第二十四章。探し物が見つからないからといって踊っている訳にはいかない。
通りすぎてゆく人ごみの中を、手帳のついでに古泉も探す。いつもの落ち着いた雰囲気からは想像できないほどの俊敏さを見せた古泉は行方知れずとなっていた。
「おいおい、見知らぬ土地で迷子かよ」
お互いはじめてきたような場所で一人になってしまった。携帯も混み合ってるせいか繋がらず、焦りは増す一方だった。
しばらく歩いていると窓口があった。そこに立ち寄り、対応してくれた鉄道員に手帳が届いてないか尋ねる。
「いえ、届いてないですねぇ。届いたらお伝えしましょうか」
答えは残念なものだった。もしかしたらまだ届いてないだけかもしれないという淡い期待を抱き、携帯電話の番号を教えた。今日、誰かに携帯番号を教えるのは二度目だった。やれやれだ。
俺達が電車を降りたホームに古泉はいた。ベンチに腰掛けうつむく古泉の隣に腰掛ける。
「その様子じゃ、無いようだな」
俺は溜息をつき、言う。
「ええ」
古泉は顔をあげずに小さく声を漏らした。本当に憔悴しきった声だった。俺には理解できないが、よほど大事だったのだろう。
「すみません。せっかくあなたについてきてもらって得たスタンプでしたのに」
古泉の声はますます小さくなる。涙は流してないようだが、ところどころ嗚咽を漏らしているところを見ると、今にも泣き出しそうなのだろう。
「いいってことよ。さあ、探そうぜ。くよくよしたって手帳は向こうから歩いてこないんだよ」
俺は古泉の手を掴み立ち上がった。とっとと見つけて早く盛岡に急がなくては。
手帳はまだ見当たらない。俺達の通った道はもちろん、近くのゴミ箱やトイレも探してみる。古泉は向かいのホームまで探しに行っている。空を飛んで向こうに行くわけあるまい。そんな所にあるわけがないのにな。
「あったかー」
線路越しに呼びかける。だが古泉は頭上で腕を組みバツ印を作るだけだった。十数メートル離れたところにいる古泉は、こちらからでもよく分かる程に落胆している。あんな姿を見せられてはちゃんと見つけてやらないと本当に可哀想だ。俺は何時までにここを出れば間に合うかもわからないまま、焦燥感に駆られて慌ただしく手帳捜索を続けるのだった。
「リリリリリリン」
携帯電話が鳴った。画面には見知らぬ番号が表示されている。
「はい、もしもし」
捜索を中断し、電話にでると先ほどの鉄道員の声がした。
「ミサキさんですね。手帳が届きましたよ。一度確認に来てもらえますか?」
地獄に仏だ。鉄道員さんありがとう。
「わかりました。すぐに向かいますね」
電話を切って古泉を呼ぶ。俺の大きなマル印のジェスチャーを見た古泉は慌てて走ってきた。
「見つかったのですか!」
息を切らして叫んでいる。そんなに慌てなくても逃げないぞ。
「いや、俺は見つけてない。だが窓口に届いているらしいから見に行こう。」
古泉は返事もせずに慌てて階段を駆け上がっていった。落ちてくるなよ。
「この手帳ですね。ご確認お願いします」
鉄道員が棚から出した手帳はまさに古泉のそれだった。古泉はとたんにホッとした表情になり、中身を確認しはじめる。
「間違いなく僕の手帳です。よかった、もう戻らないかと思いました」
安息を漏らす古泉に、鉄道員はニッコリと微笑んだ。
「先程、女性の方が届けてくださいましてね。どうやらゴミ箱の角の死角に落ちていたらしいですよ」
なるほど。それで俺達は最初気づかなかったわけか。そしてゴミ箱付近を探し始めた頃には拾われていたってことだな。
「ありがとうございます。ほら、急ごう古泉」
お礼を言って古泉を促す。古泉も礼を言うとホームに向かって歩き出したが、すぐに立ち止まった。時計を見て、表情を強ばらせる。
「まさか、電車がないとか言うんじゃないよな?」
冷や汗が頬を伝う。嫌な予感しかしない。
「そのまさかです。只今の時刻は午後4時40分。盛岡につくためには4時36分の電車に乗らなくては行けませんでした」
なんという事だろう。ギリギリのギリギリで電車を逃してしまったらしかった。