序章。きっかけはいつも唐突に。
「旅行に、行きませんか?」
高校1年も数ヶ月を過ぎ、そろそろお盆も終わりに差し掛かるある日のことだった。中学の頃の同級生であり、仲が良かった古泉という男からそんなメールが届いた。詳しく聞いてみると広島と岩手に列車を乗継ぎ数日かけて行きたいそうだ。やれやれ、なんと無茶な話だろう。昔から旅行は好きであったがこんなに長距離を移動するのははじめてのことだ。しかし始まったばかりの高校生活に不慣れであった俺は特に予定もなく、昔なじみと出かけるのも悪く無いだろうと思い二つ返事で了承した。こうして夏の終わりに、俺たちは旅にでたのである。
お盆も終わり夏休みも終盤に差し掛かった八月某日、朝5時を過ぎた頃。俺はいつもの黒い中折れ帽子に夏物のジャケットを羽織り、茶色い鞄一つという身軽さで地元の駅の改札で古泉を待っていた。(親父臭い格好とは言わないでほしい。)旅行に行くのにそんなに荷物はいらない。着替えと洗面具、あとは身分証と金さえあればなんとかなるものだ。重く多すぎる荷物は列車を乗り継いでいく旅には向いていないし、俺自身もごちゃごちゃと持っていくのは嫌いだ。
傍を通勤する人ごみが電車が到着するたびに俺の横を忙しなく通り過ぎる。皆、仕事のことしか頭に無いようだ。
「狭い日本、そんなに急いでどこに行く…か」
そんなことを考えていたら通路の向こうから古泉が歩いてくるのが見えた。
「おはようございます。おまたせしてすみません」
古泉がそんな堅苦しい挨拶をしてきた。
この古泉という男はかなり変わった男だ。なんせ、同い年である俺にさえ敬語を使う筋金入りの礼儀正しさを持ち合わせているからだ。一六歳の高校生らしい幼さはなく、妙に大人びている。まぁ、それを言うなら俺もかなり親父臭い性格だがな。中肉中背で顔も多少幼さを残す古泉は、Tシャツにジーンズ、キャップという普通の若者らしい格好をしていた。それでもってあんな性格である。見た目とのギャップが激しすぎるだろう。
「まもなく、2番線に電車が参ります。白線の内側にてお待ちください」
不意にそんなアナウンスが駅の構内に響いた。俺らが乗る予定の電車だ。この時間帯は電車に乗ることが無いので混み具合がわからないので早めに乗って席に座りたかった。
「挨拶は後だ。古泉、急ぐぞ」
俺はそう声を掛けホームへの階段を降りだす。
「わかりました」
と、後ろから古泉の返事が聞こえた。まったく、つくづく礼儀正しい男だ。