第一章。香りのよいお茶を楽しみながら列車は熱海を目指す。
東京に向かう鈍行列車に乗り込み、明け方の故郷を後にした。数日間ではあるが、しばしの別れである。運良くふたり並んで座れたため、乗換駅まではのんびりと過ごせそうだった。
「こうやって会うのも久しぶりですね」
唐突に古泉がそんなことを言ってくる。確かに、中学卒業以来メールのやり取りはあったが実際に合うことはなかった。
「だな。お前も相変わらずかわらないな。いんちき臭い敬語つかって」
古泉はフフッと鼻で笑うと、嬉しそうに言った。
「敬語は僕のアイデンティティですよ」
きっとこいつは、大人になって酒を飲み交わす仲になっても敬語なんだろう。そう思うと俺も笑みがこぼれてきた。
そんなふうに他愛もない雑談をしながら俺たちは東京へ向かった。
朝の7時を過ぎる頃、品川に到着した。売店に寄りお茶とおにぎりを二つほど購入し、東海道本線で熱海へ向かう列車の中で食べる。朝食である。熱海につくまで一時間半以上あるのでゆっくりと食べられそうだ。
鮭とおかかのおにぎりを、東京の高層ビルが立ち並ぶ雑多な風景を眺めつつ味わう。ペットボトルの緑茶はお気に入りの銘柄。口の中に広がったおにぎりの味をさっぱりと締めてくれるいいお茶だ。古泉は家で食べてきたらしく、俺がおにぎりを頬張っている間、うとうとと船を漕いで眠そうにしていた。朝は弱い奴だったな、たしか。しばらく見ていたらすやすやと眠りにつきはじめた。旅はまだ長いんだ。起こさないように静かにすることにしよう。
朝食は終えたが、熱海につくまであと三十分ほど時間があった。車窓からの風景は次第に自然が増えていき、都会の喧騒はもうなかった。
「さて、本でも読むかな」
このまま景色を眺めているのも良かったが、今は眠気を飛ばすのに頭を使いたかった。このまま二人で眠ってしまっては大変だ。俺は鞄の中から文庫本を取り出して読み始めた。