第76話 ただいま、おかえり
「ヨシツネ……お前がやったのか?」
瓦礫の山を乗り越えて真田が駆け寄ってくる。
その表情には、驚愕と、それ以上の安堵が混じっていた。
「はい、やりました。……終わらせました」
「そうか。……よくやったな」
真田は短く労うと、周囲を見渡して息を吐いた。
「少しここで待ってろ。状況が落ち着いたら、学校へ帰ろう」
彼の視線の先では、先ほどまで聳え立っていた黎明工科の校舎、そして要塞化した校庭。能力で作られたものたち。
その全てが光の粒子となって空へ溶け、後には広大な更地だけが残されていた。
数百人が学び、生活していた痕跡が、文字通り「無」に帰したのだ。
(ナツキ……)
一刻も早く東陵へ戻り、彼女が復活しているか確かめたい。
心臓が早鐘を打つが、俺はそれを理性で抑え込んだ。
まだ他校の連中が残っている。今は先輩の指示に従うべきだろう。
事態が決したことを悟ったのか、他校の動きも早かった。
利益なしと判断した鴉羽高校の連中は、蜘蛛の子を散らすように撤退を開始。それを逃がすまいと、綾香女学院の部隊が追撃に移る。
修武館の生徒たちは、数名が代表として真田の元へ歩み寄り、短い言葉を交わした後、大人しく去っていった。
これ以上の無益な争いは起きなかった。
喧騒が遠ざかり、風の音だけが残る。
俺は足元に転がっていた機械の残骸──かつて『キング』の一部だった鉄屑に腰を下ろした。
(……俺が、消したんだ)
更地になった広大な土地を見つめる。
あそこには確かに生活があった。数百の命があった。
それを俺のエゴで、丸ごと消滅させたのだ。
手のひらをじっと見つめる。血などついていないが、一生消えない重みがそこにある気がした。
ふと、隣に気配を感じる。
「…………」
小春だった。
彼女は何も言わない。「大丈夫?」とも「凄かったね」とも言わない。
ただ、俺の隣に座り、同じ更地を眺めている。
共犯者として、あるいは理解者として。
その静寂だけが、今の俺には救いだった。
しばらくすると、静寂を破って一台の車が滑り込んできた。窓が開き、運転席から真田さんが顔を出す。
「おし、戻るぞ」
短い言葉だったが、そこには優しい響きがあった。
助手席に小春が乗り込み、俺は後部座席へと身を沈めた。
車が走り出す。
シートの柔らかさとエンジンの振動が、極限まで張り詰めていた神経をゆっくりと解いていく。
車窓の外を流れる景色は、まだ夜の闇に包まれていた。
東陵高校に戻ってきたのは、空が白み始めた頃だった。
時刻は午前四時すぎ。
丑三つ時を過ぎ、夜明け前の最も深い静寂が校内を支配している。大多数の生徒はまだ夢の中だろう。
校門をくぐり、駐車場に車を止める。
俺たちは車を降りると、校庭の『キング』の方へと足を向けた。
「……あ」
キングの周囲に、数人の人影があった。
九条と冴木。
そして、──見慣れた二人の姿があった。
一人は、親友のユウト。
もう一人は、幼馴染の少女。
ユウトは顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
そして彼女──ナツキもまた、瞳から大粒の涙を溢れさせていた。
幻覚ではない。そこに「いる」。俺が数百人の未来と引き換えに手に入れた、確かな存在が。
俺は一歩ずつ、重い足取りで彼らに近づいた。
何を言うべきか、ずっと考えていた言葉はたくさんあったはずなのに、喉元まで出かかったのは、ありふれた挨拶だけだった。
「……おかえり」
俺の声に、彼女が顔を上げる。
涙で濡れた顔に、あの夏の日と変わらない、太陽のような笑顔が咲いた。
「うん……ただいま」
世界は理不尽で、俺たちは罪人だ。
けれど、この笑顔を取り戻せたのなら、俺は何度だってその罪を背負おう。
東の空から、新しい朝の光が差し始めていた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
本作は、いったんここで区切りとします。
物語として、まだ描くべき先が残っているのは確かなので、後日続きを書こうと思います。
今は、別の作品に挑戦しています。
そちらで力をつけて、また続きを書き始めようと思います。
ここまで読んでくださったこと、心より感謝します。
ここまで読んでくれた人がいたらうれしいなぁ。




