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だから私はのタイトルからはじまる物語

だから私は本を読む だって物語のヒーローは裏切りませんから

作者: 弍口 いく
掲載日:2026/07/28

 数多くの作品から目に留めていただき、ありがとうございます。


 なぜ!?

 なぜ突然、魔法が使えなくなったの!?


 聖女である私が生み出す聖なる魔法陣に触れると魔獣は消滅します。しかし、それが顕現しませんでした。

 陣を出そうと翳した右手に魔獣の牙が食い込み、あえなく食い千切られました。


 飛び散る鮮血。

 激痛。


 言葉では言い表せない痛みに私は死を覚悟しました。

 そして意識はそこで途切れました。



   *   *   *



「無敵の魔法使いアイオロスは無実の罪を着せられて処刑されそうになっていた少女を、地下牢から救い出しました。自由になった少女はアイオロスと共に旅をすることにしました。そして一緒に過ごすうちに二人は愛し合うようになり、結婚して末永く幸せに暮らしました。めでたしめでたし」


 私は孤児院の子供たちに読み聞かせをしていました。どんなことも可能にしてしまう稀代の魔法使いアイオロスの冒険物語。恐ろしい魔獣を退治するだけではなく、悪徳貴族も成敗して弱者を助けるヒーローものです。そして最後は愛する人と幸せになるのです。子供たちはこの物語が大好きです。


 その本は祖母のたった一つの遺品です。

 両親は私が産まれて間もなく魔獣に襲われて殺されました。私は祖母に育てられましたが、七歳の時に祖母は事故で亡くなり、身寄りがなくなった私は孤児院へ行くことになりました。貧乏だったので家に金目のものはなく、私の手元に残ったものはこの本だけ、古びた書物で誰が書いたか作者も記されていないのでわかりませんが、私にとってはなにより大切な祖母の形見です。


「俺も魔法使いになれるかな? アイオロスみたいに魔獣を退治できるようになるかな」

 子供たちが目をキラキラと輝かせます。アイオロスは孤児で天涯孤独でしたが、魔法の才能が開花して最強の魔法使いになりました。孤児たちのほとんどが親を魔獣に殺されています、だからアイオロスのように魔法で魔獣を退治したいと強く思っているのです。


 現実はそう甘くありません。

 でもそれを知るのはもう少し大人になってからでいいでしょう。今は夢を見させてあげましょう。


 私ことベアトリス・カッシーニはこの孤児院出身の十七歳。真っ白な髪に赤い瞳の見た目は、かつては気味悪がられました。しかし十三歳の時、運命を変える出来事がありました。


 孤児院仲間のモイラが流行り病にかかり命を落としかけました。彼女は私がここへ来た時に親切にしてくれた親友です。私はなんとか治りますようにと必死で祈りました。貧しい孤児院に来てくれるお医者様はいませんし、薬も高価で買えません。私に出来ることはただ祈るだけだったのです。


 その時、誰かの声が聞こえました。『君が望むなら力を分けてあげよう』って、幻聴だったのかも知れませんが、それはアイオロスの声に聞こえました。本の中の彼の声など知るはずもありませんが、そんな気がしました。だってアイオロスはどんなことでも出来る大魔法使い、本の中から語り掛けることだって不可能ではありません……なんてね。


 それはともかく、必死で祈る中、なんと!聖魔法が顕現しました。治癒の力でモイラを死の淵から救うことが出来たのです。


 先代の聖女が亡くなってから百年以上、次の聖女はまだ現れておらず、我が国は常に魔獣の脅威に晒されていました。そんな中、百年ぶりに聖女が現れたと注目を浴びてしまったのです。


 私の意思に関係なくカッシーニ公爵家の養女に迎えられました。孤児院とは別世界、毎日豪華な食事に綺麗なドレス、フカフカのベッド、夢のような贅を尽くした生活を与えられました。しかしそれだけではなく貴族令嬢としての作法を叩き込まれました。


 なぜ貴族の教養が必要なのかと首を傾げていましたが、一年後その理由がわかりました。十四歳になった時、この国キリギス王国の王太子、スタンリー殿下の婚約者になったのです。


 スタンリー殿下はプラチナブロンドにエメラルドグリーンの瞳、一歳年上のたいそうな美少年、笑顔を向けられると眩しすぎて目が潰れそうになります。たとえそれが作り笑いだったとしても嬉しかったです。だって、本来なら一生お目にかかる機会など無い高貴なお方ですから。


 この婚約は、聖女が現れれば結婚することとした王室典範に則った王太子の義務、こんな貧相で冴えない女を妻に迎えなければならないなんて気の毒ですし、ご本人はきっと不本意でしょうが、それでもスタンリー殿下は優しく接してくださいました。


 そして王宮で暮らすようになって三年が経ちます。しかし聖女とは言え平民の孤児が貴族社会にすんなり受け入れられるわけもなく、肩身の狭い思いをしていました。


「ベティ、また勝手に抜け出してこんなところに来ていたのね」

 モイラが私を捜しに来ました。彼女は私が王宮に上がる時、一緒に来て身の回りの世話をしてくれています。彼女が傍にいてくれると心強いのですが、親友を使用人のように扱うのは心苦しいです。


「王太子殿下があなたの姿が見えないと心配されているのよ」

「そう……」

「気に掛けて頂いているのよ、もっと嬉しそうな顔をしなさいよ。孤児が公爵家の養女になって王太子殿下の婚約者に選ばれるなんて、これほどの幸運はないでしょ。夢のような生活を送れるようなったのに、なんでこんなところに来ているのよ」


 私の勝手な行動がモイラを困らせているとわかっているのですが、王宮を抜け出すのは簡単です。だって侍女も護衛も任務を疎かにして誰も私のことなど気に留めていないのですからね。

「ここで子供たちと一緒にいるほうが落ち着くのよ」


「まあ、気持ちはわからないでもないけど……。聖女であることを鼻にかけて我儘放題だとか、使用人を虐めているとか、根も派のない悪い噂が絶えないものね。きっとセレス様が広めているのよ、あなたに王太子殿下を奪われたと逆恨みして嫌がらせをしているんだわ」


 セレス様はモーアハウス公爵家のご令嬢、王太子殿下の元婚約者です。ミルクティー色の縦ロールの髪がゴージャスで、サファイアのように輝く瞳の美しいご令嬢です。彼女は八歳の時に王太子の婚約者に選ばれてから七年間、厳しい王太子妃教育を受けてきましたが、聖女である私の出現によって彼女の努力は無駄になってしまいました。それから三年、彼女はまだ私を恨み続けているらしいです。


「仕方ないわ、私が聖女にならなければセリア様が王太子妃になる予定だったのですもの」

「もう三年も経っているのに、執念深い方ね」

「私があの方から王太子妃になる未来を奪ったのですもの、恨まれても仕方ないわ」

 セリア様が悪い噂を流している証拠はありませんが、そんな噂のせいで周囲の目は冷たいのです。


「あなたのせいじゃないでしょ、聖女が現れたら王族と結婚することに決まっていたのだから」

「でも、殿下も私なんかじゃ不服でしょ」

「そんなことないって、大事にされているじゃないの」


 大事なのは私自身じゃなくて聖女の力、モイラだってわかっているくせに。どんなに優しい言葉をかけられても、大切にしているふりをされても、心の中は透けて見えています。


 スタンリー殿下には腹違いの弟王子が三人いらっしゃいます。皆それぞれに優秀で王太子の座を虎視眈々と狙っているらしいです。王太子の座を揺るぎないものにするためには聖女の妻が不可欠なのです。


 前の聖女は異世界から来た人間で、黒目黒髪の小柄で華奢な少女だったと文献に記されています。聖魔法で魔獣を討伐しただけでなく、異世界の知識でこの国の発展に貢献されたらしいです。


 奇しくもその外見がモイラに似ていることから、別の噂もたっていました。

 モイラは真っ直ぐでサラサラの黒髪に子犬のように濡れた黒い瞳、華奢で可憐で庇護欲をそそるタイプの少女です。本当は勝気なしっかり者なのですが。

 それはさておき、誰が言い出したのか、本物の聖女はモイラではないかとまことしやかに囁かれています。四年前、私はモイラの病を癒して救ったのではなく、彼女から聖なる力を奪ったのではないかと……。


 そんな噂はモイラの耳にも入っているはずですが、『あの時、私を助けてくれたのは間違いなくベティよ、あなたは命の恩人よ』と言って私に尽くしてくれています。


「とにかく戻りましょ」

「ええ」





 スタンリー殿下が私を捜していたのは、三日後に出発する魔獣討伐の準備確認でした。前回の討伐から半月も経っていません、私の魔力はまだ完全に回復していないし、疲れも残っていますが容赦はありません。


 聖魔法は魔獣退治に最も有効で、私は王太子殿下と婚約してから、休む間もなく魔獣討伐に駆り出されてきました。初めて魔獣と対峙した時は恐怖に膝が震えましたが、戦わなければ自分が殺されます。必死でした。死に物狂いで魔獣と戦ってきました。


 討伐隊の司令官と言ってもスタンリー殿下は特になにもしません。後方の安全地帯から私や騎士たちが戦うのを眺めているだけですから疲れることもないでしょう。そして、終わると私を褒めてくれます、ただそれだけです。


「この三年、魔獣を討伐し、発生源である瘴気溜まりを浄化してきた」

 スタンリー殿下はさも自分がしたように堂々と言いますが、それを成したのは私です。

「今回赴く東の森が最後の場所だ。そこにある瘴気溜まりを浄化すれば、キリギス王国内に魔獣の発生源は無くなる。長きに渡り魔獣の脅威に晒されてきた我が国にやっと平和が訪れるのだ。あと一息だ、頑張ってくれ」


 わかっています、彼はただ私を利用しているだけなのだと……。

 魔獣退治で武勲を上げて王太子の座を揺るぎないものにしたい。私はそのため駒に過ぎないのです。






「あーあ、なんで聖女になんかなっちゃったんだろう、お陰で囚われの身のようなものだわ。ねえ、私はこの国から出られないのかしら? あなたのように冒険の旅に行けないのかしら」

 私は私室で一人になるとアイオロスに語りかけます。


 もちろん返事はない独り言です、だってアイオロスは本の中にヒーローですもの。でも彼は私の初恋でした。物語の登場人物に恋するなんてどうかしてる? 確かにそうですね。でも、そうやって現実逃避しなければ辛い日々を乗り越えられません。


「今回の討伐が終わったら結婚式を挙げると仰っているけど、ほんとうかしら? 私に王太子妃が務まると思っているのかしら」

 スタンリー殿下はそれがご褒美のように言いますが、本音を言えば彼と結婚したくありません。彼の優しさが偽りだと知っていますし、王太子妃になるなんて全く自信がありません。

 それに魔獣が駆逐されれば私の力はもう必要ないはずです。


「でも、王太子妃になるってことは、将来王妃になるってことよね、そうすれば孤児院の子供たちにもう少しマシな食べ物を食べさせてあげられるかしら?」



   *   *   *



 私はスタンリー殿下率いる討伐隊と共に東の森に赴きました。

 魔獣の数は多かったですが駆逐できない数ではありませんでした。私はいつものように聖なる魔法陣を生み出そうとしました。


 そして冒頭のシーンに戻ります。


 なぜか顕現しなかったのです。

 私は右手を魔獣に食い千切られて死を覚悟しました。





 しかし一命は取り留めたようです。

 意識を取り戻した私は起き上がろうとしましたが、全身が痛くて動かせません。

 右手の感覚はなかったからきっと……。


 そこは討伐隊の野営テントのようでした

 誰かを呼ぼうとした時、声が聞こえました。


「ベアトリスは魔獣退治に失敗して右手を失った、聖女らしからぬ失態だ。その上、聖女の力は失われた。お前はもう彼女に虐げられることはない」

「ええ、やっと辛い日々から解放されますわ」

 天幕の向こう側から丸聞こえの声はスタンリー殿下とモイラのものでした。


「ベアトリスは親友だと思っていたから、心細いと言う彼女に頼まれて王宮へ上がったんだろ。それなのに聖女になって傲慢になったあの女は、お前を奴隷のように扱って、気に入らないと暴力を振った。悲しかっただろ、辛かっただろう」

 えっ? スタンリー殿下はなにを仰っているのですか? 傲慢? 奴隷のように扱う?


 私は混乱しました。まさか彼女がそんなふうに言っていたなんて信じられません。無理なお願いなどしたことはありません、虐げて暴力を振るった事実は断じてありません。


「三年もよく耐えた、でももう大丈夫だ」

「スタン様……」

 二人の影が重なります。


 二人はいつの間に親しくなったのでしょうか? この話しぶりだとまるで恋人のようじゃないですか。そう言えば、私が魔獣と戦っている時、いつもモイラはスタンリー殿下と後方で見学していましたね。


「お前の方が聖女に相応しい、百年前の我が国を救った異世界から来た聖女と同じ、黒髪に黒い瞳、そして健気で美しい心の持ち主だ。それに引き換えベアトリスときたら白髪で、聖女と言うより老女じゃないか、その上、心の中まで醜い悪女、まったく聖女に相応しくない女だ」


「でも、彼女の力は本物でした。聖魔法で魔獣を討伐してきた実績は本物ですわ」

「それももう終わりだ、この石が魔力を吸い取る魔石だとは気付かずに魔法を使ったから、魔力は全てこの中に取り込まれたからな。ベアトリスの強い魔力を吸い取った魔石だ、うまく使えばお前が聖女に成り代われる」」


 スタンリー殿下が言っている魔石と言うのは、出発前に殿下が贈ってくださったペンダントの石のことでしょうか? 彼の瞳と同じエメラルドグリーンの石、彼からの贈り物に私は舞い上がり、それが魔石だったとは不覚にも気付きませんでした。


 そう……あの石のせいで私は魔法が使えずに、こんな目に遭ったのですね。それも二人の陰謀。


 なぜそんな仕打ちを? 私は死ぬところだったのですよ? 死んでもいいと思うほど私は嫌われていたのでしょうか?


 そうですか……。

 やっとわかりました。私の悪い噂もモイラが流していたのですね。親友と思っていたモイラは私を陥れようとしていたのですね。その計画がずいぶん前から着々と進行していたのですね。


 酷い!

 酷過ぎます!


 親友だと思っていたモイラと、婚約者のスタンリー殿下に私はまんまと嵌められたのですね。



   *   *   *



「いつもその本を読んでいるのね」

 鉄格子の向こうから、セレス様が祖母の形見の本を手にしている私の様子を窺っていました。


「ええ、もう何百回も読んでいて内容は暗記しているのですけど、手にしていると安心するのです。アイオロスがそばにいてくれるようで」


 魔獣討伐と瘴気溜まりの浄化は、聖女の力を取り戻したモイラの活躍で無事に終了したそうです。

 そして私は、聖女の力をモイラから奪って自分が聖女のようにふるまっていたとして、地下牢に投獄されています。


 討伐隊に何度も参加して共に戦った騎士たちは私を信じてくださると思っていましたが、誰一人擁護してくれませんでした。恐らく王太子が手を回していたのでしょう、私がなにを言おうとしても耳を傾けてくれる人はいませんでした。


 皮肉なものです。そんな私を気にかけてくれたのは、恨まれていると思っていたセレス様だけで、度々お忍びで様子を見に来て、食事の差し入れまでしてくださいます。


「アイオロス?」

「この物語に登場するヒーローですよ、稀代の魔法使いで無敵なんです。彼は魔獣だけでなく悪徳貴族もギャフンと言わせる正義の味方、私を裏切ったりしないのです」


 祖母の形見の本だけは、()()()()()()で手元に置くことを許されていました。


 あの後、モイラと話をする機会が一度だけありました。もちろん私は彼女に尋ねました。なぜ私を裏切ったの? 親友じゃなかったの? と……。


 彼女は私を妬んでいたようです。私が聖女として持て囃され、良い暮らしができるようになったことが許せなかった。自分のほうが美しいし聖女に相応しいと言っていました。

 私が望んだことではありません。なのにスタンリー殿下を篭絡して、嘘を吹き込んで私を陥れるなんて、あまりに酷い仕打ちです。モイラがそんな子だったとは思いもしませんでした。殿下もアッサリ騙されるなんて、未来の国王としての資質を疑います。


「裏切り……ですか。私は納得していないのよ。あなたは確かに聖女だった。教会も神官たちも認めていたのよ、欺くなんて出来るはずない。なのに突然、聖魔法が使えなくなるなんて変だし、あなたの侍女が突然、聖女になるなんてもっと不自然よ」


「あまり不用意な発言はされない方がよろしいかと」

 人払いをされているので二人きりの会話ですが、聞き耳を立てている人がいるかも知れません。


「その顔は、なにか知っているのね」

 セリア様は声を潜めました。

「もう、済んだことです」

 すべてわかっていますが証拠はありません。あの魔石も今は手元にないし……。

 あれは私の魔力を奪うものでした。でも、そんなことを言ったところで誰も信じないでしょう。私を弾劾したのは王太子殿下です、誰が逆らえるのですか?


「あなたはそれでいいの?」

「私は聖女になりたかったわけではありません、ましてや王太子の婚約者なんて望んでもいませんでした、肩の荷が下りました。私はただの孤児に戻ります。もう自由になりたいのです」


「自由にって、あなたは聖女を詐称した罪で処刑されるのよ」

「そう…なのですか……」

 死ななければ自由になれないのですね。


「あなたは頑張った、その身を削って魔獣を退治して、多くの人々を救った。それも全て偽りだったことにされるのよ、モイラの功績だったことにされてしまうのよ」

「人の命が救われたことに違いはありませんから、それでかまいません」

「あなたって人は……」

 セリア様の頬を大粒の涙が転げ落ちました。


「私はあなたを裏切って陥れた人たちを許せないわ。そんな人がこの国の王になるなんて……」

 私の為に美しい涙を流して下さったこの方を、モイラの言葉に惑わされて少しでも疑っていたことが恥ずかしいです。


「私は八歳の時に王太子の婚約者に選ばれてから七年間、厳しい王太子妃教育を受けてきたわ。将来、王妃になって国王陛下を支え、この国をもっと良い国にするための勉強だと思えば辛くはなかった。私はこの国を愛しているのよ」


 セリア様は鉄格子を握り締めました。

「悪徳貴族ばかりが私腹を肥やし、平民が虐げられるこの国の構造を変えて、貴族も平民も真面目に頑張った者が報われる国にしていきたいと思っていた。だからそれを成し遂げられる人物に国王になってもらいたいと願っているわ。それがスタンリー殿下ではないのなら、他の方に立ってもらいたい」


「やはり私は王太子妃にならなくて良かったです、あなたのように崇高な理念など持ち合わせていませんから」

「でもあなたは国民を護るために魔獣を討伐してくれたじゃない、そんな人を冤罪で死なせやしない、必ず助けるから待っていて」


「ありがとうございます」

 そんなふうに思ってくださるだけで十分です。



   *   *   *



 処刑の日が明日に決まりました。

 セリア様は手を尽くして下さっているようですが、間に合いそうにありません。

 いいのですよ、天国へ行けば父と母、そして祖母にも会えるのですから。


「俺が与えた力は、君を苦しめることになってしまったのか」

 その時、突然かけられた声に私はビクッとしました。


 それは忘れもしません、四年前にも聞いたアイオロスの声です。

 私は周囲を見渡しましたが誰もいません、牢屋の中はもちろん、鉄格子の向こうにも人影はありません。


「……幻聴?」

 明日で命が終わる私に神様が憐れんで、もう一度、初恋の人の声を聞かせてくださったのかしら?


「違うよ、幻聴じゃない」

 今度はよりハッキリ聞こえました。


「アイオロスなの?」

「そうだよ」

 ふと見下ろした本の中から聞こえます。不思議なこともあるものですね。


「俺が与えた力って……四年前のことですか? 聖女の力は私の力ではなかったのですね」

「君があまりに必死で祈っていたから、つい」


 私は聖女なんかじゃありませんでした。

 アイオロスが私の願いをかなえて、親友の命を救う力を授けてくれたのでした。そう……あの時は親友だと思っていました。


「つい……? 魔力は他の人に与えることが出来るものなのですか?」

 疑問はそれだけではありません、なぜ本の中から話しかけられるのですか? そしてどこから私を見ているのですか?


「俺に不可能はない、なんでも出来るんだからね」

 物語のヒーローアイオロスは、どんなことも可能にしてしまう大魔法使いでしたね。


「じゃあ、姿を見せてくださいな」

「うーん、それよりもっといいことがあるよ、君がこっちへ来ればいい」

「えっ?」

「君は明日処刑されるんだろ? そっちの世界では君はもういらない子にされてしまったんだろ? それならこっちの世界に来ればいい」


「物語の世界に行けるのですか? そんなことが出来るのでしょうか?」

「言ったろ、俺に不可能はない、稀代の魔法使いなんだぞ」

 本が仄かに光を帯びています。


「行きます! 連れて行って!」

 物語の世界に行けるなんて、こんな素敵なことはありません。

「自由になって冒険も出来るのですね! ……あ、片腕だから冒険の旅は無理でしょうか」


「俺が付いているから大丈夫だよ」

「アイオロスが傍にいてくれるのですか?」

「そうだよ、だから安心して、こっちへおいで」


 私は急いで手紙…と言うには短すぎるメモを書きました。ただ一人、私を気に掛けてくれたセリア様宛です。黙って行く不義理はしたくなかったのです。


 そして、それを鉄格子の前に置いてから、本を左手だけでギュッと抱きしめました。なぜそうしたかはわかりません、本能的にそうしたのです。

 すると本に帯びていた光が広がって私を包みました。それはとても温かい光でした。





   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇





「翌朝、公爵令嬢セリアが地下牢を訪れた時、そこにベアトリスの姿はありませんでした。セリア宛に短い手紙が残されていただけで、ベアトリスは跡形もなく消えていたのです。牢番たちは大騒ぎです、出入口は一か所しかありませんし一晩中見張りがいました。脱獄など不可能なのです」


 白髪の老女が幼い曽孫たちに読み聞かせをしています。本のタイトルは『高潔な公爵令嬢セリアの天誅』です。


「手紙には『今までありがとうございました。私は冒険の旅に出ます、心配しないでください。それから、モイラが持っているエメラルド色の石を調べてください』と書かれていました」


 八十歳は超えているだろうその老女はルビーのような赤い瞳の優しそうな女性です。ソファーにゆったり座り、七人の曽孫たちは取り囲むように絨毯に直座りで話をする曽祖母にキラキラした目を向けています。


「セリアは公爵家の力を使ってエメラルド色の石のことを調べました。それは王太子スタンリー殿下が他国から密かに取り寄せた特別な力が宿った魔石でした。とても高価なモノで、国のお金を横領して購入したことも突き止め、証拠の書類も手に入れました」


「横領って?」

 首を傾げた幼い子供に、年上の子が解説します。

「自分のお金じゃないのに勝手に使って魔石を買ったのよ」

「悪いことをしたのね」


「ベアトリスが突然聖魔法を使えなくなったのは、魔石に魔力を全部吸い取られてしまったのが原因だと、教会の神官たちの協力を得て突き止めました。そしてそれがスタンリー殿下とモイラの犯行だということを暴きました」


 ゆっくりとした語り口で読み聞かせる老女には右手がありません。だから本は魔法で浮かせて、左手で頁を捲っています。


「ベアトリスこそが真の聖女でした。特別な力が無ければ、地下牢から忽然と姿を消すなんて離れ業は出来ません。彼女は自分を処刑しようとしているこの国に愛想を尽かして、他の国へ逃げたのでしょう」


「スタンリー殿下は、魔獣の脅威からこの国を救った本物の聖女に無実の罪を着せて処刑しようとしていたのです。それを知った国民は怒りました。キリギス王国は本物の聖女を失ってしまったのです」


「それで、それで悪者の王太子はどうなるの?」

 せっかちな男の子が身を乗り出して本に頭をぶつけ、弾かれた本は床に落ちてしまいました。

 ちょうど部屋に入ってきた老人がそれを拾い上げました。


「こらこら、危ないだろ」

 白髪に長い口髭を蓄えた老人は、妻である老女の前に魔法で再び本を浮かべました。そして彼女の横に座りました。


「ありがとう」

 お礼を言った妻を愛おしそうに見つめます。老女は微笑みを返してから本に視線を戻しました。


「スタンリーとモイラは公開処刑されました。そして王太子の愚かな行いを止めなかった国王陛下は退位させられました。急遽、第二王子が即位し、高潔な公爵令嬢セリアがお后様に迎えられました。彼女はベアトリスに話をした通り、キリギス王国をさらに良い国にしていきました。めでたしめでたし」


「ベアトリスはどこへ行ったの? その後どうなったの?」

 女の子が心配そうに尋ねました。


「さあ、どこへ行ったのかしらね。でもきっと自由になって、どこかで幸せに暮らしているわ」

 そう言った妻を夫がそっと抱き寄せました。


   おしまい


 最後まで読んでいただきありがとうございました。魔法や聖女の設定はゆるゆるですがご容赦お願いします。

 ☆で評価、ブクマなどしていただけると励みになります。よろしくお願い致します。


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― 新着の感想 ―
文章中とカギ括弧「」内の句読点の使われ方に違和感を感じます。会話中も文末には 。 の方が読みやすいかと。
治そうと思えばできるけど、あえて右腕はそのままにしたんだろうなぁ 絵本の中=異世界で、夫婦で老いていく事を選んだんだな
不可能はないと言っているのに、右手を戻すことはしなかったのでしょうか?右手に拘るストーリーではないので(陥れられた自身への戒めの為にこのままとかの)、戻ってない方が違和感ありますが……。最後に気づかせ…
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