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サマー・ロスト 剣を捨てた無気力少年、負けたら「存在消滅」のデスゲームで覚醒する。  作者: 謝命雲丹丸
二章

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第51話 覚悟の門出

「ヨシツネ。準備はいいか? そろそろ時間だ」


 重厚な体育館の扉が開き、朝倉優翔ユウトが姿を現した。

 これから始まる『夜戦』に向け、迎えに来てくれたのだ。


「ああ、悪い。ちょっと待ってくれ、今……」


 俺が振り返ると、ユウトがピタリと動きを止めていた。

 彼の視線は、俺ではなく、その横に仁王立ちしている〝少女〟に釘付けになっている。


 紫がかった癖毛に、宝石のような瞳。紅白の和装に身を包んだ、小学生高学年ほどの美少女。


 ユウトは無表情のまま、ゆっくりと視線を俺に戻し──。


「……ヨシツネ」


「なんだ」


「この世界がストレスフルなのは分かる。精神が摩耗するのも理解できる」


「……うん?」


「だが、犯罪はいけない。誘拐か?」


「違うわ!!」


 俺は食い気味に否定した。

 ユウトの目はこれ以上ないほど冷ややかで、まるで汚物を見るような目だった。


「誤解だ! 頼むからその軽蔑しきった目をやめろ! こいつはベンケイだよ!」


「ベンケイ? ……あのトカゲか?」


 ユウトが眉をひそめる。無理もない。さっきまで猫サイズだった爬虫類が、いきなり生意気そうな少女になっているのだから。


「おい、ユウト。オレの姿を見て引いてんじゃねーヨ」


 少女が口を開く。  

……体だけでなく、態度までデカくなってやがる。その声は、これまで脳内に直接響いていたあの声そのものだ。


 しかも、テレパシーではない。空気を震わせ、肉声として発せられている。


「……喋った?」


「ああ。この姿だと普通に会話できるみたいだな」


「なるほど。……にしても、随分と思い切った変化だね」


 ユウトが呆れたように、けれど感心したようにベンケイをまじまじと見る。

 ベンケイは「フン」と鼻を鳴らし、腰の刀をポンと叩いた。


「驚くのはまだ早いゾ」


 言うが早いか、ベンケイの体がポンッ! と白煙に包まれる。

 煙が晴れると、そこには──。


「……縮んだ?」


 さらに幼い姿(幼稚園児モード)になったベンケイがいた。

 さらにポンッ! と音がして、今度は元のトカゲに戻る。

 そして最後にまた、さっきの少女姿(小学生モード)へと戻った。


「どうダ?」


「……すごいけど、どういう理屈だい?」


 ユウトの問いに、俺は推理する。


「さっき、望月先輩にポイントの使い方を教わってな。能力進化プロモーションってやつを、二回やったからかな」


 一回につき一万ポイント。計二万ポイントの大量消費。

 一回目の進化で『幼稚園児形態』と『会話能力』を。

 二回目の進化で『小学生形態』と『戦闘能力』を獲得したのではないだろうか?


「一万ポイントの『プロモーション』を二回……?」


 ユウトが目を見開く。


「もしかして、ポイント全部使っちゃったのか?」


「……死んでも復活する保険より、今、勝つための力が欲しいからな」


「ナツキのため、か」


 ユウトは短く息を吐き、それから苦笑した。


「相変わらず、生き急ぐね。……ま、その思い切りの良さがヨシツネらしいけどな」


 彼は肩をすくめ、出口へと顎をしゃくった。


「行こうか。その頼もしい〝新しい相棒〟のお手並み拝見だね」


「オウ! 任せとけ! オレ様が全部切り伏せてやル!」


 見た目は可憐な少女、中身は好戦的なトカゲ。

 ベンケイは楽しげに尻尾を揺らしながら、意気揚々と夜の戦場へと歩き出す。


「なあ、ヨシツネ。ベンケイを影に戻しておいた方が良いんじゃないか?」


 廊下を歩いていると、不意にユウトが声を潜めて忠告してきた。


「え? なんでだよ。せっかく実体化できるようになったのに」


「だからだよ。……九条先輩に見つかったら説明が大変そうじゃないか?」


「……ああ、なるほど」


 九条の、あの妙にテンションの高い笑顔が脳裏に浮かぶ。確かに、それはありそうだ。

 ベンケイも危険を察知したのか、スゥッと俺の足元の影に溶け込んでいった。


 校舎を出ると、肌を刺すような冷たい夜風が校庭を吹き抜けた。

 日が落ちた学園は、昼間ののどかな雰囲気が嘘のように静まり返り、闇に沈んだ全く別の顔を見せている。


 やがて、闇の中に巨大な正門が浮かび上がってきた。

 学園という『日常』と、戦場という『非日常』を分かつ境界線。


 その手前で、ユウトが不意に足を止めた。


「ヨシツネ」


 彼は振り返らない。背中越しに、静かな声だけが届く。


「ここをくぐると、もう朝まで戻れないよ」


 淡々とした口調。だが、そこには突き放すような冷たさはなく、むしろ親友の身を案じるような重みがあった。


 彼はそこで言葉を切り、ゆっくりと振り返った。

 真剣な眼差しが俺を射抜く。


「──覚悟は、いい?」


 その問いの意味を、俺は痛いほど正しく理解する。

 それは単に、「死ぬ覚悟」があるかという問いではない。


 誰かを傷つけ、蹴落とし、殺す覚悟。

 ナツキを生き返らせるというたった一つのエゴのために、他者の願いを踏みにじる──『奪う覚悟』があるのか。


 彼はそう、問うているのだ。


 俺は立ち止まり、夜の闇に沈む正門を見上げる。

 この門の向こうには、理不尽な暴力と、死の恐怖が待っている。


 一歩踏み出せば、もう「普通の高校生」には戻れないかもしれない。


 でも。


 俺はポケットの中で、強く拳を握りしめた。

 さっき消費した二万ポイント。それは、退路を断った証だ。後ろを振り返るつもりはない。


 ナツキを取り戻す。そのために、俺はここにいるんだ。

 それに、ユウトに重荷を背負わせる気もない。


 俺が、必ず、キングを破壊する。


「……行くよ、ユウト」


 俺は迷いを振り払い、短く答えた。

 ユウトは俺の目を見て──ふっと口元を緩めた。


「オーケー。行こう」


 二人で正門へと歩み寄る。

 そこにはすでに、圧倒的な威圧感を放つ三つの人影が待っていた。

 中央に仁王立ちしているのは、真田剛さなだつより

 その右には、にこやかな笑顔の冴木楓さえきかえで

 そして左、静かに佇む桐谷小春きりたにこはる


「すいません、手間取りました」


「うむ、顔つきは悪くないな」


 真田先輩はニヤリと笑みを浮かべると、バサリと制服の裾を翻した。

 彼らからは、微塵の恐怖も感じられない。あるのは、勝利への渇望と、揺るぎない自信だけ。


 俺たちは地面を蹴り、夜の闇へと躍り出た。


 もう、迷いはない。


 終わらない夜が、今はじまる。


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