第74話 黎明の騎士(ナイト)
刃が『キング』に触れた、その刹那。
キィィィン……。
耳鳴りのような高音が脳髄を駆け巡り、視界が強烈な光に塗りつぶされる。
罪悪感も、戦場の喧騒も、すべてが光の彼方へと消え去った。
「……ここは」
気づけば、俺は純白の空間に立っていた。
上下左右の区別がない、無限の白。
見覚えがある。かつてベンケイと初めて邂逅したあの場所だ。
「なるほど、こうなるんだな」
不意に、背後から野太い声が掛かる。
ハッとして振り返ると、そこには男が立っていた。
さっきまで校庭で真田さんと殴り合っていた、巨大な義腕の男だ。
ただし、その腕は生身に戻っており、武装は解除されているようだ。
「俺は黎明の『ナイト』をやっている、玄田だ」
「ナイト……?」
聞き慣れない役職だ。だが、キングを破壊した瞬間にこの空間へ呼ばれたということは、彼がこの城を守る最後の番人、いわゆる『ラスボス』ということなのだろう。
「東陵一年、ヨシツネです」
俺は油断なく身構えながら、名乗りを返す。
「流石にここまで攻め込まれたことはなくてな。初めての経験だが……要するに、ここで俺が負ければ『黎明』は終わりってことなんだろうな」
玄田は周囲を見回し、自分の置かれた絶望的な状況を、驚くほど冷静に受け入れていた。
パニックになる様子も、怒り狂う様子もない。ただ、淡々と事実を確認している。
「すみませんが、俺は負ける気はありません」
「ハハっ」
俺の宣言に、玄田が白い歯を見せて豪快に笑った。
「そりゃ、もちろんそうだろうよ。俺らだって、今まで東陵の生徒を何人も消してきたんだ。……いまさら命乞いなんてしねぇよ。覚悟は出来てる」
彼は太い腕をボキボキと鳴らし、戦意に満ちた瞳で俺を射抜く。
そこには、奪う側の責任を理解した、戦士の矜持があった。
「さあ、始めようか。最後の勝負を」
玄田が低く唸ると同時に、彼の肉体が変貌を始めた。
ギギギ、ガガガガッ!!
耳障りな金属音が鳴り響く。彼の両腕が、肩口からありえない角度で膨張し、鋼鉄の塊へと作り変えられていく。
左腕は、先端が鋭利に回転する巨大なドリルへ。
右腕は、アスファルトをも容易く抉り取る油圧ショベルのバケットへ。
それはまさに、人の形をした重機そのものだった。
「『重機武装』──。悪いが、加減はできねぇぞ!」
ドォン! と白い地面を蹴り、巨体が砲弾のように突っ込んでくる。
速い。この見た目で、この速度か。
「ベンケイ、やるぞ!」
「応ッ!」
俺とベンケイは左右に弾けるように跳躍した。
直後、俺たちがいた場所に、右腕のショベルが叩きつけられた。
ズガァァァン!!
空間そのものが揺らぐほどの衝撃。白い地面がクレーター状に陥没する。直撃すれば、人間などミンチだろう。
「チッ、ちょこまかと!」
玄田が苛立ち、今度は左腕のドリルを突き出す。キュィィィン!! と高速回転するドリルが、空気を切り裂きながらベンケイに迫る。
「フン、鈍重だナ!」
だが、速度勝負ならベンケイに分がある。
彼女は紙一重でドリルを躱すと、ドリルの側面を駆け上がり、玄田の懐へと飛び込んだ。
「ハァッ!」
神剣一閃。首筋を狙った鋭い斬撃。
しかし──。
ガギィン!!
硬質な音が響き、火花が散る。刃は玄田の首に届く前に、瞬時に装甲化した肩の金属装甲に阻まれていた。
「硬いナ……」
「ハハッ! 攻撃が軽いな!」
玄田は防御したそのままの体勢で、全身をコマのように回転させた。
ドリルとショベルが暴風のように周囲を薙ぎ払う、全方位攻撃だ。
「くっ……!」
ベンケイが舌打ちして後退する。迂闊に近づけない。
(パワーと防御力は向こうが上、おまけに範囲攻撃持ち。まともにやり合えばジリ貧だな)
俺は冷静に戦況を分析する。
だが、付け入る隙はある。
玄田が苛立ち、今度は俺の方へ狙いを定め、左腕のドリルを突き出す。
キュィィィン!! と高速回転するドリルが、空気を切り裂きながら迫る。
「フッ!」
俺は逃げるのではなく、あえてドリルに向かって踏み込んだ。
回転する鋼鉄の切っ先が、鼻先をかすめる。
俺は刀の腹をドリル側面に滑らせ、その回転力を利用して軌道を強引に逸らした。
キィィィン!!
火花が散り、ドリルが俺の横を虚しく空転する。
「なっ、受け流しただと!?」
「力比べをするつもりはない」
体勢を崩した玄田の懐へ、滑るように入り込む。
だが、玄田も歴戦の猛者だ。即座に右腕のショベルを戻し、横薙ぎに振るってくる。
「オラァッ!!」
回避は間に合わない。
だが、それは俺一人ならばの話だ。
「ヨシツネに手出しはさせないゾ!!」
死角から飛び出したベンケイが、刀を振り上げる。
ガギィン!!
小さな体が、巨大なショベルの一撃を真正面から受け止めていた。
拮抗する力と力。
ベンケイの足が地面にめり込むが、彼女は不敵な笑みを浮かべる。
「んぐグ……ッ! デカい図体して、力はこの程度カ!? ガッカリだゾ!」
ベンケイが咆哮すると同時に、刀が紅蓮の炎を噴き上げ、鋼鉄のショベルを赤熱させる。
「ぬぐぉッ!?」
熱さに怯んだ玄田の動きが一瞬止まる。
その刹那、俺は地面を蹴った。
「もらったッ!」
俺はベンケイが抑え込んでいるショベルのアームへと飛び乗る。
鋼鉄の腕を道として駆け上がり、一気に敵の頭上へと肉薄した。
「させるかァッ!」
玄田が左腕のドリルを無理やり頭上へ向けようとする。
だが、遅い。
俺の剣は既に、最高速度で振り抜かれていた。
「──『燕返し』」
ヒュンッ。
一拍遅れて、ドリルを動かそうとしていた油圧シリンダーが切断され、大量のオイルが噴き出す。
腕の制御を失い、ガラ空きになった胴体へ、俺とベンケイの刃が同時に迫る。
「これで……終わりだ!」
「燃え尽きロ!!」
二つの斬撃が交差した。
俺の斬撃が装甲を斬り裂き、その裂け目にベンケイの業火が叩き込まれる。
ズドォォォォン!!
爆炎が吹き荒れ、巨大な鋼鉄の巨体が膝から崩れ落ちた。




