでいるネコに飛びついた。空中では身動きも取れまい。
「お前の逃亡生活もこれで終わりだ」
ネコを両手に抱き、ぶら下げる。ネコはしばらく唸っていたが、また逃げ出そうと暴れ始めた。
「うなぁぁぁっ!」
爪を立てて俺の服をバリバリと引っ掻く。一瞬手を離しそうになるとネコはその間を抜けて逃げ出そうとした。
「何度も同じ手は食らわんよ」
俺の手から離れたネコを、男はしっかりと抱きかかえる。今度はひっかかれないように身動きが取れないように抱きしめた。
「ようやく捕まったか。手伝ってくれてありがとうよ。だが、その服、ホントすまない」
男はまた俺に謝る。先程ネコが引っかいたところをみると、俺の夏物のジャケットはネコの引っかき傷でボロボロになっていた。
「ああ…。一張羅なのに…」
俺の悲痛な叫びは路地裏にこだました。
「ホント助かったよい。お前さんたちのおかげだ。その服は弁償させてもらうよ」
駅前から離れたところに停車していた男の車の前で、男は深々と頭を下げた。
「まぁ、いいってことよ。しかしそれより、大きいな」
男の車は10tトラックだった。洗車したばかりなのだろうか、車体は夕陽に照らされ輝いている。
「わいの自慢の愛車だよい。これで長距離運送の仕事をしてるんだ」
随分と年寄り臭い喋り方だ。見かけによらず歳なのだろうか。
「俺は御崎千春です。こっちは古泉」
俺達が頭を下げると、男もつられて挨拶をした。
「挨拶が遅れてすまない。わいは、不知火優作、二十二歳のトラドラだよい。こいつはわいの愛猫のミーだ」
予想以上に若かった。
「お前ら時間は大丈夫かよい。旅の途中じゃないのか?」
そうだった。これからどうしたもんか。
「実は…」
俺達は事の経緯を優作に話した。
「なるほどよ。お前さんたちはここで足止めになったんだな」
うんうんと頷きながら話を聞いている。
「そうなんです、僕のミスだったんですが、行く宛もなくてどうしようかと模索していたところです」
優作はしばらく考え込んでいたが、俺達の顔を見てニヤリと微笑んだ。
「こいつのことも捕まえてもらったし、服のこともあるしよ、ワイのトラックで盛岡まで運んでやるよい!」
唖然とした。まさかこんなことになろうとは。親切はしておくもんだと心から思った。
「いいんですか?」
古泉も不安そうに聞く。だが優作はその不安を笑い飛ばした。
「遠慮するなよい。俺が送っていくって言ってるんだから。夜には盛岡につくだろうから、早くのれよ」
俺達は優作の心遣いに感謝し、彼の愛車に乗り込んだ。