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サマー・ロスト 剣を捨てた無気力少年、負けたら「存在消滅」のデスゲームで覚醒する。  作者: 謝命雲丹丸
二章

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第75話 願いの行方

「グフッ……」


 膝をついた玄田の口から、どす黒い血が噴き出した。

 鋼鉄の腕は砕け、自慢の重機武装も解除されていく。もはや戦う力は残っていないようだ。


「くそ……。皆川の能力が急に使えなくなって、黒沼の野郎も役に立たねぇ……。なんなんだよ、今回は」


 玄田は息も絶え絶えに、血に濡れた顔を上げ、こちらを睨みつけた。


 本来なら完璧な布陣だったはずの防衛線が、何一つ機能しなかったことへの理不尽さが、その瞳に滲んでいた。


 彼は俺ではなく、俺という「異常な現象」そのものを見るような目で問いかけてきた。

 俺は血振るいを終えた刀を鞘に納め、静かに答えた。


「運が……良かったんですね」


「ハッ……運、ねぇ……」


 玄田は自嘲気味に笑うと、力が抜けたように仰向けに倒れ込んだ。

 その体から、光の粒子が溢れ出し始める。

 終わりの時だ。


「……負けたよ。黎明の……終わりだ」


 その言葉を最期に、玄田の輪郭が光の中に溶けていった。

 同時に、周囲の真っ白な空間に亀裂が入り、ガラスが割れるように崩壊していく。


 パリンッ、と世界が砕ける音がした。


──勝負あり、だ。


 強烈な白い光が収まると、そこは先ほどの真っ白な空間とも、要塞の内部とも異なる場所だった。


 足元には、黒と白の正方形が無限に広がる幾何学的な大地。

 まるで、巨大なチェス盤の上に立っているようだ。


「ここはどこだ?」


 俺はすぐに隣を確認する。


「ベンケイ、無事か?」


「ああ。だガ、見たことのない場所だナ。今まで来たどの世界とも違ウ」


 ベンケイも警戒心を露わにし、油断なく周囲を見渡している。

 その時だった。


『おめでとう。君が新しい”王”かな?』


 どこか楽しげな声が、脳内に直接響いてきた。

 方向感はない。まるで空間そのものが喋っているかのようだ。


「王? ……あんたは誰だ?」


『うーん、ここに来る人間たちには”神様”とか呼ばれるけど。私自身はそんなつもりはないんだけどね』


 神。

 その響きを聞いた瞬間、俺は反射的に背筋を伸ばし、頭を下げていた。


『神仏は尊べども頼らず』。


 それが俺のスタンスだが、もし目の前に本物がいるのであれば、敬意を示すべきだろう。少なくとも、これから願いを叶えてもらおうという相手に、無礼を働くメリットは何もない。


「……えーと、一つお尋ねしても良いでしょうか?」


『ふふ、そんな畏まらなくても良いよ。敬語もいらない。対等な”プレイヤー”として話そう』


 声の主は、俺の恭順を面白がるように笑った。

 悪い相手ではなさそうだ。俺は顔を上げ、単刀直入に核心を問うことにした。


「あ、あの。この世界で消えた人間を、復活させることは可能ですか?」


『あー、そんなこと? 造作もないことだよ』


 軽い。まるで今日の天気を答えるような気軽さだった。

 死者の蘇生、あるいは消滅した存在の復元。それが神にとっては、指先一つ動かすほどの手間でしかないらしい。


『ただし──願いは一つしか聞かないよ?』


 一つだけ。

 つまり、選択しろということか。

 脳裏に、様々な欲望がよぎる。


 例えば、一生遊んで暮らせるだけの大金。あるいは、誰も逆らえない絶対的な権力。


 「神」と言うからには、そういった俗物的な願いも叶うのだろう。


(……いや、聞くだけ野暮だな)


 俺は即座に首を振った。

 考えるまでもない。そもそも俺がここに来た理由は一つだ。


 世界の全てと引き換えにしても、ナツキ以上の価値なんてないのだから。


佐倉夏希サクラナツキ──」


 俺は、噛み締めるようにその名を告げた。


「今年の夏頃に、この世界で消失した女の子です。彼女を、蘇らせてください」


「わかった」


 間髪入れず、軽い返事が返ってきた。

 空が割れるような雷鳴も、神秘的な光の柱もない。


『はい、完了。君の陣地のキングの近くに復活させといたから』


「……え?」


 随分と、あっさりと。

 あまりにあっけなさすぎて、実感が湧かない。


 俺が命懸けで掴み取った勝利も、数百人の犠牲の上に成り立つ罪も、この存在にとってはエンターキーを一度押す程度の労力でしかないらしい。


『いやー、それにしても君は随分とサッパリしてるねぇ』


 呆然とする俺に、声の主は感心したように言った。


『前の子はさ、根掘り葉掘り世界の仕組みを聞いてきて、結局三日くらいここに居座ったんだよ? それに比べて君は、迷いなく女の子一人だもん。愛ってやつかね』


「……ッ?」


 その言葉に、思考が停止していた脳が動き出す。

 そうだ。俺はナツキのことしか頭になかったが、ここは世界の深淵に触れられる場所だ。

 なぜこの世界があるのか。なぜ俺たちが戦わされているのか。その真実を知る絶好の機会だったのではないか。


「待っ──神様は……」


『だから、神ではないってば』


 俺の言葉を遮り、声の主は悪戯っぽく笑った。視界が少しずつ歪み、声が出せなくなる。


『君たちがフィールドで泥にまみれる”選手”だとしたら、僕はベンチで采配を振るう”監督”に過ぎない』


 俺たちが、ゲームの駒だとでも言うのか。

 世界が遠ざかっていく。


『君らが言う”神”っていうのは、競技を定義した”ルール”か、あるいはそれを執行する”審判”のことだろう?』


 俺の意識が、強制的に元の世界へと弾き出されようとしていた。


『って、前に来た子の受け売りだけど』


 彼は笑う。


 ブツンッ。

 唐突に通信が切れるように、俺の意識はブラックアウトした。


 強烈な眩暈と共に、意識が肉体へと引き戻される。

 まばたきを一つすると、そこは再び、冷気漂う要塞の中枢だった。


「……終わったの?」


 小春の声が鼓膜を打つ。

 俺の目の前には、真っ二つに斬り裂かれた『キング』の残骸が転がっていた。

 断面からは火花が散り、動力源の光が急速に失われていく。


「ええ、終わりました」


 俺は深く息を吐き出し、刀を納めた。

 同時に、外から響いていた激しい戦闘音が、嘘のようにプツリと途絶える。


 キィィィィン……。


 どこか悲しげな高音が、学園全体に響き渡った。

 それは、敗者への鎮魂歌か、それとも退場の合図か。


「見て、外を」


 小春に促され、装甲の大穴から外を見る。

 そこには、残酷で美しい光景が広がっていた。

 校庭で戦っていた黎明工科の生徒たちが、次々と光の粒子に変わっていく。


 誰一人として例外なく、その輪郭を保てなくなっていた。

 悲鳴はない。恨み言もない。ただ静かに、最初からいなかったかのように世界から削除されていく。


 後に残ったのは、主を失った無人の兵器と、静寂だけだった。


「……これが、『敗北』ですか」


 俺はその光景を目に焼き付ける。

 俺がやったのだ。俺が、彼らを消したのだ。

 手のひらに残る剣の重み。


 それが、数百人の未来を奪った重さだと自覚しながら、俺は拳を握りしめた。

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