第70話 ゴリアテに挑むダビデ
色とりどりの兵が進軍する様は、まさに圧巻の一語に尽きる。
「まるで、ゴリアテに挑むダビデですね」
遠ざかる背中を見送りながら、ミツルは呟く。
「……でも、彼ならひょっとするかもね」
白羽は、ふとそんなことを口にした。
彼もまた、私と同じ領域──次の次元へと至るのかもしれない。根拠のない、けれど確信に近い予感が、白羽の脳裏をよぎっていた。
◇
俺は軍勢の中心部へ、早足で追いついた。
まだ接敵していない。全速力で駆けるのは、もう少し先の話だ。
隣には、小春も並んで歩いている。
「でも意外ですね。聖グラディスの連中、もっと止めるかと思いました」
一つの学校が消滅しかけている非常事態にしては、あまりに淡白な反応だったのが気になる。
「『王』を倒せるとは思っていないのよ。実際、過去に十八回挑んでいるけれど、いつも時間切れで終わっているしね」
「十八回……そんなにですか」
「ええ。黎明には三十人近くの能力者がいるわ。その全員が死に物狂いで『王』を守るの。そう簡単にはいかないわ」
「三十対三、ですか」
俺は頭の中で計算する。ベンケイを含めればこちらの戦力は実質三人。
単純計算で一人につき十人。昨日は五人を相手に立ち回れたし、この二百五十人の兵隊もいる。三十人という数は脅威だが、決して不可能な数字ではない気もする。
「そんなに無謀でしょうか?」
「ヨシツネくん、勘違いしているわね。──ここで『殺された』人間は、どこに行くと思う?」
「あ……そうか」
小春の問いに、思考が繋がり、背筋が冷える。ライフ制だ。当然、敵は『王』の近くで復活する。
つまり、一人の兵力を完全に無力化するためには、六回殺してライフを削り切らなければならないということか。
対してこちらは、一度でも死ねば終わりの一発勝負。
「三十人かける六回……百八十対三ってことですか。……けっこうな無理ゲーですね」
『王殺し』は年に一度あるかないか。以前、ユウトもそう言っていた。
ここまでとんとん拍子で来ていたから、少し勘違いしていた。
状況は、俺が思っていたよりも遥かに厳しいようだ。
「それにね、黎明に近づくと──どこかに飛ばされるのよ」
小春が、不愉快そうに目を細めて吐き捨てた。
「何度か近くに行ったことはあるけれど、気づいたら別の場所に立っている。あの能力を看破しない限り、王の首を取ることは不可能だわ」
「なるほど……鉄壁の守り、というわけですね」
近づけば、いつの間にか飛ばされる。
原理不明の防御──それは、単純な戦力差よりも遥かに厄介な壁に思えた。
俺の剣で能力を破壊するにしても、まずは対象を切れる距離まで近づかなければならない。
(……攻略できるのか、これ?)
思考の海に沈みかける俺の顔を、小春が覗き込んでくる。
彼女は不安などどこ吹く風といった様子で、妖艶に唇を歪めた。
「ふふ、なにを怯えているの? ダメで元々……派手に足掻いてみましょう?」
小春の言葉に、俺は覚悟を決めて頷いた。
それから十分ほど進んだだろうか。
不意に、小春が足を止めた。
「──来たわね」
その言葉と同時、足元の影が蠢き、ベンケイがヌゥッと姿を現す。
行く手を阻むように、巨大な植物が鎮座していた。
幹から伸びた太い枝が、まるで鞭のようにしなる。
ヒュンッ! と風を切り、最前面を行くヒーローたちへ向けて、その凶悪な一撃が振り下ろされた。
だが──。
ガギィン!
硬質な音が響き、枝が弾かれる。
とっさに展開された分厚い『氷壁』が、その一撃を完璧に防いでいた。
「こういう大味な攻撃は、私が防いであげる」
小春が冷気を纏った手で髪を払い、好戦的な瞳で俺を見る。
「敵を『始末』するのは、ヨシツネくんにお願いしていいかしら?」
「任せてください」
巨大な植物の向こう側、物陰に隠れるようにして黎明の生徒が四名潜んでいるのが見えた。
視界に入れば、こちらのものだ。
安全圏からの攻撃。彼らは自分たちが絶対安全な場所にいると信じている。
「ベンケイ、練習台だ」
「おう、任せロ!」
俺は視線を固定し、新しく手に入れた能力──『位置交換』を発動する。
対象は、俺の目の前にいるヒーロー人形二体と、奥にいる黎明生二名。
ヒュンッ!
空間が歪み、物理法則を無視した座標の置換が行われる。
「なっ?」
突如として目の前の景色が変わり、俺の眼前に引きずり出された敵生徒が驚愕の声を上げた。
反射的に防御態勢を取ろうとするが、遅い。
ザシュッ──。
一閃。
刀が銀弧を描き、首を同時に刎ね飛ばす。ベンケイも同じタイミングで一人を仕留める。
粒子となって消えていく彼らを尻目に、俺は残りの二人にも視線を向けた。
──『位置交換』。
再び空間が入れ替わる。
成す術もなく目の前に現れた残党を、ベンケイの刀が横薙ぎに一掃した。
四人撃破。所要時間、わずか数秒。
一瞬で片付いた惨状に、小春が目を丸くしている。
興味深そうに、しかしどこか呆れたような視線が俺に向けられた。
「そんな能力、聞いてないわよ?」
「あー、さっき鴉羽の鰐淵という奴のカジノで勝って、巻き上げてきたんですよ」
「そ、そうなの……あなたも無茶苦茶ね」
小春は苦笑を浮かべ、肩をすくめた。




