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サマー・ロスト 剣を捨てた無気力少年、負けたら「存在消滅」のデスゲームで覚醒する。  作者: 謝命雲丹丸
二章

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第59話 グランドカジノ・コルヴァス

「で、君が俺たちを飛ばした実行犯か?」


 俺が問いかけると、男は首が千切れそうな勢いで横に振った。

 ミツルの作り出した『腕』が、男の顎を愛おしそうに撫で回している。嘘をつけば即座に首をへし折るぞ、という無言の圧力だ。


「ち、違います! 飛ばしたのは相棒の能力で……!」


「ふーん。で、その相棒は?」


「も、もうとっくに逃げました……。霧の中で道順をループさせて、足止めするのが俺の役目なんで……」


 男は引きつった笑みを浮かべ、テヘヘと媚びるように肩をすくめた。

 相棒を逃がして自分は殿しんがり。いや、単に見捨てられただけか。


「学校は? 鴉羽からすばか、それとも黎明レイメイか」


「か、鴉羽の一年です……黒沼先輩の下についてて……」


「なるほど、鴉羽か。で、俺の連れ……東陵の生徒たちをどこへやった?」


 男は怯えながら、ポツリポツリと白状し始めた。


「せ、先輩に言われた通り……一番強くて厄介そうな真田って人は、ここから一番遠くへ。あとは強そうな順に、距離を離して飛ばしました」


「……ほう」


 真田先輩が一番遠く、か。それは妥当な判断だ。あの人を近くに残しておけば、真っ先に黒沼の首を取りに行っただろうからな。


 となると、気になるのは俺の扱いだ。


「じゃあ、俺は?」


 俺が指差すと、男は言い淀み、視線を泳がせた。


「あー、その……」


「正直に言え」


「……一番弱そうだったので、その、ボウガンで殺そうかと……」


「こいつ、斬っていいか?」


「おやめなさいヨシツネさん。情報はまだ取れますよ」


 俺はため息を一つ吐き、気を取り直して尋問を再開する。


「──まあいい。それで、真田先輩は具体的にどこへ飛ばした?」


「え、えーと……詳しくは分かりませんが、確か『綾香あやか女学院』の近くだと……」


 綾香女学院か。

 俺は頭の中で地図を広げる。あそこは東の旧市街だ。ここからでは車を使っても二、三十分は掛かる距離がある。


 徒歩で、しかも敵だらけの市街地を抜けるとなれば、合流には相当な時間を要するだろう。


(しばらく合流は無理か……)


 頼みの綱である先輩が不在なのは痛いが、無い物ねだりをしても始まらない。  俺は次の名前に希望を託した。


「じゃあ、桐谷きりたに先輩は分かるか? 氷を使う女性だ」


「あー、あの凄い美人の人すね……。その人は確か、鴉羽からすば高校の近くだったはずです」


「鴉羽の近くだな? 間違いないな?」


 俺が念を押すと、男は必死に首を縦に振った。

 鴉羽高校なら、俺たちが向かっている南の湾岸地区だ。白羽クイーンとも近い。  これなら合流できる可能性がある。


「……なるほど。分かった」


「へへへ……。じ、情報は吐いたんすから、見逃してくれるんスよね?」


 男は安堵したように息を吐き、へらへらと媚びた笑みを浮かべた。

 だが、俺は無表情のまま刀の柄に手をかけた。


「いや、それは出来ない」


「え……?」


「悪いな」


 一閃。

 俺が抜いた刃が、男の首を躊躇なく跳ね飛ばした。


 ドサリ、と音がする前に、男の身体は光の粒子となって霧散していく。

 ここで敵を解放するほど、俺たちもお人好しではない。ここで退場リタイアしてもらうのが互いのためだ。


「さて、と。これで方針は決まったな」


 俺は刀を納め、南の空を見上げる。


「俺は桐谷先輩と合流したい。戦力が整えば、黒沼ともやり合えるはずだ」


「ええ。こちらも心強いです。……結局、行き先は当初の予定通りですね」


 ミツルが同意して頷く。

 白羽クイーンも、桐谷先輩も、同じ『南』だ。


 俺たちは誰もいなくなった路地裏を背に、再び喧騒の渦巻く方角へと歩き出す。

 南へ進むにつれて、肌を刺す空気が湿り気を帯びてきた。


 視界が白い。


 海が近づき、水面から立ち上る水蒸気が冷気に冷やされ、濃密な霧──気嵐けあらしとなって湾岸一帯を包み込んでいるのだ。


 月光を乱反射する白霧はくむは幻想的だが、同時に視界を奪う天然の迷彩でもある。


「……綺麗なもんですね。足元が見えなくて厄介ですが」


「敵も条件は同じだ、奇襲に気をつけろよ」


 俺たちは気配を殺し、繁華街を進んだ。

 警察署の近くまで来たが、人の気配は絶えている。この夜戦に参加しているのは各校の精鋭のみ。遭遇すれば即、死闘になるだろう。


 やがて、霧の奥にぼんやりと光る建造物が浮かび上がった。

 周囲の廃墟じみた倉庫街には似つかわしくない、悪趣味なほど豪華な建造物だ。


「……なんだ、あれ」


 壁面は黒曜石のように磨き上げられ、アクセントに金色の装飾が施されている。屋上にはカラスが翼を広げた巨大なオブジェが鎮座し、その目は赤いライトで不気味に明滅していた。


 Grand Casino "CORVUS" 《グランドカジノ・コルヴァス》


 入り口にはそう書かれている。


「これは、たしか鰐淵わにぶちとかいう能力者の仕業ですね」


「ふむ。どういう能力なんだ?」


 流石に建物を生み出すだけの無意味な能力ではないだろう。


「空間内に独自のルールを強いる『領域』タイプの能力です。中でギャンブルをして、負ければチップの代わりに何かを奪われる……といったところでしょう」


「またわけのわからん能力だな。まあ、中に入らなければ……」


 ミツルと話していた俺の袖を、カノンがクイクイと引っ張る。


「……あれ」


 カノンが指差した先──カジノの脇に、一台のパトカーが乗り捨ててあった。


「……どう思う?」


「賭け事をして、借金が払えなければ奴隷落ちにする胴元なんて、悪党ですね……ええ、正義の味方たる白羽先輩が好きそうな……『悪党』です」


 ミツルが落胆する。


「カノン、アリア。準備はいいですか?」


「……問題ありません」


「……ん。いつでも」


 双子が静かに頷き、俺とベンケイも武器を構える。


「じゃあ、行きましょう……」


 やれやれと言った仕草で、ミツルがカジノの重厚な扉を開いた。


 瞬間、極彩色の光が視界を埋め尽くす。

 外の寒々しい気嵐けあらしとは対照的な、熱気と欲望の空間が広がっていた。


「……これはまた、徹底してますね」


 ミツルが呆れたように呟く。

 壁際には煌びやかな光を点滅させるスロットマシンの列。中央には緑の羅紗らしゃが張られたポーカーテーブルや、マホガニー製のルーレット台が整然と並んでいる。  だが、何より異様なのは──その『静けさ』だった。


 スロットの電子音やコインの落ちる音は響いているのに、人の話し声や熱狂が一切ない。


『いらっしゃいませ。ようこそ、勝負の世界へ』


 不意に声がして、俺は反射的に刀の柄を握った。

 だが、そこに立っていたのは人間ではなかった。


 網タイツにハイレグのバニーガール衣装。

 しかしその肌はプラスチックのように白く、顔には目鼻立ちの代わりに、ただのっぺりとした曲面があるだけ。


 マネキンだ。

 見渡せば、ディーラー席に立つ者も、トレイを持って巡回する給仕も、すべてがこの顔のないバニーガール型マネキンだった。


 作り物の笑顔すら張り付いていない、無機質な人形たちが、誰もいないテーブルでカードを配り続けている。


 狂気じみた光景だ。


「──おや。またお客さんか」


 フロアの最奥から、男の声が降ってきた。

 俺たちは視線を向ける。


 ブラックジャックのテーブルを囲む二つの影。

 一人は、鴉羽の制服を着崩し、指先で弄ぶようにカジノチップを積み上げている男。


 そしてその対面には、この場に似つかない聖グラディスの制服を着た女が座っていた。


 男の手元には山のようなチップ。  対する女の手元には、もう数枚しか残っていない。


「ミツルくぅ〜ん……ッ」


 俺たちに気づくと、女が涙目になってすがるような声を上げた。


「はぁ……何してるんですか、まつりお姉ちゃん……」


「だって、だってぇ……」


「さぁ、帰りますよ」


 ミツルが心底うんざりした様子でため息を吐く。


 どうやら、この涙目で情けない人が、お目当ての白羽まつりらしい。


 御三家の一角と聞いていたが、九条先輩とは威厳が月とスッポンだ。


 俺はつくづく、この人のお守りをしなければならないミツルに同情した。


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