第67話 最強の玩具
「……私たちの負けね」
狐耳を生やしていた椿が、ポンと音を立てて人間の姿に戻る。
彼女は「参った」と肩をすくめ、降参の意を示すように両手を上げた。
戦意喪失を確認し、俺は稲乃の喉元に突きつけていた剣をゆっくりと引く。
「ちょっかいを出してこないなら、殺すつもりはない」
「……感謝するわ」
俺が刀を納めると、稲乃はバツが悪そうに視線を逸らした。
そして、遥か遠く──光の矢が飛んできた方角を指差す。
「あの子にもこっちに来るように言うから、連絡していい?」
「ああ、構わないが……」
俺が許可すると、稲乃は懐からスマホを取り出し、慣れた手つきで通話ボタンを押した。
俺は眉をひそめる。
「ん? 繋がるのか?」
この世界では、通信機器は圏外になっているはずだ。
俺もポケットから自分のスマホを取り出してみるが、やはりアンテナは立っていない。
不思議がる俺を見て、椿がニシシと笑った。
「いや、私らの学校にそういう能力者がいるんよ。『通信』を確立させる子がね」
──その言葉に、俺の記憶の底にある光景がフラッシュバックした。
一昨日、この世界に来たばかりの時。
貸し一つと言っていた恩着せがましい猫目の綾香の女。
彼女は確かにスマホを操作していた。
その直後だ。俺たちが、あの遠距離からの狙撃──『弓姫様』に殺されかけたのは。
(……なるほど、そういうことか)
点と点が繋がる。
普通に考えて、あの女が俺たちの位置を、姫野に連絡して襲わせたに違いない。
「……いい度胸だ」
俺はスマホを握りしめ、ギリと歯噛みした。
ユウトがあの時、憤ってた理由がわかった。顔は覚えている。次に会ったら、タダじゃおかない。たっぷりと「借り」を返してやる。
電話を終えてしばらくすると、夜の闇を割って一人の少女が現れた。
高く結い上げられた黒髪のポニーテールが、歩くたびに凛と揺れる。背筋は矢のように真っ直ぐに伸び、その所作一つ一つに一切の隙がない。
弓姫様のあだ名の通り、戦国時代の姫君がそのまま現代に顕現したような、高貴な空気を纏っていた。
彼女は俺の目の前で足を止めると、探るような視線を向けてくる。
俺は単刀直入に切り出した。
「なんで、俺を狙うんだ?」
「……誤解しないでほしいのだけれど」
姫野は涼しい顔で答える。
「元々狙っていたのは、鴉羽の鰐淵よ。けれど、このエリアに来る途中で、東陵の生徒にこちらの子が一人殺されてね」
「東陵の生徒に?」
俺は眉をひそめた。
確か、綾香女学院のエリアに転送されたのは、三年の真田先輩だったはずだけど。
「たしか……アサクラとかいう、爆炎使いだ」
「──ユウトが?」
俺は息を呑んだ。
あいつがそんな軽率なことをするだろうか?
「なんで……」
「さあ、ただ偵察してた生徒が急に襲われたようでな。だから東陵生を見かけたので、なぜなのか事情を聴取させてもらおうかと思ったのだけれど」
「で、その生徒……ユウトは?」
嫌な予感が背筋を走る。
姫野は表情一つ変えず、冷徹に告げた。
「すまないが、討ち取らせてもらった」
……なんてことだ。
頭を掻きむしりたくなったが、ふとある推測が浮かび上がった。
「もしかして、その殺された生徒って……ナイフ使いで、猫目の小柄な女か?」
「小夜のことを知っているのか?」
姫野の目がわずかに見開かれる。
「その通りだが」
肯定の言葉を聞いた瞬間、俺の中で散らばっていたピースがカチリと嵌まった。
「ちなみに一昨日、その小夜からメールを貰って車を一台撃ち抜かなかったか?」
「ああ、そんなこともあったな」
俺は深く息を吐き、静かに頷いた。
なるほど、事情はわかった。
「その車に乗ってたのが、俺とユウトだ」
話が見えてきたのか、椿が天井を仰ぎ、頭を抱えた。完全に、身内の不始末だと言わんばかりの態度だ。
「『貸しにして、見逃してやる』。そう言われて、俺たちはそれを信じた。……まあ、そういう世界だ。過ぎたことをどうこう言うつもりはない」
チラリとミツルを見ると、彼は静かに頷いた。
『今は引くべきです』。そう言っている気がした。感情に任せて戦力を削り合うのは、得策ではない。
姫野は俺の目を真っ直ぐに見つめ返す。その瞳に宿る鋭い光は、俺の言葉の真偽を値踏みしているようだ。
やがて、彼女はふぅと短く息を吐き、張り詰めていた肩の力を抜いた。
「……わかった。こちらに非が全くないとは言えないようだ。見逃してくれるなら助かる」
賢明な判断だ。
彼女たちも消耗を避けたいのだろう。
「東陵としては、黎明との争いに横槍を入れないでくれれば、それでいい」
「ああ、我々が標的にしているのはあくまで鴉羽だ。外に出てる全員に伝えておこう」
姫野が、得心がいったように頷きながら呟く。
彼女たちに今の東陵と正面衝突するメリットはない。
「鴉羽といえば……今夜は黒沼さんも出てきているみたいですね」
ふと、ミツルが補足するように言った。
その名を聞いた瞬間、三人の表情がピクリと凍りつく。
「やっぱ、あの黒沼も出てきてるんだ」
椿が、吐き捨てるようにイラついた声で言う。
どうやら、相当に嫌われているように見える。
ミツルの発言はこれを狙ったアシストだったようだな。
「当然、黎明側についているのでしょうね。……わかったわ。元々、私たちも鴉羽を狩りに来ただけ。今夜は不可侵としましょう」
姫野がそう宣言し、交渉は成立した。
もし、綾香と鴉羽がぶつかってくれるなら、大いに有利になるだろう。できればあの厄介な黒沼を討ち取ってほしいところだ。
俺たちは無言で頷き合い、それぞれの戦場へと戻ることにした。
・・・
「さて、俺は東陵のルークまで戻ろうと思う。桐谷先輩と合流したいんだ」
「ええ、それなら途中まで一緒に行きましょう」
ミツルが笑顔で提案する。
俺たちは警戒を解き、夜道を歩き出した。
それにしても、白羽は先ほどの戦闘時、全く動こうとしなかったな。
まあ、無事に済んだからそれで良いのだが、掴みどころのない人だ。
二十分ほど歩き、拠点の近くまでたどり着く。
「じゃあ、ここから先は東陵のエリアになる。助かったよ」
「いえ、こちらこそ。我々だけじゃ無理でした」
ミツルの言葉に、カノンとアリアも深く頷く。
「お前らとは、今後も戦いたくないな」
「ふふ、僕も同意見です」
ミツルが握手を求めてきたので、俺は強くその手を握り返した。
良い関係が築けた。そう思って別れようとした、その時だ。
「ちょーっと待って! 助けられっぱなしってのは、気が済まないわ」
ここまで黙っていた白羽が、急に声を上げた。
「私の能力で、少しアシストしてあげる」
え? という顔をするミツル。
彼は一刻も早く聖グラディスの本陣に戻りたいはずだ。
だが、白羽はニヤリと笑って指を3本立てた。
「三十分だけここで待つわ。一つだけ『おもちゃ』を持ってきて。朝まであなたに付き従う僕にしてあげるから」
自信満々の提案。
ミツルは少し考え込み、三十分だけなら仕方ない、という顔で渋々頷いた。
だが、俺にとっては朗報だ。戦力が増えるのは非常に助かる。
「……なるほど、おもちゃか」
俺はニヤリと笑った。
ちょうどいい。これから行くルークが設置されている場所は模型店だ。戦車か、恐竜か、それとも戦闘機か。
店内を物色して、最強の僕を探してみるとしよう。




