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サマー・ロスト 剣を捨てた無気力少年、負けたら「存在消滅」のデスゲームで覚醒する。  作者: うにまる
一章

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第6話 顕現せし刀

 そのとき。


「あのー」


 声をかけてきたのは一年の男子。見覚えはある。隣のクラス……だが、名前は出てこない。


──ダメだ。俺は誰とも関わってこなかった。クラスメイトの名前すら覚えていない。


「藤守くん、来てくれてありがとう」


 九条がその一年に声をかける。


「じゃあ、三人でいこっか~」


 冴木が明るく笑った。


「ヨシツネくん、何かをしたいなら──まずは、強くなりなよ」


 九条は手をひらひらと振る。


 俺は冴木に連れられ、体育館へ向かった。

 扉を開けた瞬間、ひんやりとした空気が肌を刺す。 昼間の喧騒が嘘のように静まり返った空間。


 高い天井、軋む木の床。張り詰めた空気が少し心地いい。


「ここは訓練専用に使ってるの。どうせ異世界だから、ちょっとくらい壊しても大丈夫~」


 マイペースに説明する冴木。

 しかし、その立ち姿には一切の隙がない。柔らかく微笑んでいるのに、なぜか怖い。


「まずは、ベンケイちゃんを呼んでみようか~」


 俺は静かに頷いた。 足元の影が揺れ、そこからぬるりと緑の小さな姿が現れる。


 ベンケイ──俺の相棒。


『……呼んだカ?』


 低く擦れた声が、耳の奥に響く。妙に落ち着く声だ。


「この子に何ができるか~色々試してみようか~。モーリーお願いね~」


「あ、藤守大吾ふじもりだいごです。1-B、美術部です」

倉田義経くらたよしつね。1-Aです、よろしく」


 帰宅部とは言わなかった。

 ダイゴはエプロンのポケットから筆を取り出すと、空中にさらさらと絵を描く。光の軌跡が一瞬で形を結び、人型の標的が現れた。


「まずは、ベンケイちゃんを使って、壊してみようか~」


 体育館の中央に立つ標的を見つめる。


「気後れしないで。これは訓練用だから」


 ダイゴが俺の迷いを見抜いたように言う。


「ああ、わかった」


『……あれを壊せばいいのカ……?』


「そう、頼む」


 言葉と同時に、ベンケイが弾けるように跳ねた。 次の瞬間、弾丸のように標的へ飛びかかる。鋭い爪が空気を裂き──


ドガァンッ!


 轟音が体育館に響いた。標的の胴体はもげ、床を転がっている。


「わ、わあ……! つよ……っ」


 ダイゴが目を丸くする。


「うんうん、いい子だね~。もしかして、お話してるの~?」


「え、こいつの声、聞こえないんですか?」


「話せることはミサッピには内緒にしたほうがいいかも~」


 冴木はふわりと笑い、俺の背中を軽く叩いた。


(確かに九条先輩にバレたら「話させて」とか言って、拘束されかねないな)


「じゃあ、倉田くんは指示を出す、軍師みたいな後衛タイプってことですかね?」


ダイゴが尋ねる。


「ん~どうだろ~? ベンケイちゃん、どれくらいツネッチと離れられる~?」


『うーん……あんまり離れたくないゾ』


「あんまり離れたくないそうです」


「じゃあ、あの塔のとこまでは?」


 冴木が指差したのは、体育館の外にいる王様。 ベンケイは小さく頷く。


「じゃあ、さっきの大きな木のところは?」


 今度はぶんぶんと横に首を振った。


「うーん、50メートル以内ってとこね~。それ以上は無理そう~」


 なるほど。俺が近くにいないと力を発揮できないわけか。


「つまりは……俺も一緒に戦わないとってことか」


「ま、そういうことになるかな~。がんばれツネッチ!」


 冴木が笑顔で親指を立ててきた。


「そういえば、さっき聞いたけど倉田くんは剣道が得意なんだって? 木刀でも出そうか?」


 無邪気な顔で、ダイゴが問いかけてくる。 まるで遊びの誘いのように軽い調子だった。後ろで指示を出す軍師。ぶっちゃけ俺はそんなガラじゃない。やるのであれば自分で、自分の手で戦いたい。


 けれど──簡単に割り切れる話じゃなかった。

 脳裏に浮かんだのは、さっきナイフを向けてきた少女の姿。 鋭い瞳。彼女にも、彼女なりの理由があったはずだ。


 その目が物語っていた。背負ったものがあり、それでも前に進もうとしていた。 覚悟のある瞳だった。彼女のような人と戦うのだろう。


 ──剣を握ること。


 それは、俺にとってただの戦いじゃない。 それは、『あの日』を認めることだ。


 思い出す。


 悲鳴。

 血の匂い。

 倒れる音。


 手に残る感触。


 ──やめろ!!


 頭の奥で、誰かの叫び声が響いた。あるいは俺の声だったのかもしれない。 俺が……俺のせいで……


 後悔だけが、胸の奥に重く沈んでいく。

 "ナツキ"の顔が、浮かんだ。 あの日からずっと、俺に話しかけ続けてきた笑顔。


 剣道ができなくなった俺に向けられた、あの言葉。


「自分を嫌いにならないでよ。そんなヨシツネ、私は嫌だな」


 明るい声に隠れていた、泣きそうな響き。

 あれは励ましなんかじゃなかった。


──俺を呼び戻す、必死の願いだったんだ。


 ナツキは、どんな想いで最後を迎えたんだろう。 ユウトは、その時、何を感じていた?


 もし、俺がその場にいて。


 もし、剣を握っていたら──


 ナツキを、守れたのか?


 胸が締めつけられる。吐き気がこみあげる。

……ふざけんな。


 誰に向けた言葉か、自分でもわからない。 ナツキに? ユウトに?


 ナツキを奪った敵に?


 いや、きっと逃げ続けていた、この俺自身にだ。


 影の中から、視線を感じた。 振り向くと、そこにベンケイがいた。 何も言わず、ただ俺を見つめている。


『……ベンケイ』


声には出さず、心の中で問いかける。


『俺は……また剣を握ってもいいのか』


『怖いのカ?』


『……ああ。怖いよ』


 怖くないなんて、言えるわけがない。 俺はまだ、あの日の光景に囚われている。


 でも──


『それでも、もう……逃げない』


 ベンケイは無言のまま、影の中から一本の刀を差し出した。 澄んだ刃に俺の顔がはっきりと映る。


  その光に、どこかナツキの面影が重なって見えた。


「……大丈夫」


 小さくつぶやいて、ダイゴの差し出した手を制した。


「木刀は必要ないよ。……俺には、俺の刀がある」


 刀を握る。


──ナツキに、恥じないように。

──あいつが、誇りに思ってくれるように。

──俺が、俺として戻るために。


 もう迷いはなかった。


『大丈夫。今なら……戦える』


 あの日よりも。

 あの日の俺よりも。

 きっと──強くなれる。


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