第59話 グランドカジノ・コルヴァス
「で、君が俺たちを飛ばした実行犯か?」
俺が問いかけると、男は首が千切れそうな勢いで横に振った。
ミツルの作り出した『腕』が、男の顎を愛おしそうに撫で回している。嘘をつけば即座に首をへし折るぞ、という無言の圧力だ。
「ち、違います! 飛ばしたのは相棒の能力で……!」
「ふーん。で、その相棒は?」
「も、もうとっくに逃げました……。霧の中で道順をループさせて、足止めするのが俺の役目なんで……」
男は引きつった笑みを浮かべ、テヘヘと媚びるように肩をすくめた。
相棒を逃がして自分は殿。いや、単に見捨てられただけか。
「学校は? 鴉羽か、それとも黎明か」
「か、鴉羽の一年です……黒沼先輩の下についてて……」
「なるほど、鴉羽か。で、俺の連れ……東陵の生徒たちをどこへやった?」
男は怯えながら、ポツリポツリと白状し始めた。
「せ、先輩に言われた通り……一番強くて厄介そうな真田って人は、ここから一番遠くへ。あとは強そうな順に、距離を離して飛ばしました」
「……ほう」
真田先輩が一番遠く、か。それは妥当な判断だ。あの人を近くに残しておけば、真っ先に黒沼の首を取りに行っただろうからな。
となると、気になるのは俺の扱いだ。
「じゃあ、俺は?」
俺が指差すと、男は言い淀み、視線を泳がせた。
「あー、その……」
「正直に言え」
「……一番弱そうだったので、その、ボウガンで殺そうかと……」
「こいつ、斬っていいか?」
「おやめなさいヨシツネさん。情報はまだ取れますよ」
俺はため息を一つ吐き、気を取り直して尋問を再開する。
「──まあいい。それで、真田先輩は具体的にどこへ飛ばした?」
「え、えーと……詳しくは分かりませんが、確か『綾香女学院』の近くだと……」
綾香女学院か。
俺は頭の中で地図を広げる。あそこは東の旧市街だ。ここからでは車を使っても二、三十分は掛かる距離がある。
徒歩で、しかも敵だらけの市街地を抜けるとなれば、合流には相当な時間を要するだろう。
(しばらく合流は無理か……)
頼みの綱である先輩が不在なのは痛いが、無い物ねだりをしても始まらない。 俺は次の名前に希望を託した。
「じゃあ、桐谷先輩は分かるか? 氷を使う女性だ」
「あー、あの凄い美人の人すね……。その人は確か、鴉羽高校の近くだったはずです」
「鴉羽の近くだな? 間違いないな?」
俺が念を押すと、男は必死に首を縦に振った。
鴉羽高校なら、俺たちが向かっている南の湾岸地区だ。白羽とも近い。 これなら合流できる可能性がある。
「……なるほど。分かった」
「へへへ……。じ、情報は吐いたんすから、見逃してくれるんスよね?」
男は安堵したように息を吐き、へらへらと媚びた笑みを浮かべた。
だが、俺は無表情のまま刀の柄に手をかけた。
「いや、それは出来ない」
「え……?」
「悪いな」
一閃。
俺が抜いた刃が、男の首を躊躇なく跳ね飛ばした。
ドサリ、と音がする前に、男の身体は光の粒子となって霧散していく。
ここで敵を解放するほど、俺たちもお人好しではない。ここで退場してもらうのが互いのためだ。
「さて、と。これで方針は決まったな」
俺は刀を納め、南の空を見上げる。
「俺は桐谷先輩と合流したい。戦力が整えば、黒沼ともやり合えるはずだ」
「ええ。こちらも心強いです。……結局、行き先は当初の予定通りですね」
ミツルが同意して頷く。
白羽も、桐谷先輩も、同じ『南』だ。
俺たちは誰もいなくなった路地裏を背に、再び喧騒の渦巻く方角へと歩き出す。
南へ進むにつれて、肌を刺す空気が湿り気を帯びてきた。
視界が白い。
海が近づき、水面から立ち上る水蒸気が冷気に冷やされ、濃密な霧──気嵐となって湾岸一帯を包み込んでいるのだ。
月光を乱反射する白霧は幻想的だが、同時に視界を奪う天然の迷彩でもある。
「……綺麗なもんですね。足元が見えなくて厄介ですが」
「敵も条件は同じだ、奇襲に気をつけろよ」
俺たちは気配を殺し、繁華街を進んだ。
警察署の近くまで来たが、人の気配は絶えている。この夜戦に参加しているのは各校の精鋭のみ。遭遇すれば即、死闘になるだろう。
やがて、霧の奥にぼんやりと光る建造物が浮かび上がった。
周囲の廃墟じみた倉庫街には似つかわしくない、悪趣味なほど豪華な建造物だ。
「……なんだ、あれ」
壁面は黒曜石のように磨き上げられ、アクセントに金色の装飾が施されている。屋上には鴉が翼を広げた巨大なオブジェが鎮座し、その目は赤いライトで不気味に明滅していた。
Grand Casino "CORVUS" 《グランドカジノ・コルヴァス》
入り口にはそう書かれている。
「これは、たしか鰐淵とかいう能力者の仕業ですね」
「ふむ。どういう能力なんだ?」
流石に建物を生み出すだけの無意味な能力ではないだろう。
「空間内に独自のルールを強いる『領域』タイプの能力です。中でギャンブルをして、負ければチップの代わりに何かを奪われる……といったところでしょう」
「またわけのわからん能力だな。まあ、中に入らなければ……」
ミツルと話していた俺の袖を、カノンがクイクイと引っ張る。
「……あれ」
カノンが指差した先──カジノの脇に、一台のパトカーが乗り捨ててあった。
「……どう思う?」
「賭け事をして、借金が払えなければ奴隷落ちにする胴元なんて、悪党ですね……ええ、正義の味方たる白羽先輩が好きそうな……『悪党』です」
ミツルが落胆する。
「カノン、アリア。準備はいいですか?」
「……問題ありません」
「……ん。いつでも」
双子が静かに頷き、俺とベンケイも武器を構える。
「じゃあ、行きましょう……」
やれやれと言った仕草で、ミツルがカジノの重厚な扉を開いた。
瞬間、極彩色の光が視界を埋め尽くす。
外の寒々しい気嵐とは対照的な、熱気と欲望の空間が広がっていた。
「……これはまた、徹底してますね」
ミツルが呆れたように呟く。
壁際には煌びやかな光を点滅させるスロットマシンの列。中央には緑の羅紗が張られたポーカーテーブルや、マホガニー製のルーレット台が整然と並んでいる。 だが、何より異様なのは──その『静けさ』だった。
スロットの電子音やコインの落ちる音は響いているのに、人の話し声や熱狂が一切ない。
『いらっしゃいませ。ようこそ、勝負の世界へ』
不意に声がして、俺は反射的に刀の柄を握った。
だが、そこに立っていたのは人間ではなかった。
網タイツにハイレグのバニーガール衣装。
しかしその肌はプラスチックのように白く、顔には目鼻立ちの代わりに、ただのっぺりとした曲面があるだけ。
マネキンだ。
見渡せば、ディーラー席に立つ者も、トレイを持って巡回する給仕も、すべてがこの顔のないバニーガール型マネキンだった。
作り物の笑顔すら張り付いていない、無機質な人形たちが、誰もいないテーブルでカードを配り続けている。
狂気じみた光景だ。
「──おや。またお客さんか」
フロアの最奥から、男の声が降ってきた。
俺たちは視線を向ける。
ブラックジャックのテーブルを囲む二つの影。
一人は、鴉羽の制服を着崩し、指先で弄ぶようにカジノチップを積み上げている男。
そしてその対面には、この場に似つかない聖グラディスの制服を着た女が座っていた。
男の手元には山のようなチップ。 対する女の手元には、もう数枚しか残っていない。
「ミツルくぅ〜ん……ッ」
俺たちに気づくと、女が涙目になって縋るような声を上げた。
「はぁ……何してるんですか、まつりお姉ちゃん……」
「だって、だってぇ……」
「さぁ、帰りますよ」
ミツルが心底うんざりした様子でため息を吐く。
どうやら、この涙目で情けない人が、お目当ての白羽まつりらしい。
御三家の一角と聞いていたが、九条先輩とは威厳が月とスッポンだ。
俺はつくづく、この人のお守りをしなければならないミツルに同情した。




