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第二十章。真夜中の高速道路に連なるテールランプ。旅はまだ終らない。

 出発時間ギリギリになってしまったが、なんとかバスに乗り込む事ができた。

「このバスは22時20分発新宿行きです。途中1時30分、4時25分、6時30分にトイレ休憩のためサービスエリアに立ち寄ります。新宿への到着は明朝9時50分の予定です。それでは皆様快適な夜の旅をお楽しみください」

車内アナウンスを聞き流しながら俺たちは席についた。少し窮屈な4列シートの前から3番目の左側の席に座る。優佳の席は急遽予約したため、少し離れた5列目の右、窓側の席だった。

「優佳、一人で大丈夫か?」

心配になって尋ねると、少し不安げな顔をしつつも、大丈夫。と言った。本当に大丈夫なのだろうか。

「まもなく当バスは発車致します。乗客の皆様はお席についてください」

アナウンスの声に急かされて慌てて席につく。優佳とは離れ離れになってしまった。

「心配ですか?」

バスが発車するとすぐに古泉は早速寝る準備を整え、アイマスクを装着しながら俺に言った。

「まあな。というかもう寝るのか。少し広島の余韻に浸りながら話さないか?」

せっかくだ。夜更けのバスで語り合うのも悪くないだろう。

「夜行バスは静かにするのがマナーです。静かにするには寝るのが一番ですよ」

そう言って大きなあくびをしながら古泉は眠りに着いた。やれやれだ。


「なーにが静かにするには寝るのが一番、だよ」

 横でぐうぐうとうるさい鼾をかいている古泉を横目に睨みつつ小声でつぶやく。

「これじゃ寝られやしない」

文句をいい、カバンから本を取り出す。室内灯の灯りを最小限にしぼり、他の客の迷惑にならないように本を読み始めた。

「まもなく、トイレ休憩です。20分後には発車いたしますので、お乗り遅れのないようにご注意ください」

 サービスエリアにバスが停車した。トイレに行きたかったので降りようと思ったが、古泉が邪魔で降りられない。窓側に座るんじゃなかった。

「おい、起きろ。トイレ行くからどいてくれ」

少し強めに揺さぶると、古泉は不機嫌そうに目を覚ました。そういえばこいつ、寝起き悪かったっけな。

「すみません。どきま。」

ぼそぼそと言いながら立ち上がり、ドアの方へと歩き出した。お前も降りるならアイマスクぐらいおでこから取っていけよ、はずかしいな。

「らんらんらららんらららららん~っと」

前の方をやはりトイレ休憩にバスを降りる客であろう初老の男性が、日本一無責任な男の代名詞とも言える歌を口ずさみながら歩いている。酒を多量に飲んでいるのか、その男が通ったあとはとても酒臭かった。

(ああいうのも他の乗客に迷惑だろ)

嫌な顔をしつつも優佳の席の方を覗きこんでみると、彼女は毛布をかぶり眠りについていた。

「起こさないようにしよか」

俺は優佳や他の乗客を起こさないように小声で古泉にいい、バスの外を目指した。

 夜のサービスエリアは淋しげな雰囲気だったが、意外と車の数は多く、人も多い。トイレと自動販売機の灯りだけがついており、おみやげ屋や軽食店などは真っ暗だった。手早くトイレを済ませ、古泉と自動販売機の前まで来た。

「あなたとこうして夜中に一緒にいるのもなんだか不思議なものですね」

炭酸ジュースを飲みながら古泉が言う。俺も缶コーヒーを一口飲んだ。

「だな。というか俺は夜行バスあまりのらないからこの時間にサービスエリアにいるってこと自体新鮮な感じだ」

二人で笑い合い、バスへと戻った。

「では、おやすみなさい」

 古泉はバスに戻るやすぐに眠りについた。そして数秒後には鼾が聞こえてくる。寝るの早いな、こいつ。

「それでは、発車いたします」

バスはまた夜闇へと走りだした。


 窓の外をひとり眺める。連なったテールランプが赤い光の帯を作り一定の速度で動いている。普段見慣れたはずのただの乗用車なのに、なぜか神秘的に感じた。

「なぁ…おい…ねえ…」

後ろのほうで声がする。内容までは聞き取れないが、男の声らしい。誰かに話しかけている雰囲気だが、相手の声がしないため電話でもしているのだろうか。迷惑なやつだ。そして俺の隣で幸せそうに眠る、同じくらい周りに迷惑をかけてそうな奴の横顔を眺め、溜息をついた。。

 どれくらい時間がたっただろう。古泉の鼾にも慣れ、途中何度かうとうとと眠ることが出来たが、やはり乗りなれないバスでの睡眠というものは難しいらしい。しっかりと寝ることはできなかった。ぐうぐう寝ているこいつが羨ましいぜ。

「まもなく、トイレ休憩のために停車致します。発車は20分後ですので、お乗り遅れのないようにご注意ください」

二度目のトイレ休憩が来たようだ。身体を動かしたかった俺はまた古泉を揺さぶりおこし、外に出る。今度は古泉はついて来なかった。外はトイレの他に、まだ営業しているオープンカフェがあった。

「千春さん!」

バスを降りて少し歩くと、不意に呼び止められた。優佳だ。立ち止まり振り返ると抱きつかれた。

「どうしたよ、そんなに慌てて」

俺が軽く尋ねると優佳は恐ろしげにバスのほうを一瞥し、俺の手を引っ張ってオープンカフェへと連れて行った。

「一体どうしたんだ?そんなに慌てて、ゆっくりコーヒーを飲みたいって感じじゃなさそうだな」

優佳の顔は怯えていた。何か怖い夢でも見たのだろうか。

「隣のおじさんがしつこくて。酔っ払っているみたいで私の身体触ったり何度も大きな声で話しかけてきたり…」

セクハラか。なるほどな。席が離れてしまったばかりに優佳を守ることができなかった自分が情けなかった。

「あ、来た…」

優佳が顔をそむける。バスのほうを見ると先程歌を歌っていた男がこちらに歩いてくる。

「おねーちゃんひどいよ~。おじさん寂しいんだし相手してちょうだいよ」

呂律が回っていないところをみると相当酔っているのだろう。

「助けて…」

優佳は必死に俺にしがみついてきた。男もそれに気づき、近づいて優佳に手をのばす。

「おねーちゃん何?その男ー。彼氏?ひどいなぁ、こんなおじさんよりも若いのがいいってかぁ?」

優佳の肩に触れそうになった時、とっさに男の手を掴んだ。

「おっさん、触るなよ」

思考を経て出た言葉ではなかった。本当に一瞬、その瞬間に発せられた言葉だ。

「なんだと小僧。お前ぇ、その娘の恋人なのか?」

男は怒りのためか、酒焼けのためかわからないが、顔を真赤にさせて睨んでくる。

「それは、だな…」

恋人、という言葉に一瞬ためらいどもる。

「恋人じゃねえならいいじゃねえか。俺はただその子とお話がしたいだけなんだよー」

男は酒臭い口を優佳の方へ近づけながら言う。俺も限界だった。

「優佳は俺の恋人だ。文句あるか?」

片手できつく優佳を抱きしめ、もう片方の手で男の頭をはねのけた。そして自分でも驚くくらいドスの聞いた声で怒鳴った。

「んな、てめえ。このやろう…」

男は一瞬殴りかかってきそうな雰囲気だったが、いそいそと退散していった。口だけの奴だったらしい。

「優佳、もう大丈夫だよ。あいつ行っちゃったから」

優しく優佳に語りかけた。彼女は少しずつ顔を上げ、俺を見ると同時にまた胸に顔を埋め泣きだした。」

優佳を強く抱きしめる。

「怖かったよな。気づけなくてゴメンな」

俺は謝るしかなかった。

 落ち着いた優佳を椅子に座らせ、ココアを買って飲ませる。甘い飲み物を飲んでホッとしたのか、少しずつ顔には笑みが戻ってきた。

「ありがとうございます。本当に助かりました。ずっと怖くて、千春さんに助けてもらいたくて。そうしたら千春さんがあの人追い返してくれて。バスの中で想像してた千春さんより、さっきの千春さんのほうがかっこよかったです」

照れるようなこと言うな。しかし、本当に気づいてやれなくて申し訳なかった。

「もう二度とあんなことが起こらないようにするよ。優佳をちゃんと守るからな」

先程一緒に買ったコーヒーを飲み、そう約束する。

「頼りにしてますからね」

優佳はそう言ってニッコリと微笑んだ。


 そろそろバスの出発時間が近かったので、戻ることにする。優佳はまだバスに戻ることに抵抗があったみたいだが、それは杞憂に終わった。

「古泉?。なにしてるんだ?」

優佳の席に古泉が座っていた。先ほどの男は機嫌悪そうに隣で目を瞑っている。

「あなたのせいですよ。あなたが毎回起こしますし、隣で本など読んでいるから寝付けないのです。ですから八神さんには悪いですが、勝手に席を交代させてもらいました」

嘘つけ、よく寝てたくせに。そう言ってやろうと口を開きかけた時、古泉が目配せした。なるほどな。どうやら古泉は先程の状況を何処かで見ていたらしい。優佳に気を使いそれっぽい理由をつけて席を交代したのだ。

「悪いな、古泉」

俺は二つの意味で古泉に謝ると、優佳を連れて自分の席に戻った。

 バスが発車して少し経つころ、優佳が口を開いた。

「古泉さん、気を使ってくれたんでしょうか?」

多分気を使ったんだろうが、あいつの事だから少なからず言葉通りの意味もあっただろう。

「理由はさっき言ってたろ。それにあいつはさっきの出来事は知らないよ。本当に寝付けないから自分勝手に席を移動しただけだよ」

俺はそう言って優佳の頭を撫でた。

「それなら良かったです」

優佳は安心したのか俺の肩にもたれかかり、目を閉じた。こんな時間がずっと続けばいいと、心から願っていた。


「まもなく当バスは、最後のトイレ休憩に立ち寄ります。出発は20分後ですのでお乗り遅れのないようにご注意ください」

 三回目ともなると聞き慣れたアナウンスの声が響き、バスは停車した。窓の外は明るくなっており、明け方独特の雰囲気を醸し出していた。

「千春さん、降りましょうか」

優佳はいつの間にか目を覚ましていた。頷き返事をすると二人でバスの外へと出た。

 今回のサービスエリアは最初と同様に店がすべて閉店しており、トイレと自動販売機だけ使えるようである。優佳と少し離れたところにあるベンチで待ち合わせをして、用をたす。手を洗い外にでるとまだ優佳はベンチには居なかった。ゆっくりとベンチに向かい、腰を下ろす。

「もう朝か。やっぱあんまり眠れなかったな」

最初はバスのせいもあったが、途中からは天使のような寝顔の女の子が自分にもたれ掛かっていたのだ。眠れるわけがない。

「おまたせしましたー」

俺の寝不足の元凶の一つである優佳が、缶ジュースをもってやってきた。

「千春さん、どうぞ。さっきのお礼です」

にっこりと缶コーヒーを渡される。今夜三杯目だ。そろそろ飲み飽きたがせっかく買ってきてもらったので笑顔で受け取る。

「ありがとう。頂きます」

二人並んで座り、優佳にもらったコーヒーを飲む。明け方の清々しい空気を感じながら飲むコーヒーはまた美味しかった。

「さっき、とっても嬉しかったんですよ」

コーヒーを飲み終える頃、優佳が俺に寄り添いながら言った。

「私を守るためとはいえ、私のことを恋人って言ってくれて」

下を向きながら恥ずかしそうにしている優佳は何よりも可愛く見える。

「ま、まあな。お前を守るためなら何だってするさ」

照れながらもう空になったコーヒーを飲むふりをする。正直こういうことに慣れていないから困る。

「照れてますね?。かわいいんだから」

優佳は俺の頬を指でつつきながら嬉しそうに言う。

「私、千春さんともっとずっとこうして居たいです。こんな時間が永遠に続いてくれればいいのに」

うっとりと、だが何処か寂しそうに呟く優佳を、俺は無言で抱きしめた。


広島編 完

とうとう二十章まで連載できました。これも読んでくださっている皆様のおかげです。今回は区切りの章ということで大分長くなってしまいました。読みにくくて申し訳ないです。今回で広島編は終わりです。次回からは岩手編がスタートするのでよろしくお願いします。

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