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サマー・ロスト 剣を捨てた無気力少年、負けたら「存在消滅」のデスゲームで覚醒する。  作者: 謝命雲丹丸
二章

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第63話 起死回生のゼロ

『おい、ベンケイ。この刀、やっぱり偽物か?』


 俺は表情筋を動かさず、足元の影に潜む相棒へと問いかけた。

 神剣の加護があるなら、あのような不可解なバウンドが連続するはずがない。


『やっぱりってなんダ! 偽物のはずないだロ! 相手がイカサマをしてるんダ!』


『イカサマだと?』


『その剣はあくまで運を良くするだけの刀ダ。物理的な強制力イカサマまでは覆せなイ』


『なるほど。……タネを見破って、それを無効化できれば必ず勝てるか?』


『ああ、間違いなく勝てるゾ』


 原因さえ分かれば対処のしようはある。

 俺は腹を括り、顔を上げた。


「さあ、第四回戦フォースラウンドだ」


 鰐淵わにぶちが愉しげに声を上げる。

 俺は手元のチップ三枚のうち、二枚を掴んだ。

 ここで降りるわけにはいかない。だが、全額を突っ込んで全滅するのも避けたい。ギリギリの選択だ。


「……『奇数』だ」


「なら俺は『偶数』。シンプルでいい」


 俺がチップを置くと、鰐淵も即座に応じる。

 ディーラーがウィールを回し、球を放つ。


 カラカラカラ……ッ!

 乾いた音が響く。俺はテーブルの下で剣を握りしめながら、全神経を『目』に集中させた。


 ミツルの『天秤』は水平を保ったまま、微動だにしていない。

 つまり、鰐淵自身は手を下していないし、嘘もついていないということだ。


『……だとしたら、鰐淵以外。このバニー達が何かやってるってことなんじゃないか?』


 俺は影の中の相棒へと思考を飛ばす。

 天秤が見つめているのは俺と鰐淵の罪。第三者の介入までは検知しないのだろう。


『……そうか! 少し待ってロ!』


 ベンケイが即座に反応し、影の中からフロア全体を索敵する。

 球が回転の勢いを失い始めた、その時だ。


 ベンケイが鋭く声を上げた。


『いたゾ。左のスロットマシンの陰、あそこのバニーが手元で何かのスイッチを操作していル)


 俺は視線をウィールに固定したまま、意識だけをそちらへ向ける。


『次のルーレットが始まったら、そいつのスイッチを破壊できるか?』


『ああ、やってみるゾ』


 カッ、コン……。


 球が落ちる。

 本来なら『奇数』の一七に落ちる軌道だった。

 だが、まるで透明な糸に引かれるように、球はグイと軌道を変え──。 


 コトリ。

 吸い寄せられた先は、隣の『偶数』三四。


「──赤の三四。偶数です」


 無機質な宣言と共に、俺の二枚が没収される。

 天秤が反応しなかった理由が腑に落ちた。


 鰐淵がイカサマをしてるわけではなく、意思を持たないマネキンがマニュアル通りに実行した『通常業務』に過ぎないからだ。


「ククッ……神も仏もいないようだな」


 鰐淵が積み上がったチップの山を愛おしそうに撫でる。

 俺の手元に残ったのは、黒いチップがたったの一枚。


 対する鰐淵の前には一一枚。

 形勢は、絶望的だ。


「……ハッ。これでお前らのチップは残り一つだな」


 鰐淵が愉悦に浸る中、俺は冷や汗に濡れた手で、最後のチップを強く握りしめた。  だが、俺の内心は冷えていた。


 カラクリは割れた。


第五回戦ファイナルラウンド。……泣いても笑っても、これが最後だ」


 鰐淵が両手を広げ、この絶望的な状況を歓迎するように告げた。

 俺の手元には、最後のチップが一枚。


 鰐淵の手元には、一一枚の山。

 もはや、通常の二倍、三倍の配当では追いつけない。

 俺に残された道は一つだけだ。


「……一点賭け。『0《ゼロ》』だ」


 俺は迷わず、緑色のエリアにチップを置いた。


「まあ、それしかないよな。俺はパスだ」


 鰐淵は肩をすくめ、チップに触れようともしない。

 彼にとっては、俺が外れればそれで勝利が確定する。無理にリスクを負う必要はないという判断だ。


「やってみなければ分からないさ」


 俺は静かに答える。

 ディーラーが無機質に一礼し、球を構えた。最後の一投。


 カラカラカラ……ッ!

 球が放たれた。


 鉄球の軌跡が盤面を疾走する。


『……ベンケイ』


『ああ、射程圏内ダ』


 影の中に潜む相棒が、低く唸る。

 俺たちの狙いはウィールではない。


 左奥、スロットマシンの陰で息を潜める、あのバニーガールだ。

 球の速度が落ちる。

 勝負の瞬間。バニーガールがタイミングを計り、手元の端末に指をかけたのが見えた。


『──今だ、やれッ!』


 俺の指令と同時。

 ベンケイの腕が、影の中から鋭い鞭のように伸びた。誰にも見えない、音もない一撃。


 バチンッ!


 乾いた破裂音が、スロットマシンの裏で響いた。バニーガールの手元で、操作端末が火花を散らして粉砕される。


「……ッ!?」


 鰐淵が眉をひそめ、音のした方角を見た。

 だが、もう遅い。


 磁力の制御を失ったウィールの上で、球は物理法則のままに転がり続ける。

 作為的なブレーキも、不自然な横風もない。  

 

 ただの重力と遠心力だけが支配する、公平な世界。


 カコンッ……コトリ。

 球が落ちた。


 吸い込まれたのは──鮮やかな緑色のポケット。


「──0《ゼロ》です」


 無機質なアナウンスが流れる。

 ミツルの『天秤』は、ピクリとも動かない。

 当然だ。俺はイカサマをしていないし、鰐淵もしてない。

 イカサマをしたのは──ギャンブルの神と、世話焼きの従業員たちだ。


「ば、かな……」


 鰐淵が愕然と立ち尽くす。

 ディーラーが機械的に、俺の元へチップを押し寄せる。

 一点賭けの配当は三六倍。

 合計、三六枚。


 対して、鰐淵のチップは一一枚。


「俺の勝ちだ。鰐淵」


 山のようなチップを前に、俺は深く息を吐き出した。


 大逆転だ。


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