第8話 消えた学校
ぐるぐると、状況を頭の中で整理しようとしていた。
現実感のない非日常。思考は空回りして、一向にまとまらない。
そんな時──。
「はい、あんまり良いのなかったけど」
ダイゴが買い物かごを抱えて体育館に戻ってきた。中には食品がぎっしり詰まっている。 少し苦笑しながら、彼はかごを差し出した。
「長谷川班だったからねぇ~」
あとから入ってきたカエデ先輩が、呆れたように肩をすくめる。
俺はかごの中からおにぎりを手に取った。具は『梅』だった。
「……おにぎり、梅しか残ってなくて。ごめんね」
「いや、好きだよ。梅干し」
正直、それほどでもない。
けれど──わざわざ持ってきてくれたのに、水を差すのも悪い気がした。
包装を剥がしてかじろうとした、そのとき。
俺の足元の影がふっと揺れた。そこから、ぬるりとベンケイが現れる。
『……何ソレ』
「おにぎりだけど……食べるか?」
そう問いかけると、ベンケイは視線を落とし、こくんと静かにうなずいた。
半分に割って差し出すと、ベンケイは梅干しだけを器用につまみ、口に運ぶ。
もぐ……ごくん。
『……スっぱい』
「これはお米と一緒に食べるんだよ」
苦笑しながら言うと、ベンケイはおにぎりの白い部分の匂いを嗅ぎ、顔をしかめた。
『……白い部分、味がない。いらなイ』
「いらないって……お前……」
思わず脱力する。
そのやり取りを見ていた冴木が、楽しそうに笑った。
「ふふっ、ベンケイちゃんって、かわいいね〜」
ベンケイは何も反応せず、かごの中から新しい梅おにぎりを俺に差し出す。
結局、俺は具なしおにぎりを三つ食べ、ベンケイは梅干しを三粒食べた。
不思議と、体育館の空気が和んでいた。ベンケイの存在が、ほんの少しだけ現実を優しくしてくれる。
(……今なら、いろいろ聞けるかもしれないな)
「そういえば、冴木先輩の能力って何なんですか?」
「カエデちゃんって呼んで~」
この人、他人には勝手にあだ名をつけるくせに、自分の呼ばれ方にはこだわりがあるらしい。
「え、えっと……カエデ先輩の能力って……?」
「発動中~」
先輩呼ばわりが不本意だったのか、ぷーっと頬をふくらませ、ちょっと不満げに答える。
「えっ、今もう使ってるんですか?」
「今は目に見えないくらい弱めに出してるだけ~。……本気、見せよっか?」
「あっ、ちょ、待っ──!」
ダイゴの制止も間に合わなかった。
次の瞬間、視界が真っ白に染まる。
光じゃない。……霧だ。
「これが私の能力~」
声だけが響く。視界ゼロ。手元すら見えない。
……けれど、不思議と悪い感じはしない。
「目眩ましの能力……ですか?」
「う~ん、それもできるけどね? この霧の中にいると、体も心もふわ~っと軽くなるの。ほら、ちょっと元気になってきたでしょ?」
たしかに、体の疲れがスッと抜けていくのを感じた。
「……あの、それで。この霧を元に戻す方法って──?」
「ないよ~。勝手に霧散するまで、我慢ね~」
カエデ先輩の声が霧の中で響く。顔は見えないが、絶対にニコニコ笑っている。
──パリン。パリンッ。
窓の割れる音がした。
風が流れ込み、霧が少しずつ晴れていく。見ると、霧の向こうでマネキンたちがうちわを持って扇いでいた。
ダイゴが申し訳なさそうに肩をすくめる。
「僕の能力、複雑な動作は苦手でね。窓を開けたりとか、扇風機とかも描けないから、こういう乱暴な方法で……ごめん」
カエデとダイゴ。このコンビはよくよく考えられたもののようだ。
体が軽くなっただけじゃない。不思議と、頭の中もクリアになっている。
あれ? 体も心も回復……もしかして。
「……あの、さっきからふとした瞬間に、冷静に考え直せてる自分がいるんですが……これも先輩の能力の影響ですか?」
ジュース片手に、ストローをくわえたままVサインを送ってくるカエデ先輩。
このふざけた非日常を、なんだか受け入れられているのは、たぶんこの人のおかげということか。
「ところで、いくつか質問があるんですが」
「うん、いいけど──時間もあるから、あんまり詳しくは話せないかな〜」
「またゆっくり話せる機会はあるし。何なら、現実世界でも話せるからね」
ダイゴが申し訳なさそうに頭をかく。
「私たちサポート系も、意外とやること多いのよ~」
カエデ先輩がポテトをつまみながら、のんびり言う。
「強力な能力や戦略と同じくらい、後方支援も大事……って、先輩の受け売りだけど~」
(カエデ先輩に〝先輩〟がいたってことは……この戦い、少なくとも一年以上続いてるということか)
「能力が分からないと配置も決められない。だから、能力の把握は最優先」
「……なるほど」
なるほど、と言ったが、正直理解しているわけではない。
実際問題、今の俺には、何をしていいか判断する余裕も知識もない。
「倉田くんは──戦闘担当だね」
ダイゴが迷いなく断言する。
「僕らはサポート系の能力だから、大抵学校にいるんだけど」
……いや、サポートに戦闘で負けた戦闘員とは?
「多分、今だったら長谷川班ですかねぇ……」
「そうねぇ~」
カエデ先輩が遠くを見つめながらうなずく。
「……な、何か問題でも?」
「長谷川くんは、二年トップの成績で、生徒会の書記ね~」
「……ああ、さっき九条先輩の所にいた人ですね。確かに、頭良さそうな感じでした」
「彼はね、一言で言うと……馬鹿なのよ~」
さらっとひどい。 ダイゴも目を伏せてるけど、多分同意してる。目が泳いでる。
「うーん……なるほど?」
どう返していいかわからず、微妙な相槌を打つ。
「あとでちゃんと紹介するから、安心してね~」
……不安すぎる。
俺は話題を変えることにした。一番気になる、この世界のルールのことだ。
「えっと、それじゃ。どれくらいの頻度でこっちに呼ばれるんですか?」
「月に二回くらいかな~。王様の気分次第だけど」
オウサマ。能力をくれたあの塔のことか。
「三日連続で呼ばれたこともあるし、二週間以上こっちに閉じ込められたこともあるの~」
「……えっ?」
「安心して〜」
カエデ先輩がニコッと笑う。
「時間はちゃんと巻き戻るから、こっちに連れてこられた〝その瞬間〟に戻れるの〜」
ということは──学校をサボって帰宅途中に呼ばれた俺は、またあのバスの中に戻されるってことか。
なんというか、律儀というか、理不尽というか……。
「じゃあ、このゲーム……というか、この異世界に呼ばれる目的って何なんですか? オウサマは俺たちに何をさせたいんですか?」
「うーん……最後の一校になるまで続くんじゃないかな~」
……最後?
「他の学校の王様を破壊するとね、学校ごと……消えちゃうの。通ってる生徒もぜーんぶ~」
「えっ!?」
軽い口調だったけど、内容はとんでもなかった。
「体育祭で棒倒しってあったでしょ? あんな感じ~。相手の陣地に乗り込んで塔──つまり王様を倒す、ってわけ」
「ってことは……他の学校に攻め込んで、そこのオウサマを倒すのが目標で……」
つまり、それは学校そのもの、生徒数百人を消すということだ。
「僕らは兵隊。チェスでいうポーンだね。とりあえず卒業まで生き残れば、消えないから、それを目指すのもありだと思うよ。むしろ僕はそっちを目指してる」
ダイゴがフォローするが、フォローになっていない。
そんなデスゲームみたいな話を、どうして彼らはこんなに淡々と話せるんだ?
「ねぇ、ヨシツネくん。うちの市って、ちょっと高校少ないと思わない?」
カエデ先輩に言われて、改めて思い返す。
(確か……綾香女学院に、鴉羽高校、聖グラディスに、修武館第二──)
「──あれ? そういえば修武館って第二……?」
「ああ、そこね。第一は王様が倒されて、消えちゃったの~。生徒ごと、ぜんぶ」
言われて、思い出した。
俺も中一の頃、修武館に進学したいとか考えてたっけ。スカウトも来てたし。
夢見市は〝健幸〟のスローガンのもと、スポーツや武道に力を入れる町。市全体でアスリート育成に全力で、その中心が修武館だった。
武道の第一、球技の第二と言われていたはずだ。
それが──もう、存在しない?




