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サマー・ロスト 剣を捨てた無気力少年、負けたら「存在消滅」のデスゲームで覚醒する。  作者: 謝命雲丹丸
二章

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第61話 命削る極上の遊戯

「さて、何をしたい? ブラックジャックのルールはわかるか?」


 鰐淵わにぶちが手慰みにカードを切りながら尋ねてくる。


「ブラックジャックか……。二一を超えると負けになる、というくらいは知っているが」


「そうか。ちなみに、コイツはそれすら知らなかったから俺が教えてやったぞ」


 鰐淵が親指で背後のガラスケースを指差す。  中では白羽しらはが悔しそうに顔を伏せていた。


「なんでルールもわからないのに、彼女は勝負を受けたんだ?」


「いや、俺も一応は止めたんだが……どうしてもやりたいと押し切られてな」


 鰐淵が理解に苦しむという顔をしている。俺もきっと同じ顔をしているだろう。  ミツルが「頭が痛い」と言わんばかりにこめかみを押さえていた。


 呆れてばかりもいられない、と。ミツルは表情を引き締めると、ふわりと右手を掲げた。


 空間が歪み、青白く発光する巨大な『腕』が出現する。

 その手には、重厚な装飾が施された天秤が握られていた。


「おいおい、暴力はいけないぞ。マナー違反は即退場だと言ったはずだが?」


「いえ、ご安心を。これは暴力装置ではありません」


 鰐淵の牽制を、ミツルは涼しい顔で受け流す。


「僕の能力は、罪を犯した者にほど強烈な一撃を食らわせるというもの。その副次効果として、嘘をついたりイカサマをすれば、この天秤が傾いて感知します。──お互いの公平を期すために、この能力を展開しても?」


 俺は心の中で、影に潜む相棒に問いかけた。


『おいベンケイ。これ、ヤバいか?』


 俺が持っているのは「運の良くなる剣」だ。これがイカサマ判定されたら即アウトになる。


『問題ないゾ。その剣はあくまで運気を上げる聖剣だ。カードをすり替えたりするイカサマとは違ウ』


『信じるぞ』


 ベンケイの太鼓判を得て、俺は黙って頷く。

 鰐淵もまた、面白そうに口元を歪めた。


「もちろん、いいぜ。むしろ願ったりだ。イカサマなんてされちゃ、面白くないからな」


 ガタンッ!


 鰐淵が言い終わるや否や、天秤の皿が激しく傾いた。


「おい、お前……」


「ふはは、悪かったよ。ついな」


 俺が睨みつけると、鰐淵は悪びれもせずに両手を上げた。


「俺は『バレなきゃイカサマじゃない』と思っているタチでね。スリルがあって好きなんだけど……まあいい。誓うよ、俺はイカサマはしない」


 彼がそう宣言すると、傾いていた天秤がゆっくりと水平に戻り、ピタリと静止した。


 どうやら、今の言葉に嘘はないらしい。


「いいだろう。俺もその天秤に従う。イカサマはしない」


 俺もまた、天秤の前で宣誓する。

 互いに逃げ道なし。完全な運と実力だけの勝負だ。


「で、何のゲームにする? カード以外でも構わんが……」


 鰐淵が問いかける。

 俺は表情を崩さずに、影の中にいる相棒へ意識を向けた。


『ベンケイ、どうする?』


技術スキルや駆け引きが不要な、純粋な運だけのゲームがいいゾ。その剣の効果を最大限に活かすなラ、それが一番ダ』


 なるほど、理に適っている。  俺は頷き、鰐淵に向き直った。


「そうだな。俺はギャンブルには詳しくない。小細工なしの、純粋に運だけで決まるゲームがいい」


「運だけ、か。……ならスロットマシンか? いや、あれは機械的すぎて興ざめだな」


 鰐淵は少し考え込み、パチンと指を鳴らした。


「よし、ルーレットにしよう。あれなら球が落ちるまで、神のみぞ知る領域だ」


「随分と親切だな? カモから確実にむしり取るなら、もっと複雑なゲームも選べただろうに」


「勘違いするなよ。俺はギリギリの勝負がしたいんだ。一方的に奪い取るだけなんて、退屈で欠伸あくびが出る」


 鰐淵が不敵に笑う。  横目でミツルの『断罪の天秤』を確認するが、皿はピクリとも動いていない。嘘はついていないようだ。


(……本物のギャンブル中毒、か)


 実力が拮抗きっこうしている相手との、ヒリつくような命のやり取り。

 その感覚には、俺も覚えがある。


 剣道の試合で、互いの切っ先が触れ合う距離で対峙した時の、あの心臓が鷲掴みにされるような緊張感。


「……気持ちは、分からなくもないな」


 俺は小さく呟き、同意した。

 どうやらこの男とは、敵同士でなければ案外友人になれたかも知れない。


「よし、決まりだ。種目はルーレットだな。ついてこい」


 俺たちはフロアの中央に鎮座する、重厚なマホガニー製のルーレット台へと移動した。


 無機質なバニーガールが、うやうやしく一礼してディーラーの定位置につく。


「さて、まずは軽く説明させてもらおうか。初心者をカモにするのは趣味じゃないんでね」


 鰐淵がテーブルの縁を愛おしそうに撫でながら、盤面を指差した。


「見ての通り、円盤には『〇』から『三六』までの数字が刻まれている。ディーラーが球を投げ入れ、どこに落ちるかを予想する。……ここまでは分かるな?」


「ああ、それは知っている」


「賭け方は大きく分けて二種類だ」


 鰐淵はテーブル上の賭け枠を指先でなぞった。


「まずは『アウトサイド・ベット』。赤か黒か、偶数か奇数か、あるいは数字の前半か後半か。確率は約二分の一。当たれば掛け金は二倍になって返ってくる。手堅いが、退屈な賭け方だ」


 彼はつまらなそうに肩をすくめると、今度は数字が羅列されたエリアを指差す。


「そして、こちらが『インサイド・ベット』。特定の数字を直接狙う賭け方だ。当然、確率は低い。だが──」


 鰐淵の目が、ギラリと妖しく光った。


「ズバリその数字を一点で当てれば、配当は三六倍。これぞルーレットの華、ギャンブルの醍醐味だ」


「なるほど。ハイリスク・ハイリターンってわけか」


「その通り。単純明快だろう?」


 鰐淵が笑う。

 要するに、安全策でちまちま稼ぐか、一発逆転を狙って博打を打つか。性格が出るゲームだ。


「それと、重要な縛りが一つ。『同じ場所へのベット(重複)』は禁止だ」


 鰐淵が指を立てて補足する。


「俺が赤ならお前は黒。俺が奇数ならお前は偶数。常に異なる未来を賭けてもらう」


「なるほど。一度勝ってチップ差をつければ、あとは相手と同じ場所に賭け続けるだけで逃げ切れる……それを防ぐためか」


「そういうことだ。俺が求めているのは、喰うか喰われるかの対立なんでな」


 鰐淵はニヤリと笑い、バニーガールに目配せをした。


「ルールは理解したな? では、元手バンクロールの配分だ」


 鰐淵が指を鳴らすと、バニーガールが俺の前に重厚な黒いチップを積み上げた。  カチャリ、と硬い音が鳴る。


 枚数は五枚。


「……五枚か」


箱入娘クイーンも合わせて、お前らは五人だからな」


 鰐淵はニヤリと笑い、俺たちの顔を順に指差した。

 俺、ミツル、カノン、アリア、そして囚われの白羽。


 このチップ一枚が、一人分の命の重さとでもいうのだろう。


「勝負は五回。ルーレットを五回まわし終わった時点で、より多くのチップを持っていた方の勝ち──シンプルでいいだろう?」


「ああ。問題ない」


 俺は短く答え、テーブルの下で『鎌』の柄を強く握りしめた。

 相棒と神剣を信じるなら、俺に敗北はないはずだ。


 鰐淵は自身のチップを指先で弄び、恍惚とした表情を浮かべた。


「さあ、始めようか。命を削り合う、極上の遊戯ゲームを」


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