第十九章。赤色灯のなかに微笑む老人を見送る。
「すまないね。ワシのために」
老人は道中申し訳なさそうに何度も俺に謝った。そのたびに俺は笑顔で大丈夫、と答えるしかなかった。
「駅が見えてきたぞ」
前方から繁華街のまばゆい光が差し込んできた。ようやく駅に近づいたらしい。かなり辛かった。
「到着っと」
駅前まで駆け抜けてきた俺はものすごく疲労していた。息はきれて心拍数はかなり上昇している。日頃の運動不足が祟ったようだ。老人を近くのベンチに下ろすと、ホッとして肩をなでおろした。
「うぅ。ゴホっ」
老人はかなり体調が悪そうだ。救急車はまだなのか?
「すまないが何か飲み物をくれないか。一口でいいから」
俺は慌てて先程のコンビニ袋から自分のお茶を手渡した。ふとその時あの時の事が頭をよぎる。
(おっさんにもこうやってお茶あげたっけな。元気でやってるか)
つい昨日のことであるはずなのに、色々とありすぎたせいか遠い昔の記憶のように感じた。
「千春さん、大丈夫ですか?」
優佳が向こうから走ってきた。古泉も一緒だ。
「ああ、救急車を呼んだからもうすぐ来るはずだ。ここならわかりやすいだろうし大丈夫かな」
古泉はやれやれと言った仕草をしている。
「ちょっと水飲んでトイレ行ってくる。優佳、爺さんを頼んだぞ」
優佳は元気よく返事をすると老人に話しかけはじめた。俺は古泉を連れて自動販売機の方へ歩き出した。
「まったく、次から次へと問題を起こさないでくださいよ。今回は人助けだから良かったですけど、行く先々で事件に巻き込まれるなんて何処の小学生名探偵ですか」
しょうがないだろ、好きで巻き込まれてるわけじゃないんだから。古泉は不機嫌そうだが、そのうちため息をついた。
「まぁ、バスの時間に間に合ってよかったです。それに、お疲れ様でした。大変だったでしょう」
自動販売機で缶コーヒーを購入し、俺に手渡してきた。
「ああ、ありがとうな」
俺はそれを受け取り疲れきった身体にコーヒーを染み渡らせた。
「おじいちゃん、具合どうですか?」
優佳は老人の様子を心配そうに見ている。2人は水を飲みに行ってまだ帰ってきていなかった。
「ああ、大分楽になったよ。ほら、救急車の音も聞こえてきた。彼がここまで運んでくれたおかげだ」
老人はつらそうにもニッコリと微笑んだ。
「それならよかったです。お体をお大事にしてくださいね。」
優佳もニッコリと微笑む。そのうちに救急隊がやってきて老人の診察を始めた。老人は色々と答えていたが、救急車に乗る準備をする際、優佳に耳打ちをした。
「いい恋人を持ったな。大事にするんだよ」
いたずらっぽく笑う老人。優佳は顔を真赤にして首を横にふった。
「違いますよ、恋人なんかじゃないです。でも…」
老人は優佳に優しく微笑みかけ、サイレンと共に去っていった。
「ただいま。爺さんはもう運ばれたか?」
俺はベンチにひとり座っている優佳に話しかけた。
「えぇ、はい」
優佳はなぜか上の空で答えた。どうしたというのだろうか。
「優佳、大丈夫か?」
調子が悪いのかと思い顔を覗きこむと赤面し、下を向いてしまう。大丈夫なのだろうか。
「そろそろバスの時間ですよ。行きましょう」
古泉が時計を見ながら言った。時刻は22時15分。20分発の新宿行に乗らなくてはいけない。
「それじゃ急ぎますか」
俺は優佳の手を引き、バス停へと向かった。