新たな力に新たな出会い
蔓草が絡み合って編まれた牢は、見た目以上に強固だった。
リョウは背を預けながら、ゆっくりと目を閉じる。
湿った空気。葉と土の匂い。外から聞こえるのは、夜行性の獣の遠吠えと、見張りの足音だけ。
――静かすぎる。
「……コピー、か」
ぽつりと呟いた言葉が、自分でも妙に重く感じた。
サミーの言葉が頭の中で何度も反響する。
接触した相手の能力を再現する。
だが、それは同時に――条件があるということだ。
「触れなきゃ、意味がないのか……?」
手のひらを見つめる。
あのとき、自分は確かにサミーに触れられた。
だから発動した。
だとすれば――
「俺から触った場合は?」
分からない。
何もかもが手探りだ。
だが一つだけ確かなことがある。
試さなければ、何も変わらない。
リョウはゆっくりと立ち上がった。
蔓草の隙間に手をかける。
意識を集中させる。
「……できるなら、やってみろよ」
次の瞬間――
バチン、と音が弾けた。
蔓草が弾け飛ぶ。
見えない衝撃が内側から押し広げ、牢を構成していた植物が無残に千切れた。
「……マジかよ」
思わず苦笑が漏れる。
今のは、間違いなく意図的だった。
さっきの暴発とは違う。
自分で、出した。
「波動……ってやつか」
胸の奥で、力がうごめいている。
まるで、使い方を思い出したかのように。
リョウは周囲を見回した。
見張りはいない。
――好都合だ。
音を立てずに、地面に降りる。
夜の森は暗い。
だが、不思議と視界は悪くなかった。
むしろ――見えすぎる。
「……これも、能力か」
目を細める。
遠くの影がはっきりと輪郭を持つ。
風の流れすら、感じ取れる。
身体強化。
それも、かなりの精度で。
「どこまでできる……?」
リョウは木々の間を滑るように進む。
音は、ほとんどない。
自分でも驚くほど、足取りが軽い。
やがて――
一人のダークエルフが視界に入った。
見張りではない。
武器も持っていない。
ただ、水を汲みに来ただけのような様子だった。
「……悪いな」
小さく呟く。
だが、その足は止まらない。
次の瞬間、距離を詰めていた。
「っ!?」
ダークエルフが振り向く。
だが、遅い。
リョウの手が、その肩に触れる。
――瞬間。
流れ込んできた。
情報が。
力が。
構造が。
「……これが」
頭の奥に焼き付く。
魔力の流れ。
身体の使い方。
感覚そのもの。
それは、盗むというより――
上書きされる感覚に近かった。
「……なるほどな」
リョウは静かに息を吐く。
そして――
首筋に手を当てた。
一瞬。
それだけで、終わった。
崩れ落ちるダークエルフ。
音もなく、地面に沈む。
リョウは、その場に立ち尽くした。
「……できる」
確信だった。
コピーは成立する。
接触すれば、確実に。
そして――
「使える」
すぐに。
違和感なく。
まるで最初から自分のものだったかのように。
リョウはゆっくりと目を閉じた
今、自分の中にある力を整理する。
鑑定。
治癒魔法。
自己治癒。
波動。
身体強化。
「……増えてるな」
苦笑が漏れる。
だが、同時に理解する。
これは――
危険だ。
あまりにも、簡単すぎる。
「……だから、制御できてないって言われたのか」
サミーの言葉が、ようやく腑に落ちた。
使える。
だが、制御は甘い。
出力も、範囲も、意識しなければ暴走する。
「なら――慣れるしかない」
リョウは目を開けた。
その瞳に、迷いはなかった。
それからは、淡々としていた。
一人。
また一人。
森の影に紛れながら、ダークエルフを見つけては接触する。
触れて、奪う。
覚えて、使う。
繰り返し。
ただそれだけ。
最初は戸惑いもあった。
だが、回数を重ねるごとに、それは消えていく。
「……遅い」
剣を持ったダークエルフが斬りかかる。
だが、その軌道はすべて見えていた。
身体強化で加速。
一歩で懐に入り込む
波動を、最小限で叩き込む。
吹き飛ぶ体。
木に叩きつけられ、そのまま動かなくなる。
「……弱い」
呟いた自分に、少しだけ違和感を覚える。
だが、止まらない。
次へ。
また次へ。
数が増えていく。
能力も、増えていく。
だが、それ以上に――
「慣れてきた」
力の扱いが、洗練されていく。
無駄が削ぎ落とされる。
必要な分だけを、必要な場所に。
それが、できるようになっていく。
やがて――
騒ぎが広がった。
悲鳴。
怒号。
武器を取る音。
「侵入者だ!」
叫び声が響く。
だが、もう遅い。
リョウは、木の上に立っていた。
村全体を見下ろす位置。
「……終わりだな」
静かに呟く。
胸の奥で、力が渦巻く。
今まで集めてきた、すべて。
それを――
「まとめて使えば」
どうなるか。
試すまでもない。
分かっている。
だが、それでも――
リョウは手を前に出した。
ゆっくりと。
確実に。
「――消えろ」
瞬間。
世界が、歪んだ。
衝撃が、解き放たれる。
空気が裂ける。
地面が抉れる。
建物が、吹き飛ぶ。
「な……!?」
「うわあああああ!」
叫び声が、かき消される。
圧倒的な力。
それは、もはや個人のものではなかった。
災害。
ただの破壊。
村の中心から、すべてが崩れていく。
逃げる者も、抗う者も、関係ない。
すべてが、巻き込まれる。
数秒。
それだけで、終わった。
静寂。
何も残っていない。
かつて村だった場所は、ただの瓦礫と化していた。
リョウは、その中心に立っていた。
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
自分でも、信じられなかった。
「……やりすぎだろ」
ぽつりと呟く。
だが、その声には後悔はなかった。
ただ、事実を受け止めているだけだった。
無能だった自分。
何もできなかった自分。
それが――
「これかよ」
この力。
この結果。
しばらく、その場に立ち尽くす。
やがて、ゆっくりと顔を上げた。
「……マキ」
妹の名前を、口にする。
この世界のどこかにいるはずの存在。
聖女として囚われているという、唯一の家族。
「……待ってろ」
静かに呟く。
もう、迷いはない。
力はある。
使える。
そして――
「俺が、行く」
リョウは歩き出した。
崩壊した村を背に。
新たな目的地へと。
その足取りは、確かだった。
無能と呼ばれた男は、もういない。
そこにいるのは――
すべてを壊せる力を手に入れた、一人の存在だった。
焼け焦げた森の匂いが、まだ鼻の奥に残っていた。
リョウは振り返らない。
崩壊したダークエルフの村は、すでに視界から消えている。それでも、あの光景だけは焼き付いて離れなかった。
地面を抉る衝撃。
崩れ落ちる家々。
そして、何も残らなかった静寂。
「……やったのは、俺か」
呟いてみても、現実感は薄い。
だが、足は止まらない。
止まれば、考えてしまうからだ。
リョウは森の奥へと進んでいた。
新しい街を探すために。
そして――
「……このままだと、まずいな」
ぽつりと呟く。
力はある。
それは、もう疑いようがない。
だが同時に、理解もしていた。
このままでは、いずれ自分が自分でなくなる。
「何を使ってるのか、分からなくなる」
能力は増え続けている。
鑑定、治癒、自己再生、波動、身体強化……。
それぞれが曖昧に混ざり合い、境界がぼやけている。
戦いの最中なら、それでもいい。
だが――
「意識して使えない力は、ただの暴発だ」
あの村のように。
必要以上の破壊を、繰り返すだけになる。
リョウは立ち止まり、深く息を吸った。
「……名前、つけるか」
それは、単純な発想だった。
だが、自分にとっては重要な整理になる。
言葉にすれば、認識できる。
認識できれば、制御できる。
「まずは……あれだな」
手を前に出す。
意識を集中させる。
空気が震える。
目に見えない圧が、掌から放たれる。
「……ショックウェーブ」
小さく呟く。
波動。
最初に使えた力。
破壊の象徴のような能力。
「名前、ダサいな」
苦笑が漏れる。
だが、それでいい。
自分は英雄でも魔導師でもない。
ただの人間だ。
なら、名前もそれでいい。
次に、意識を内側へ向ける。
体の奥。
細胞が再生する感覚。
傷があれば、それを修復する流れ。
「……ヒール」
治癒魔法。
サミーから得た力。
あの瞬間を思い出すと、少しだけ胸がざわついた。
だが、振り払う。
今は整理が先だ。
「防御は……」
周囲の空気を薄く纏う。
膜のように。
衝撃を受け止める感覚。
「プロテクション」
言葉にすると、妙にしっくりきた。
リョウはゆっくりと目を開ける。
頭の中が、少しだけ整理された気がする。
「……悪くない」
他にも細かい能力はある。
身体強化。
感覚強化。
魔力の流れの制御。
それらも一つずつ認識していけばいい。
だが――
「問題は、あれだな」
リョウの表情がわずかに引き締まる。
あのとき使った、圧倒的な一撃。
すべての力が混ざり合った、暴力の塊。
「……あれ、なんて呼ぶか」
少し考える。
センスはない。
だが、イメージはある。
落ちる。
爆ぜる。
終わらせる。
「フォールンバースト」
口にした瞬間、妙な納得感があった。
リョウは軽く肩を回す。
力は、確かにそこにある。
そして今、それを少しだけ理解した。
「……でも」
森の奥を見据える。
木々の向こう、見えない先にあるもの。
次の目的地。
「まだ足りない」
はっきりと分かる。
このままでは、不便すぎる。
強いだけでは意味がない。
移動。
情報。
効率。
すべてが足りない。
「テレポート……欲しいな」
ぽつりと呟く。
もしそれがあれば。
移動は一瞬になる。
戦闘も、もっと有利になる。
逃げも、奇襲も、自由自在だ。
「……でも、持ってるやつに会わないとダメか」
コピーの制約。
それは、絶対だ。
どれだけ欲しくても、対象がいなければ手に入らない。
だから――
「街だな」
結論は、単純だった。
人が集まる場所。
情報が流れる場所。
能力を持つ者が集う場所。
そこに行くしかない。
リョウは再び歩き出した。
森は深い。
だが、不思議と不安はなかった。
むしろ――
「……楽しくなってきたな」
小さく笑う。
無能だった自分が、力を手に入れた。
そして、それを使いこなそうとしている。
その事実が、どこか現実離れしていた。
だが、確かに今、自分は進んでいる。
やがて、木々の密度が薄くなってきた。
風の流れが変わる。
遠くから、かすかに音が届く。
「……人の気配?」
リョウは足を止める。
耳を澄ます。
複数の気配。
規則的な動き。
そして――
「……街、か?」
まだ確信は持てない。
だが、可能性は高い。
胸が、わずかに高鳴る。
「……行くか」
リョウは息を整えた。
ここから先は、未知だ。
ダークエルフの村とは違う。
人間の社会。
ルールがあり、秩序がある場所。
「……面倒そうだな」
正直な感想が漏れる。
だが、それでも行くしかない。
情報が必要だ。
テレポートの能力者。
それに関する噂。
何でもいい。
「……マキ」
ふと、名前が浮かぶ。
この世界のどこかにいる妹。
聖女として囚われている存在。
「……待ってろよ」
静かに呟く。
力はある。
だが、それだけでは届かない。
だから、集める。
知る。
強くなる。
「全部、使ってやる」
ショックウェーブ。
ヒール。
プロテクション。
フォールンバースト。
そして、まだ見ぬ力。
そのすべてを。
リョウは一歩を踏み出した。
森を抜け、その先へ。
無能と呼ばれた男は、もういない。
そこにいるのは――
自分の力を理解し始めた、一人の存在だった。
そしてその物語は、まだ始まったばかりだった。
森は、静かではなかった。
むしろ――騒がしい。
枝が揺れる音。草を踏みしめる音。遠くで響く低い唸り声。どこを歩いても、何かが潜んでいる気配が消えない。
「……またかよ」
リョウはため息を吐いた。
視界の端、茂みの奥で影が動く。
次の瞬間、それは飛び出してきた。
牙を剥いた狼型の魔物。
通常の狼より一回り大きく、筋肉の膨らみが異様に発達している。
「グルァッ!」
一直線に飛びかかってくる。
速い。
だが――
「遅い」
リョウは一歩も動かない。
ただ、手を軽く前に出した。
「ショックウェーブ」
空気が弾けた。
目に見えない衝撃が一直線に走る。
次の瞬間、魔物の体が歪んだ。
吹き飛ぶ。
木々をなぎ倒しながら、数メートル先で動かなくなった。
静寂。
「……はい終わり」
感情のこもらない声だった。
もはや、驚きもない。
これが日常になっていた。
森に入ってから、何度目か分からない襲撃。
そして、すべて同じ結末。
「森の魔物は強い、ね」
誰かに聞いた言葉を思い出す。
確かに、一般人にとっては脅威なのだろう。
だが――
「基準が違うか」
自分が強くなりすぎた。
その自覚はあった。
リョウは歩き出す。
倒れた魔物には目もくれない。
血の匂いが、すぐに別の何かを呼び寄せると知っているからだ。
事実、数分もしないうちに――
「ギィィィ!」
木の上から、別の魔物が降ってきた。
猿に似た体躯。
だが腕が異様に長く、爪が鋭い。
「……連続かよ」
リョウは眉をひそめる。
さすがに面倒だ。
だが、やることは変わらない。
踏み込み。
最小限の動き。
「ショックウェーブ」
短く放つ。
今度は出力を抑える。
魔物の体だけを的確に打ち抜くように。
衝撃が走る。
空中で体勢を崩した魔物が、そのまま地面に叩きつけられた。
動かない。
「……慣れてきたな」
小さく呟く。
以前なら、もっと大きく吹き飛ばしていた。
だが今は違う。
必要な分だけ、正確に。
それができる。
「これなら……無駄に壊さなくて済む」
ふと、あの村の光景が頭をよぎる。
消えたもの。
壊したもの。
だが、すぐに視線を前に戻す。
今は進むしかない。
森は、まだ終わらない。
それからも、襲撃は続いた。
蛇型の魔物。
羽を持つ獣。
地面から這い出る異形の存在。
だが、どれも同じだった。
一撃。
それで終わる。
「……本当に、ゲームみたいだな」
思わず苦笑する。
現実感が、薄れていく。
だが――
そのときだった。
「おい!」
不意に、人の声が響いた。
リョウは反射的に振り向く。
木々の間から現れたのは、一人の男だった。
大柄。
筋肉質。
肩には斧を担いでいる。
無精ひげに、日に焼けた肌。
だが、その目には警戒と――どこか人の良さが滲んでいた。
「……人間か?」
男が問いかける。
リョウはわずかに頷いた。
「まあ、一応」
「一応ってなんだ……」
男は呆れたように息を吐く。
そして、周囲に転がる魔物の死骸を見た。
「……これ、お前がやったのか」
「まあな」
軽く答える。
男はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「……正直、助かった」
「助かった?」
「ああ。俺、木こりなんだがな」
男は斧を軽く持ち上げる。
「この森、最近魔物が増えててよ。一人じゃキツかった」
「……なるほど」
リョウは頷く。
確かに、この密度は異常だ。
「俺はデンだ」
男はそう名乗った。
「街に戻る途中でな。あんたは?」
「リョウ」
短く答える。
デンは一瞬だけリョウを見つめた。
そして、少しだけ笑った。
「……変わったやつだな」
「よく言われる」
リョウも軽く返す。
不思議と、空気は悪くなかった。
「なあ、リョウ」
デンが真剣な顔になる。
「頼みがある」
「護衛、だろ」
先に言った。
デンは目を丸くする。
「……分かるか」
「この状況で、一人の木こりが森を抜けようとしてる。普通じゃない」
リョウは肩をすくめる。
「で、俺がいる。なら、そうなる」
デンは数秒、黙っていた。
やがて、深く息を吐く。
「……頼む」
「いいぞ」
即答だった。
デンが驚く。
「即決かよ」
「俺も街探してる」
それだけの理由だった。
利害が一致している。
それで十分だ。
「……助かる」
デンは静かに言った。
それから、二人は並んで歩き出した。
森の奥へ。
いや――出口へ向かって。
道中、会話は多くなかった。
だが、完全な無言でもない。
「さっきの、魔法か?」
デンが聞く。
「まあ、そんなとこ」
「すげえな。詠唱もなしであの威力かよ」
「慣れれば、こんなもんだ」
適当に答える。
本当のことは言えない。
コピー能力など、説明しても理解されないだろう。
「……世の中、広いな」
デンは苦笑した。
その後も、魔物は現れた。
だが――
「下がってろ」
リョウが前に出る。
そして、一撃。
終わり。
それを何度も繰り返す。
デンは、そのたびに驚いた顔をしていた。
「……本当に、一撃だな」
「だから言っただろ」
リョウは軽く肩を回す。
そして、ふと気づく。
「……減ってきたな」
「何がだ?」
「魔物の数」
デンは周囲を見回す。
確かに、気配が薄い。
「……森の外が近い」
デンが静かに言った。
リョウは前を見る。
木々の隙間から、わずかに光が差し込んでいた。
「……やっとか」
長かった。
だが、終わる。
「街、もうすぐだ」
デンの声に、わずかな安堵が混じる。
リョウは小さく頷いた。
「……情報、集めるか」
テレポート。
その能力を持つ者。
それを探すために。
そして――
「マキ」
小さく呟く。
この先にいるかもしれない存在。
まだ遠い。
だが、確実に近づいている。
リョウは歩みを進めた。
森の出口へ。
その先の、新たな世界へと。
森を抜けた瞬間、空気が変わった。
湿った土と腐葉土の匂いから、乾いた風へ。
木々に遮られていた視界が一気に開け、遠くに石造りの壁が見えた。
「……あれが街か」
リョウは目を細める。
高い外壁。見張り塔。門の前には人の列。
これまで見てきたどの集落とも違う、明確な「都市」の輪郭だった。
「エクステリアだ」
隣でデンが言う。
「この辺じゃ一番デカい街だな。商人も多いし、腕の立つ冒険者も集まる」
「……なるほど」
リョウは短く頷いた。
人が多い場所。
つまり――能力も集まる場所。
「都合いいな」
「何か探してるのか?」
デンが横目で見る。
「まあな。ちょっとした能力持ちを」
「能力、か……」
デンは少しだけ考え込むような顔をしたが、それ以上は聞かなかった。
やがて二人は門へと近づく。
門番が数人、槍を持って立っていた。
「止まれ。目的は?」
形式的な問い。
デンが一歩前に出る。
「木こりだ。仕事帰り。こいつは道中で護衛してくれた」
門番の視線がリョウに向く。
鋭い目。
だが、数秒後には興味を失ったように視線を逸らした。
「……通れ」
あっさりだった。
リョウは内心で少しだけ拍子抜けする。
もっと厳しい検査を想像していた。
「こんなもんだ」
デンが小さく笑う。
「よっぽど怪しくなきゃな」
「俺は怪しくないと」
「……まあな」
微妙な間があった。
だが、それ以上は言及しない。
リョウも気にしなかった。
門をくぐる。
その瞬間――
「……すげえな」
思わず声が漏れた。
石畳の道。
整然と並ぶ建物。
行き交う人々。
そして――
等間隔に立つ鉄柱。
その先に灯る、光。
「街灯、か」
昼間だというのに、その存在感ははっきりと分かる。
「夜になるともっと分かるぞ」
デンが言う。
「この街は魔石使って灯りを維持してる。だから夜でも明るい」
「……文明進んでるな」
リョウは周囲を見渡す。
露店。
武器屋。
魔道具を扱う店。
最初にいた村とは、比べものにならない。
「ここなら……」
情報は確実に手に入る。
そう確信できた。
「とりあえず、俺の家来い」
デンが言った。
「宿取るより楽だろ」
「いいのか?」
「護衛してもらった礼だ」
それ以上でも以下でもない、という言い方だった。
リョウは少しだけ考え――頷いた。
「じゃあ、甘える」
「そうしろ」
デンの家は、街の外れにあった。
木造の簡素な家。
だが手入れは行き届いており、無駄がない。
「一人暮らしだからな。部屋は余ってる」
中に入りながらデンが言う。
確かに、生活感はあるが人の気配は少ない。
「ヤモメって言ってたな」
「ああ」
短く、それだけ。
深くは触れない方がいいと、リョウは直感した。
「ここ使え」
案内されたのは、小さな一室だった。
ベッドと机だけの簡素な部屋。
だが――十分だ。
「助かる」
「気にすんな」
デンは軽く手を振った。
リョウは荷物もないまま、ベッドに腰を下ろす。
柔らかい。
それだけで、少し現実に戻った気がした。
「……で、どうする?」
デンが壁にもたれながら聞く。
「街に来た理由、あるんだろ」
「情報集めだな」
リョウは正直に言う。
「能力についてと……人探し」
「人?」
「聖女って知ってるか」
その言葉に、デンの表情がわずかに変わった。
「……ああ。王城にいるっていう、あれか」
「知ってるのか」
「有名だぞ。全部治せるとか何とか」
デンは腕を組む。
「ただ、詳しいことは分からん。普通の人間が関われる話じゃない」
「……だろうな」
リョウは頷く。
簡単に辿り着けるとは思っていない。
だからこそ――
「情報が欲しい」
「なら、酒場だな」
即答だった。
「一番話が集まる場所だ。冒険者も商人も、全部そこに来る」
「案内頼めるか」
「いいぞ」
デンは軽く立ち上がる。
「ついでに顔も売っとけ。変なやつに絡まれにくくなる」
「それはありがたいな」
リョウも立ち上がる。
再び街へ。
夕方に差し掛かり、人通りはさらに増えていた。
やがて、デンが足を止める。
「ここだ」
木製の看板。
酒の匂い。
中から聞こえる喧騒。
「……典型的だな」
「そういうもんだ」
二人は中へ入る。
扉を開けた瞬間、空気が変わる。
熱気。
酒。
笑い声と怒号。
様々な人間が入り混じる空間。
「空いてるとこ座るぞ」
デンが先導する。
カウンター近くの席に腰を下ろす。
すぐに店員が来た。
「何にする?」
「適当でいい」
デンが答える。
飲み物が運ばれてくるまでの間、リョウは周囲を観察した。
剣を持つ者。
ローブの魔法使い。
軽装の盗賊風。
「……いるな」
明らかに、能力者が混じっている。
「で、何から聞く?」
デンが小声で聞く。
「テレポート使えるやつ」
「いきなりだな」
「一番欲しい」
リョウは迷いなく答えた。
デンは苦笑する。
「分かった。俺も聞いてやる」
それから、情報収集が始まった。
隣の席の男に声をかける。
「なあ、この街に転移系の魔法使いっているか?」
「転移? さあな……聞いたことねえな」
別の席。
「テレポート?」
「ああ、昔話ならあるが……実在するかは知らん」
さらに別の場所。
「聖女の話は?」
「ああ、王城のか。すげえらしいな。でも会ったやつはいない」
断片的な情報ばかりだった。
「……簡単には出てこないな」
リョウはグラスを傾ける。
「そりゃそうだ」
デンが肩をすくめる。
「そんな都合のいい能力、そうそういない」
「だよな」
分かってはいた。
だが、確認することに意味がある。
そのとき――
「……あんた」
後ろから声がした。
振り向くと、一人の男が立っていた。
ローブ姿。
細身。
鋭い目。
「テレポート、探してるのか」
リョウはわずかに目を細める。
「……知ってるのか?」
男は一瞬だけ笑った。
「さあな。ただ――」
言葉を区切る。
「その話、ここでする内容じゃない」
空気が、少しだけ張り詰めた。
リョウはゆっくりと立ち上がる。
「……面白くなってきたな」
小さく呟く。
デンが横でため息をついた。
「初日からかよ」
だが、その目にはわずかな警戒が宿っていた。
街エクステリア。
その中心で――
新たな何かが、動き始めていた。




