第55話 孤立と火花
「……ここは、どこだ?」
霧が完全に晴れた後、俺の目の前に広がっていたのは、さっきまでとは全く違う住宅街だった。
「高いところへ行こう」
俺は近くにあったアパートの錆びついた非常階段に手をかけた。
ガン、ガン、と足音を鳴らして駆け上がり、四階の踊り場へと出る。ここなら周囲が見渡せるはずだ。
「……マジかよ」
眼下に広がる街並みを見て、俺は思わず呻いた。
目指していた黎明工科の工場地帯は、遥か南東に見える。逆に、ここからなら聖グラディス学園の方が近い。
「空間転移……いや、距離感を誤認させられて歩かされたのか?」
体感だが、元の地点から北へ一キロメートルほど飛ばされている。
完全に戦線から引き剥がされた形だ。
「ベンケイ、近くに誰かいるか?」
「……いや、誰もいないゾ」
静寂。
それが逆に、嵐の前の静けさを感じさせて肌が粟立つ。
──ズドンッ!!
その時、静寂を切り裂くような轟音が響いた。
北の空が、一瞬だけカッと眩い光で照らされる。
「今の光……!」
「戦闘音だナ! 派手にやり合ってるゾ!」
ユウトか、先輩たちか、あるいは──。
「誰かはわからないが、合流できるかもしれない!」
俺は手すりを飛び越え、屋根から屋根へと飛び移る。
孤立無援のまま敵地を彷徨うより、仲間と合流したほうが生存確率は高いだろう。 俺は爆音が響いた方角へ向かって、夜の街を疾走する。
光の発生源は、住宅街を抜けた先にある古びた公園だった。
俺は植え込みの影に滑り込み、呼吸を殺して戦況を覗き見る。
(……おいおい、マジかよ)
目の前の光景に、俺は息を呑んだ。
そこで戦っていた片方の勢力は、見覚えのある白い制服──聖グラディス学園の生徒たちだ。
二人の女子生徒と、一人の男子生徒。彼らは光り輝く障壁を展開し、必死の形相で何かを防いでいる。
問題は、その対戦相手だ。
どう見ても普通の高校生ではない。異様すぎる三人組が、聖グラディスを一方的に蹂躙していた。
(アレは……ロボットか?)
まず目を引いたのは、中央に立つ『それ』だ。
身長は人間と同じくらい。だが、全身が艶のない乳白色の素材で作られており、関節部分には球体のジョイントが剥き出しになっている。
顔には目も鼻も口もない。のっぺらぼうのデッサン人形のようだ。
その無機質な白い手が、不釣り合いなほど緑に光り輝く剣を握りしめている。
その右隣には、全身を鋼鉄の装甲で覆ったパワードスーツの巨漢。
蒸気を噴き出し、油圧シリンダーの駆動音を響かせながら、巨大なハンマーを軽々と担いでいる。
そして左側には、黒いコートに身を包み、顔全体を鳥のクチバシのようなマスクで覆った男。
腰には怪しげな薬品のアンプルを大量にぶら下げていた。
「悔い改めなさいッ!!」
聖グラディスの男子生徒が叫ぶと、虚空から光り輝く巨大な腕が出現した。
神の鉄槌とばかりに、中央の乳白色の人形へ殴りかかる。
『クダランナ』
人形から、合成音声のような平坦な声が漏れた。
ガギィンッ!!
人間には不可能な速度──手首を三百六十度回転させる異様な動きで、ドールは緑光の刀を旋回させた。
光の巨腕が紙切れのように切り裂かれ、男子生徒がバランスを崩す。
「甘いよ、お兄さん」
すかさず、嘴の仮面の男が緑色の煙が入った瓶を投擲した。
パリンッ!
足元で瓶が割れ、毒々しい煙が聖グラディスの陣営を包み込む。
「ゲホッ、ゲホッ……!」
どうやらあの障壁は、物理攻撃は防げても気体までは遮断できないらしい。
連携が崩れたそこへ、パワードスーツの巨漢が排気音と共に跳躍した。
「押し潰してやるガァァッ!」
重質量の一撃が、弱った光の障壁へと振り下ろされると、障壁にヒビが入る。
『ヨシツネ、どうすル?』
影の中からベンケイが冷静に問うてくる。
(うーん、制服着てないからわからないけど、聖グと戦ってるってことは、敵は暁か黎明だと思う。となると聖グに助太刀してみようと思うが)
ここで、恩を売っておけば合流に力を貸してくれるかもしれない。
『それなら、別の刀を貸してやル。その刀だとあの人形が持ってる剣に触れたら受け切れないからナ』
ベンケイが影から一本の刀を取り出す。
それは、異様な美しさを放つ刀だった。
長さは二尺ほどの打刀。
だが、その刀身は鋼の色をしていない。夜闇を吸い込んだような濡れた黒色だ。 その黒き刃の表面を、まるで血管のように脈打つ黄金の稲妻が走っている。
刃文は乱れに乱れ、まさに落雷そのものを焼き付けたかのように鋭く尖っていた。
(助かるよ。ベンケイの刀は大丈夫なのか?)
『ああ、あの程度なら問題なイ』
俺は覚悟を決め、刀を握りしめた。
(よし、じゃあ行くぞ、ベンケイ!)
『任せロ!』
俺は植え込みを飛び越え、戦場へと疾走した。
最初に狙うは、聖グラディスの生徒へトドメを刺そうとしているパワードスーツの巨漢。
敵はこちらに気づいていない。
「──シッ!」
踏み込みと同時に、刀を抜く。
バチバチッ!!
鞘走る音と共に、紫電が弾けた。
俺は迷うことなく、振り下ろされようとしていた巨大なハンマーの柄を薙ぎ払う。 ズンッ──。
衝撃はなかった。
鋼鉄の塊であるはずのハンマーが、まるで熱したナイフでバターを切るように、音もなく両断されたのだ。
ハンマーのヘッド部分がゴロリとアスファルトに転がり落ちる。
「あぁ!? なんだぁテメェ!」
武器を失った巨漢の横で、嘴面の男が驚愕の声を上げた。
俺は刀についた紫電を一振りして払い、堂々と告げる。
「東陵高校一年、倉田義経だ! 助太刀させてもらう!」
名乗りを上げると同時に、足元の影が爆発的に膨れ上がった。
そこから実体化したベンケイが、砲弾のように飛び出す。
彼が向かうのは、最大の脅威である乳白色の人形。
『雑魚ガ……』
人形が反応し、緑色の光刃を容赦なくベンケイの眉間へと振り下ろす。
だが。
ガギィィンッ!!
ベンケイは自身の刀で、それを難なく受け止めていた。
『受ケ止メルトハ……イイ剣ダナ』
「イイ剣? 当たり前ダ。コイツはかつて『火の神』すら斬り伏せた、〝最古〟の神殺シの剣」
ベンケイはニヤリと笑い、鍔迫り合いのまま人形を押し返した。
「クソッ、やってくれるねぇ!」
嘴面の男が、慌てて腰のホルダーから禍々しい赤色の試験管を抜き放つ。
(毒か……!)
さっきの緑の煙を見る限り、広範囲に広がる厄介な代物だ。
俺は狙いを巨漢から、奥の嘴面へと切り替える。
地面を蹴る。一歩、二歩。
──だが、遠い。
俺が斬撃の間合いに入るよりも、奴が瓶を投擲する動作の方がコンマ数秒早い。
(──間に合わないか!?)
そう歯噛みした、刹那だった。
「──輝けッ!」
背後から、裂帛の気合いが響く。
直後、嘴面の男の目の前で、高密度の光の弾が炸裂した。
「ぐあぁっ!? 目が、目がァ!」
強烈な目潰し。
聖グラディスの生徒による援護射撃だ。
奴の動作が止まる。試験管を握る手が泳ぐ。
「ナイスだ!」
千載一遇の好機。
動揺し、無防備になったその胴体へ向けて、俺は迷うことなく踏み込んだ。
「しまっ──」
「遅いッ!」
俺は紫電を纏った刀を振り抜く。
バチィッ!!
雷鳴のような斬撃音が響き渡り、黒いコートごと男の体を一気に両断した。
『馬鹿ガ……最初カラ赤ヲ使エバ良カッタモノヲ』
仲間が斬られたというのに、乳白色の人形は動じる様子もなく吐き捨てる。
感情のない声。そこにあるのは、作戦失敗に対する冷ややかな評価だけだ。
嘴面の男が倒れたことで、毒も消え去り、風が淀んだ空気をさらっていく。
聖グラディスの生徒たちも、膝をつきながら呼吸を整えていた。
涙で目は赤く充血しているが、最悪の状態は脱し、視界は確保できているようだ。
「そいつ、任せられるか?」
俺は切っ先で、パワードスーツの男を指し示す。
自慢のハンマーを両断され、呆然と立ち尽くしている巨漢だ。
「はい、大丈夫です。……感謝します!」
男子生徒が気丈に答え、再び巨大な両腕が宙に現れる。
相手は武器を失っているし、三対一。遅れはとらないだろう。
何より──あの人形の方がヤバそうだ。
俺は刀を強く握り直し、ベンケイと火花を散らす最大の脅威へと向き直った。




