第68話 恐竜、戦車、それとも
「三十分か……往復の時間を考えると、結構ギリギリだな」
悠長に歩いている時間はない。
俺は近くの民家から自転車を拝借することにした。
タイヤの空気は少し甘いが、贅沢は言っていられない。
「悪いが、借りるぞ!」
サドルに跨り、ペダルを力任せに踏み込む。
夜風を切り裂き、俺は全速力でルークのある模型店を目指して自転車を走らせた。
──鴉羽から、ここまでの道中で、いくつか『位置交換』について検証を行い、把握したことがある。
まずは、自分と他人。これはアリアで試したら問題なかった。
次に、路傍の石と入れ替わる。
これも成功した。先ほどの戦闘で抱いた「人間限定ではないか?」という推測は外れだったようだ。
では、動いている物体だからダメだったのか?
石を放り投げ、空中のそれと入れ替わろうとしたところ、問題なく発動した。
(もっとも、着地の体勢が整わず、少し膝を擦りむいてしまったが)
だが、決定的な違いは次だ。
いくつかの石をまとめて放り投げ、その中の一つと入れ替わろうと念じた時──能力は発動しなかった。
つまり、こういうことだろう。
『転移先の空間に、他の物体が重なる場合は交換できない』
例えば、あの時。無数に舞う紙人形の一つと交換していたらどうなっていたか。
おそらく、周囲を漂う他の紙人形が、転移した俺の体内にめり込み、内側から肉体を損壊するグロテスクな結果になっていたはずだ。
能力が不発だったのは、一種の安全装置が働いた結果ということか。
(……逆に言えば、だ)
もしその制限がなかったら、とんでもない凶器になる。
例えば、敵を電柱と同じ座標に転移させれば、問答無用で串刺しの一撃必殺だ。
防御不能の即死攻撃。強力だが、あまりにエグい。
自分で想像して、少し気分が悪くなってきた。
そんな物騒なことを考えている間に、前方に目的の建物が見えてくる。
古びた看板を掲げた模型店。
俺は店の前で自転車を乗り捨て、転がるのも構わずに店の中へと飛び込んだ。
ガタンッ!
「きゃっ!」
可愛らしい悲鳴が店内に響く。
奥のカウンターにいた人物が、目を丸くしてこちらを見ていた。
「びっくりしたわ。どうしたの、そんなに慌てて」
透き通るような白い肌に、闇を溶かしたような黒髪。アンティークドールのような少女。桐谷小春だ。
無事だったんだ。俺は荒い息を整えながら周囲を見渡すが、どうやら他に人の気配はない。
「桐谷先輩、一人ですか?」
「そうね……ふふ、ヨシツネくんが無事でよかったわ」
小春先輩が柔らかな笑みを浮かべる。
「すみません、詳しく話してる暇がなくて。少しお店の中から『おもちゃ』を探させてください」
「ええ、よくわからないけれど、必要ならどうぞ?」
「ありがとうございます」
許可を得て、俺は店内を走った。
まず最初に目をつけたのは、子供の頃にハマった恐竜のプラモデルコーナーだ。
棚に並ぶパッケージを素早く吟味する。
第一候補は、凶暴な肉食恐竜の代表格──ティラノサウルス。
推定体長十二メートル、体重六トン。
これが実体化して襲いかかってくれば、生身の人間など一溜まりもないだろう。純粋な暴力の塊だ。
あるいは、サイズで押すか?
隣にあるのは、巨大なスーパーサウルス。
体長四十メートル、体重五十トン。桁違いの質量だ。この巨体をそのまま敵の拠点にぶつければ、『王』もろとも校舎を破壊できるかもしれない。
(……だが、待てよ)
ふと、根本的な疑問が浮かぶ。
これらはあくまで「プラモデル」だ。箱の中身は、バラバラのパーツとランナーの集合体でしかない。
完成品でないと、白羽の能力は適用されないのだろうか?
考えても答えは出ない。
一応、この二つは候補として確保しておこう。
俺は二つの箱を小脇に抱え、次なる棚へと向かった。
次に向かったのは、ミリタリー──戦車のコーナーだ。
棚を見上げると、プラモデルだけでなく『RC戦車』の箱が並んでいた。これなら塗装済み完成品だ。
俺が手に取ったのは、現代戦車の頂点──M1エイブラムス。
『陸の王者』の名に相応しい重厚なフォルムだ。
冷静に比較してみよう。
いくらティラノサウルスが最強の捕食者だとしても、所詮は生物の肉体。
対してこちらは、複合装甲と120mm滑腔砲を備えた鋼鉄の要塞だ。
戦車と恐竜が戦えば、どう考えても戦車の圧勝だろう。
「……悪いな、出番はなさそうだ」
俺は小脇に抱えていた恐竜のプラモデルを、そっと床に置いた。
迷う必要はない。近代兵器に勝るものはないだろう。
「すいません、桐谷先輩。俺、人を待たせてて。ちょっと行ってきます」
「ちょっと待ってくれるかしら?」
店を出ようとした俺の背中に、艶やかな声がかかる。
振り返ると、小春先輩が小首を傾げてこちらを見ていた。
「忙しそうなところ悪いけど、ヨシツネくんはどうしたい? このまま皆が生き残ってる事を信じてここで待機か、それとも黎明まで攻め込むか」
「あ、ユウトはやられたみたいです」
「そう……」
小春が目を伏せる。だが、動揺はない。あくまで事実を淡々と受け止めているようだ。
「なら、真田さんや冴木さんもやられたかもしれないわね。そうなると、ここで待つ意味はないわ」
「俺は一人でも、黎明に突っ込みます」
「ふふ、そう。威勢がいいのね。なら──私もついていくわ」
小春先輩が優雅な動作で立ち上がる。
その瞬間だった。
彼女の背後──カウンターの奥にあるガラスのショーケース。
そこに飾られていた『一つのオモチャ』が、俺の目に飛び込んできた。
「──ッ!?」
俺の足が止まる。
戦車? いや、そんなチャチなもんじゃない。
「いや、コレ……いけるか? いや、これしかないかも」
「ん? なになに?」
小春先輩がきょとんとして振り返る。
「説明は後でします!」
俺は『エイブラムス』を棚に戻し、ショーケースを開けてその『最強の僕』をひっ掴むと、脱兎のごとく店外へと飛び出した。
倒れていた自転車を乱暴に引き起こし、前カゴにその箱を放り込む。
「先輩、後ろに乗ってください!」
「え?」
「早く!」
「ふふ、強引なのね」
時間がない。
俺の剣幕に、小春先輩は楽しげに笑いながら荷台に腰掛けた。
背中から、甘い香りが漂ってくる。
「しっかり捕まっててくださいね、飛ばします!」
俺は歯を食いしばり、ペダルを限界まで踏み込んだ。
タイヤが悲鳴を上げ、夜風が耳元で唸る。
思考を放棄し、ただひたすらに足を回転させた。
──そして。
待ち合わせの場所に戻れたのは、約束の二分前。二十八分後のことだった。
ギリギリ、セーフだ。
「あら、待たせてた人って……白羽さんなの?」
荷台から軽やかに降りた小春が、意外そうに目を丸くする。
「やっほー、しばらくぶりね」
白羽はひらひらと手を振り、気安い様子で応じた。
「はぁ、はぁ……!」
俺は息が上がって、言葉が出ない。
だが、休んでいる暇はない。俺はゼェゼェと喘ぎながら、自転車のカゴから例の『箱』をひっ掴み、無言で白羽に突きつけた。
これだ、頼む。そんな必死の形相で。
箱のパッケージを見た瞬間、白羽の動きが止まった。
「こ……これを実体化しろと?」
明らかにドン引きした表情だった。




