第十七章。桃色の城の中で眠れる美女は。
シャワーを浴びたいと強くせがむ優佳に押し切られ、とうとうホテルにはいってしまった。空室だった302号室を選択し、休憩でなかに入る。今は七時半過ぎ。二人ともシャワー浴びても十分時間はあるだろう。
「うわ。ピンク色の部屋だ。すごいな」
目的の302号室のなかはすごかった。大きめのベッドにガラス張りのシャワールーム。浴槽がでかい。モダンなのか時代遅れなのかわからない調度品が並べてある。
「ごめんね。わがままでこんなとこ来ちゃって」
今更何を言う。もう金も払ってしまったししょうがないだろ。
「気にすんな。ほら、シャワー浴びてその泥落としてこい」
俺は荷物を降ろしソファに腰掛けて言った。優佳は気分良さげに返事をすると脱衣所の方に去っていった。
「しかし、あれだな。もう少し落ち着いた色にしてほしいな」
そんな事を想いながら棚の上のスイッチを押す。すると天井に設置してあったカラフルな証明がクルクルと回りながら点灯しだした。
「ええい。目の毒だ!」
慌ててスイッチを切る。こんなシステムになっていたのか。
「サァァァッ」
シャワールームの方で音がする。不意に目を向けるとガラス張りの向こうで優佳がシャワーを浴びようとしているとこだった。目隠しのはずであるガラスはスモークでもなく磨りガラスでもなく、普通のガラスだった。
「これじゃ目隠しの意味がないだろうに」
恥ずかしくなり、シャワールームからから目をそむけ、カバンから本を取り出して読むことにした。
「おまたせしました」
しばらくすると優佳がそう言ってシャワールームから出てきた。白いバスローブだけを身にまとった優佳を見た俺は唖然としてしまった。綺麗だ。
「服をきろ、服を。びっくりするじゃないか」
冷静を保とうとしたが、若干声が裏返る。優佳から視線を逸らし、ソファ付近までやってきた優佳から離れるように洗面台に行く。
(落ち着け。俺、落ち着け)
蛇口で泥のついた手を洗う。深呼吸をすると、洗面台にスイッチが三つほどあることに気づいた。
(一つは洗面台。一つは風呂場。もう一つはなんだ?)
不審思いスイッチを押す。洗面台の灯りがついた。そして次に風呂の灯り。最後のスイッチを押すが、照明はつかなかった。何のスイッチかと思い辺りを見回すと、目隠しの意味をなしていなかったガラスが、スモークガラスに変貌していた。
「何だかすげー技術なんだな」
そう思っているとふと背中になにかがあたった。後ろに目をやると、優佳が俺に抱きついていた。
「千春さん。なんかこういうところ怖くて。シャワー浴びたい一心で入っちゃったけど…怖くなっちゃって。抱きしめてもらえますか?」
いや、抱きしめたほうが普通はよほど怖いんだけどな。しょうがなく抱きしめようと思ったら、優佳はまだバスローブのままだった。
「その前に服を着てくれ。恥ずかしくてかなわん」
若干挙動不審になりつつも言う。俺だって男だ、そんな姿で抱きつかれちゃ何をするかわかったもんじゃない。
「でも、怖くて」
上目遣いで見つめてくる。そして目を閉じて、俺を強く抱きしめた。
「千春さん…」
抱きしめてやりたかったが、何かがすべて終わってしまう気がした。その衝動を抑えつつ優佳の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「俺も風呂入ってくるから、服着て待ってろよ」
優佳から目を背け、そそくさと脱衣所の方に入っていった。
しばらくシャワーを浴びながら頭を冷やす。
(優佳は俺を好きなのか?)
そんな事を悶々と考えつつ、浴槽に浸かる。
(出たらどうするか…)
正直気まずいな。まさかこんな状況になるとは思いもしなかった。
長いこと考えていたかったが、時間も残り少ない。早めにでるしかないな。シャワーで身体を洗い流し、風呂を出た。脱衣所で服を着ていると、隅っこの方に優佳の服が置いてあることに気づいた。
「まだ服着てないのか。そろそろ風邪引くぞ」
覚悟しつつ脱衣所を出ながら言う。しかし返事はなかった。
「優佳?」
部屋の中をぐるりと見回したら、彼女はベッドの上で寝ていた。
「あらら。疲れてたのね」
ちょっとほっとしつつソファに腰掛けた。
「ほら、風邪ひくから起きろ。」
そう言って優佳の肩をゆするが、一向に起きない。相当疲れてたんだろう。俺はそんな彼女が可愛くてしょうがなかった。
「ま、もう少し休ませてあげるとしますか」
そう思いソファにもたれかかって本を読み始めた。
しばらくしてふと大事なことに気づいた。
「今何時だ?」