第二十三章。立ち止まる列車は動かぬ景色の中で。
列車が止まった。だが駅ではない。あたりには田んぼの広がるのどかな風景の中に、なぜか列車は停車した。信号待ちだろうか。
「ただいま、当列車は異音を感知したため、停車しております。状況が確認でき次第の発車となりますので、今しばらくお待ちください」
どうやら何かあったらしい。
「どうしたのでしょうかね。人でも轢いたんですかね」
真顔で尋ねる古泉。そんな怖いこと言わないでくれよ。本当だったらどうするんだ。
大分時間がたったが、列車は一向に発車する気配を見せなかった。時折先ほどと同じようなアナウンスが流れるだけで、状況は掴めてないらしい。
「よくまぁこんなに長い時間待たせること」
悪態をつきながら窓の外を眺める。先ほどと代わり映えしない田園風景があった。
「車両点検でもしているのでしょうか。異音の正体が故障であれば一大事ですからね」
たしかにそうだが、こうも長いこと狭い列車に閉じ込められれば人間嫌になるってもんだ。なんだかんだ言って一時間半ほどはここに停車してるんだからな。
「どうですか、気晴らしにしりとりでも…」
古泉はひらめいた、というような笑みをこちらに向ける。
「却下」
俺はその古泉の言葉を遮るように言ってやった。
「どうしてです?」
心外そうな顔をしている。理由がわからないのか、こいつは。
「嫌なもんは嫌なの」
俺は不機嫌そうに言い、本を読み始めた。
「大変長らくおまたせ致しました。発車いたします」
ようやく列車は動き出した。アナウンスをよくよく聞いてみると、子供が線路に石を置いたらしく、それを轢いた音がしたらしい。やれやれ、はた迷惑な話だ。
「なんともまぁ、くだらない原因だったな。もっと早く復旧して欲しいもんだ」
溜息をつきながらようやく流れていく景色を眺める。動いても動かなくても代わり映えしない風景だった。
「本当に退屈でしたよね」
古泉は数十分前から昨日手に入れたスタンプを眺めて悦に浸っていた。
「いや、お前は十分に楽しそうだったぞ…」
俺のつぶやきなど意に介さず、古泉はひたすら自分の世界へ入っていた。
福島には予定の一時間遅れで到着した。大分急いで走ったらしいから遅れは予想していたものよりも少なかった。ずっと列車の中でくたびれたが、のんびりしている時間はない。早く次の列車に乗らなくては。人ごみを書き分けるように早足で歩き、乗り換え先のホームを目指す。急ぎ足で息も切れてしまったが、ホームに到着することができた。列車もまだ発車まで余裕がありそうだ。
「なんとか間に合いそうだな、古泉」
俺はそう言って振り返った。だが、古泉の顔は蒼白だった。
「先程まであったスタンプを押した手帳がないんです」
ガサガサとカバンを漁っているが、一向に見つからない。古泉は若干パニックになっている。
「おちつけ、最後に見かけたのはどこだ?」
ベンチに座らせて事情を聞く。どうやら先ほどの列車を降りるときにはあったらしい。
「じゃあ、この乗換の時に落とした可能性があるな」
古泉はカバンをしめて立ち上がる。
「今すぐ探しに行きましょう!」
そう言って大慌てで元きた道を走って行ってしまった。
「おい、あ…」
俺達が乗るはずだった列車が走りだした。早く見つけないと今日中に盛岡に辿りつけないな。
「ったく、しゃあねえ」
悪態をつきつつも俺は手帳を探してウロウロと歩き始めた。




