第十二章。たどり着いた念願の場所。男の浪漫を垣間見る。
適度に涼しいクーラーがかかる路面電車に揺られていた。記念撮影ののち、原爆ドームをあとにした俺達は近くの駅から広電の路面電車に乗り込み、古泉の旅の目的でもある広電本社前駅に向けて出発した。
「車と電車が一緒に走ってるって、何だか不思議」
優佳は窓の外を眺めつつそんなことをつぶやいている。確かに普段こういった風景を見慣れていない俺たちにとっては何もかもが新鮮に見える。窓の外を流れていく車の列、大通りの真ん中にある駅。俺自身も結構ワクワクしながら乗っていた。
「もうそろそろ着く頃ですよ。次の駅が広電本社前です」
古泉が言う。大通りを直進してきた電車は小さなビルの前にある駅で停車した。
「さあ、降りましょう」
俺達は運賃を払い駅に降り立った。なんのことはない、他の駅と変わらぬ小さな駅だ。目の前に見えるビルが広電本社なのだろうか。本社というからにはもっと大きなものを想像していたが、そうでもないらしい。辺りを見回してみたがこれといって大きな建物は見当たらなかった。
「これが、本社か?」
俺のといに古泉は大きく頷く。そして俺達を置いてずんずんとビルの入り口へと進んでいった。
「やれやれ」
古泉のアグレッシブな行動にきょとんとしている優佳を連れ、俺達もビルの中へと入る。
ビルの中には小さな受付があり、そこでは「列車むすめ」の絵柄の入った1日乗車券などが売っていた。
「乗車券、三枚ください」
古泉が受付のおばさんから乗車券を購入している。
「すまんな。俺らの分まで」
そう言って受け取ろうとすると古泉は意味の分からない、と言った顔をした。
「何言ってるんですか、これは僕の保存用と観賞用と持ち歩き用の分ですよ。今日実際に使うのは普通の乗車券です」
ため息しかでなかった。
古泉の案内につれられて、俺達は近くのお好み焼き屋に足を踏み入れた。
「ここは列車むすめのなかに出てくるお好み焼き屋のモデルになった店なんですよ。ここでお昼を食べましょう」
古泉はそんなことを嬉々として語っている。なるほどな、だからお昼くらいに広電本社に着くようにスケジュールをたてていたのか。
「どれもみんな美味しいものばかりです。でもやはり広島風お好み焼きを味わってみましょうかね」
確かに店内には香ばしい香りが漂っていた。時間は12時をまわっており、お腹が空く頃だった。
「私も同じのにする。千春さんは?」
俺も同じ物にしよう。注文をとりにきたおばちゃんに広島風お好み焼きを三つ頼んだ。
しばらくたつと、ちゃんと調理されたお好み焼きがテーブルに三つ運ばれてきた。どうやら広島風は自分で調理するものではないらしい。生地と具が重なりあい、更にはうどんが一緒に焼いてあるすごく豪華なものだった。香ばしい香りとソースの独特な匂いが食欲をそそる。一口くちに入れてみたら、今まで自分の家で作っていたお好み焼きがまるで駄菓子のように薄っぺらい味に思えてくるほど濃厚で格別な味だった。
「美味しいですー」
優佳も目を輝かせながらお好み焼きを頬張っている。口にソースをくっつけながら。
「ほんと素晴らしいですね」
古泉はまだ手を付けておらず、一心不乱にお好み焼きの写真を撮っていた。