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第十三章。青く輝く海より美しくいつまでも残しておきたい瞬間は。

「それで、スタンプは押したのか?」

 宮島に向かうフェリーに揺られながら俺は尋ねる。

「もちろんですよ。写真も撮って来ました」

自慢げに古泉が見せたデジカメの画面には、スタンプ台の写真が映しだされていた。何もこんなところまで撮らなくてもいいのにな。

「うぅ。辛いよ…」

優佳は船酔いして長椅子に横になっている。本人曰く、船は一番苦手な乗り物らしい。

「おい、大丈夫か?」

心配になり声をかけたが、唸るだけで返事はなかった。まぁ、安静にさせておくのが一番かな。

 宮島に近づき、後2分ほどで到着することを船内のアナウンスが告げた。そろそろ降りる準備をしないといけないな。自分の荷物を手早くまとめ、ついでに優佳の荷物もまとめることにする。

「おい、優佳。もう着いたから降りるぞ」

優佳の荷物をまとめ終え、声をかけた。唸るだけでなかなか起きないので古泉に優佳の荷物を託し、先に降りてもらう。

「おーい。はよ起きんかい」

ペチペチと頬を軽く叩くと、ようやく返事をしてくれた。

「ごめんなさい。連れていって…」

そう小さく呟いた。やれやれ、しょうがないか。横になっている優佳を抱きかかえると、転ばないように慎重に宮島に上陸したのだった。


 とりあえず広場のベンチに優佳を降ろし、隣に座る。古泉は少し離れたところにある観光案内図を見に行っていた。

「すみません、すみません。みっともないところをお見せしてしまって。それに連れていって、なんて言ってしまって…」

優佳は大分落ち着いたみたいだが、ブツブツと謝りながら落ち込んでいた。

「気にすんなって。具合悪けりゃしかたねえよ」

笑いながら励ましたが、優佳は落ち込んだままだった。

「やれやれ、しょうがないな。ちょっとここで待ってろ」

そう言い残し俺はおみやげ屋の立ち並ぶ方へ歩き出した。

 「おまたせ」

ベンチに一人座っている優佳にソフトクリームを差し出した。古泉はまだ戻っていないようだ。

「船酔いした直後に食い物ってのもどうかと思ったが、まぁ、いらなけりゃいらないでいいよ」

そう言って手渡すと、優佳は戸惑いの顔を見せつつも受け取った。

「いえ、船酔いはもう大丈夫です。でもごめんなさい、アイスまで奢ってもらってしまって」

そんな優佳を見ていると次第に笑いがこみ上げてきて、ついに大声で笑ってしまった。優佳はきょとんとしながらこちらを見つめている。

「いいんだよ、気にしなくても。そんなに毎回謝ってちゃつかれるだろう。旅行なんだからもっと楽しめよ。それにな、お前を支えるって、決めたんだしな…」

そう言って照れ隠しに優佳の頭をわしゃわしゃと撫でてやった。優佳は赤面していたが、すぐさま顔を隠すように下を向いてアイスを食べ始める。潮風の薫る宮島の昼下がりだった。


「向こうにおみやげ屋通りと厳島神社があるみたいですよ、行ってみましょう」

 しばらくして古泉が両手に土産物屋の袋を抱えて帰ってきた。どうやらこいつは俺達を置いて先に土産を購入していたらしい。

 古泉に連れられておみやげ屋通りを抜け、厳島神社へとやってくる。途中鹿の群れに遭遇し、危うく優佳が連れ去られかけたりしたが、無事に到着した。

「ここがかの有名な厳島神社か。さすがに圧巻って感じだな」

目の前にそびえ立つ神社は、まさに壮大といったものだった。美しく朱色に輝く廻廊、海の上に建つ境内。そしてその視線の先には代名詞とも言える大鳥居が海上に誇らしげに建っていた。

「まさに芸術ですね。素晴らしいものです」

古泉も感動している。優佳は見とれて声も出ていなかった。

「中に入ってみましょう」

古泉が写真を撮りつついう。俺もいい場所あったら写真撮ってみるかな。そんなことを思いつつ足を踏み入れた。

 神社内ではしばらく別行動をし、それぞれ思い思いの時間を過ごした。古泉は夢中で写真を撮り、優佳は細部に施された装飾に魅入っている。俺はというと写真を取るわけでもなく、ふらふらと歩いていた。

「さすがに人も多いな」

夏休みの観光名所の混みようと言ったら半端ではない。ましてや今日は比較的過ごしやすい気候だ。境内はかなりの人でごった返していた。こうも人が多いと落ち着いて見て回ることなんかできやしない。わざわざ夏にこんなに混んでいるところに来なくてもいいのに、と思ったが自分もそのうちの一人であった事を思い出した。やれやれだ。

 そのうちに高舞台の近くに出た。海に突き出している部分だ。ここから鳥居が真正面によく見える。偶然なのか、先程までの嫌というほどの人ごみはなぜかなくなっていた。潮風が涼しく頬を撫でる。心なしか静けさを感じ、波の音に耳を寄せると心が洗われるように感じた。高舞台までゆっくりと歩くと、そこに居た。優佳である。綺麗な黒髪を風になびかせ、陽の光を浴びて輝く海と朱色の鳥居を背に佇む優佳の横顔は、今まで出会った誰よりも美しく俺の目に映った。思わずカメラを取り出し、写真を撮る。

「えっ?」

シャッター音に気づいた優佳がこちらをみた。俺が写真を撮ったことに気づき、こちらにやってくる。

「もう、勝手に写真撮らないでくださいよ。恥ずかしいんだから」

そう言ってふくれっ面をしてそっぽを向いた。

「ごめんごめん。優佳があまりにも可愛かったからさ」

俺がそう弁解すると、優佳は顔を真赤に染め、嬉しそうな顔をした。だがすぐに自分の表情に気づき眉をしかめ後ろを向いてしまった。

「そんな事言うんじゃないの。まったく千春さんは恥ずかしいなぁ、もぅ」

そんな優佳の姿が可愛くて仕方がなかった。なんとなく、優佳との距離が縮まった、そんな気がした。

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