第52話 本当の強さ
「──行くぞッ!!」
真田の咆哮が、開戦の合図となった。
俺たちは地面を蹴り、夜の闇へと躍り出た。
もう、迷いはない。終わらない夜が、今はじま──。
「よし。まずはコンビニだ」
「……はっ?」
あまりの急転直下に、俺は盛大にずっこけた。
「コ、コンビニ? 今から敵陣に突っ込むんじゃないんですか!?」
「馬鹿かお前は」
真田先輩は、ポケットに手を突っ込んだまま、呆れたように鼻を鳴らした。
「今すぐ行ってどうする。開戦直後なんて、相手もテンション上がって殺る気満々だ。そんな時に正面からぶつかったら、ただの消耗戦になるだろうが」
「え、あ、はい……まあ、そうですけど」
「いいか、夜戦の基本は焦らしだ」
「そうね~、夜は長いから~」
三年のカエデ先輩が、間延びした声で首をかしげる。
戦場に似つかわしくない、ふわふわとした笑顔。
「夜戦の基本は焦らし~。そうやって暗闇の中でプレッシャーを与え続けるの~」
のほほんとしてるけど、言ってることはかなりえげつない。
「──というわけで、まずは兵糧の確保だ」
真田先輩が指差した先には、コンビニがあった。
「その後は近くのホテルで仮眠だ。丑三つ時《深夜二時》に仕掛けるぞ」
「枕投げしようね~」
カゴに大量の唐揚げ弁当を放り込む真田、お菓子コーナーへ直行するカエデ、紅茶のティーバッグを吟味する小春。
皆のマイペースさに圧倒されつつ、俺も恐る恐るおにぎりを手に取った。
戦場のど真ん中にあるホテル。
もちろんフロントに人はいない。俺たちは無人のロビーのソファを陣取り、調達してきた夕食を広げた。
豪華なシャンデリアの下、コンビニ弁当を広げる異様な光景。
「うむ……やはり唐揚げは正義だな。冷めても美味い」
「このポテチの新作おいし~」
「紙コップで紅茶なんて、少し野蛮ね……」
三者三様の食事風景。俺も冷たいおにぎりを齧りながら、ふと横のユウトを見た。 彼はサンドイッチを片手に、ふと思い出したようにこぼす。
「……あっ」
「ん? どうした?」
「そういえば……今日、九条先輩にご飯作ってもらう約束、してなかったか?」
そうだ……、楽しみにしていたのに。
「オレも……食べてみたかったゾ……」
「え?」
影から勝手に出てきたベンケイを見て、真田が拳を構え、小春が瞬時に氷を展開して俺たちの間に割り込む。
「待ってください!! 違います!!」
俺は慌てて、間に割って入った。
「こいつは味方です! 俺の相棒です!!」
「ヨシツネくん。貴方の相棒は、トカゲじゃなかった?」
小春が怪訝そうに眉をひそめる。
「だ、だから、これがその相棒のベンケイなんです!」
俺は冷や汗を拭いながら説明する。
「さっき能力を進化させたら、こうなったんです。トカゲから、この姿に変身できるようになって……」
「そうだゾ。敵と間違えるなんて失礼な奴らだナ」
ベンケイが腰の刀に手を置き、ふんぞり返る。
「……マジかよ」
真田先輩は拳を下ろし、呆れたように頭を掻いた。
「トカゲが幼女に化けるたぁ……お前の能力も、規格外だな」
「え〜、可愛いじゃない~」
唯一、カエデ先輩だけが緊張感なく微笑み、ポテチをつまんでいた。
「ま、戦力が増える分には文句はない」
真田先輩は、ベンケイを一瞥すると、最後の一つだった唐揚げを口に放り込んだ。
「深夜一時半にロビー集合だ。……遅れたら置いていくぞ」
「はいっ!」
「は~い」
「承知しましたわ」
先輩の号令で、短い夕食会は解散となった。
部屋割りは、真田先輩がシングル、カエデ先輩と小春先輩がツイン、そして俺とユウトがツインだ。
割り当てられた部屋に入ると、そこは変哲もないビジネスホテルのツインルームだった。
窓の外を見れば、そこには誰もいない死の街が広がっているというのに、部屋の中だけは痛いほどに『日常』だ。
「オレはこっちのベッドをもらうゾ!」
ベンケイが靴を脱ぎ捨て、手前のベッドにダイブする。
ふかふかの感触が気に入ったのか、ゴロゴロと転がっている姿は年相応の子供に見えなくもない。
「……たくましい相棒だね」
「ああ、全くだよ」
ユウトは苦笑しながらジャケットを脱ぎ、ハンガーに掛けた。
「ところでさ、何でみんなで行かないんだ? 五人だけ?」
「ああ、夜戦は、撃破ポイントというか経験値にボーナスが付くんだ」
「ボーナス?」
「そう。もし、戦力にならない弱いやつを大量投入して、返り討ちにされたらどうなると思う?」
「……なるほど。下手に数を送ると、敵を太らせるだけってことか」
「ご名答。だから、精鋭だけで攻めるのがセオリーなんだ」
それと、とユウトは声を潜める。
「……この五人は覚悟がある人間だから」
……他人の人生を終わらせる覚悟ということだろう。
俺は無言で頷いた。
「夜戦で一度やられて、学校(リスポーン地点)に戻されたら、その夜はもう再出撃できない。とにかく死なないように立ち回らないとな」
彼は奥のベッドに腰を下ろし、ふと真面目な顔で俺を見た。
「なあ、ヨシツネ」
「ん?」
「さっきは、悪かったよ。……お前の『強さ』のイメージが、そこにあるんだって気づいてさ」
ユウトの視線が、楽しそうにはしゃぐベンケイに向けられる。
「守りたいもの、取り戻したいもの。お前の根底にあるのが『ナツキ』だからこそ、その力は少女の姿をとったのかもしれないね」
「……分析するなよ。恥ずかしいだろ」
俺は顔を逸らし、備え付けのミネラルウォーターを煽った。
図星だ。
俺は、剣道を通じて強くなった。体を鍛え、技を磨き、試合に勝つことで自信をつけてきた。〝天才〟なんて呼ばれて、自分たちは強いんだと錯覚していた時期もある。
だが、本当に強かったのは──いつだってナツキだった。
腕力じゃない。運動神経でもない。
あの揺るがない芯の強さ。誰よりも優しく、けれど決して折れない『心の強さ』。 俺が心の奥底で焦がれ、畏敬していたのは、暴力的な力ではなく、そんな彼女の在り方だったのかもしれない。
俺の能力が、屈強な恐竜ではなく、少女の姿をした剣士になったのも、無意識に彼女の強さを追い求めていたからなのだろうか。
「でも、悪くないと思う」
沈黙を破り、ユウトがポツリと呟く。
「……しっかり休めよ」
「ああ。おやすみ、ユウト」
ユウトは小さく手を振り、サイドテーブルの明かりを消した。
部屋が闇に包まれる。
静寂の中、ベンケイの寝息と、時計の秒針の音だけが響く。
俺はソファに横たわり、天井を見つめた。
数時間後には、命のやり取りが始まる。
恐怖はある。だが、不思議と心は凪いでいた。
(……待っててくれ、ナツキ)
瞼を閉じ、俺は泥のような眠りへと落ちていった。




