第十八章。困ったときは助け合い。路地裏で起きた騒動。
午後9時半を過ぎた頃だった。もうそろそろここをでなくては間に合わない。しかし優佳は一向に起きる気配を見せなかった。
「起きてくれ。もうそろそろ行かないと間に合わないよ」
まだ服すら着ていない優佳を凝視することはできない。顔をそっぽに向けながら呼びかけた。
「ん。んん」
ようやくお目覚めだった。うとうとしながら眼をこすり、優佳は起きた。
「おはようございます。すみません、疲れちゃって」
あくびをして伸びをする。いいから早く服を着てくれ、目の毒だ。
「挨拶はいいからとっとと服を着て出る準備をしてくれ。もう時間がないんだ」
寝ぼける優佳を急かし、俺達は慌ててホテルを後にした。
「そういえば夕飯食ってないな」
駅に向かう道の途中、少し空腹感に襲われた。
「なんかコンビニで買っていこうか?」
俺の提案に優佳も賛成し、近くにあったコンビニに入ることにする。
「食い物と飲み物。あと飴かなにか買っていこうか」
二人で店内を物色して回る。優佳は菓子パンと紅茶を、俺は昆布とわかめのおにぎりといつものお茶を選んだ。そして二人で食べられるようにミックスフルーツの飴を購入した。
「こうして一緒に買い物していると、何か新婚夫婦みたいですよね」
優佳が顔を赤くしながら呟いた。そんなこと言われたら俺も照れるだろう。
「ん、ああ」
そんな風にごまかしながらレジで支払いを済ませて外にでた。
「さて、急ごう。駅まではこの道をまっすぐ行けばいいみたいだ」
広島駅この先15分と書かれた看板を目印に俺たちは歩き始めた。今は9時42分。このまま早足で歩いていけば十分間に合いそうだった。人通りの少ない狭い路地を俺たちは急いで広島駅に向かう。しばらく歩いていると背後で何かの音がした。
「ドサリ」
何かが地面に落ちるような音だった。重そうな荷物のような、そのようなもの。後ろを振り返ると、脇道の近くに大きな固まりが落ちていた。とても大きい、丸いもの。不審に思い立ち止まってよく見ると、それは人間だった。
「うぅ…」
老人の男性だった。苦しそうに顔をしかめながらうずくまっていたのだ。
「あの、大丈夫ですか?」
優佳が心配そうに声をかけるが、老人は動かない。
「おいおい、時間無いのにトラブルばっかり起きるな」
俺は苦笑しながら小声で呟いた。
「優佳は先に駅に行っててくれ。古泉が待ってるはずだ」
俺はそう言い優佳を先に駅に向かわせた。そして老人に話しかける。
「おじいちゃん、大丈夫かい。救急車呼ぼうか?」
トントンと肩を叩くと、俺の存在に気づいたらしく、ゆっくりと顔を上げた。
「い、いや。大丈夫だ。急に胸が苦しくなって動けなくなってしまっただけだ」
それを普通は大丈夫とは言わないんだぜ。
「大丈夫そうじゃないから救急車呼ぶよ。観念してくれや」
電話を取り出して119をコールする。すぐに繋がったので事情を話した。
「ああ、うん。だから爺さんが胸が痛いって倒れてるんだよ。俺?。俺はただの通りすがり。苦しそうにしてたから気になったんだ。え、何だって?」
救急隊員から衝撃の事実を聞かされた。
「道が狭くて救急車が来れないって?駅近くじゃないと無理なのかよ。しゃあない、そこでいいから急いで来てくれ」
荷物を優佳に預けておけばよかったと今更後悔した。
「よっこいしょっと」
爺さんを背負って立ち上がる。
「すまないねえ。迷惑かけちゃって」
老人が申し訳なさそうに言う。
「おとっつぁん、それは言いっこなしの約束よ」
すまし顔でそう言うと、老人は笑い出した。幾分かその顔から苦痛が消えている。
「さあ、グズグズしてられないよ。とっとと行きましょうかおとっつぁん」
小走りで駅までの一本道を進みだした。