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サマー・ロスト 剣を捨てた無気力少年、負けたら「存在消滅」のデスゲームで覚醒する。  作者: 謝命雲丹丸
二章

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第49話 胃痛の異端審問官

白羽しらは先輩ー! 白羽先輩ー!」


 その声は、名門聖グラディス学園が誇る名庭園に、清らかに響き渡った。

 僕がこの『試練の異界』に身を置いて、既に半年の月日が経過している。


 僕の名前は雨宮満あまみやみつる

 現在、一学年の僕は、今日も三学年の白羽しらはまつりを探し求めて駆けている。彼女とは遠縁であり、幼馴染みでもあるのだが──これはもはや、僕の生涯をかけた宿命とも言えるだろう。


 それにしても、庭園の中央に鎮座するあの〝キング〟とかいうモノは、あまりにも風情がない。


 海外の権威あるコンテストでも賞を受けた、この立派で荘厳な名庭園。そのど真ん中に、無遠慮に突き刺さった無機質な塔。


 しかし、この異界の現出すらも、我々の神が与え給うたもの。ならば、そのすべてを受け入れ、耐え忍ぶしかないのだろう。


 聖グラディス学園は、ミッション系スクールとしての格式を保つが、この即物的で世俗的な時代においては、真に神を信仰する学生は少数派だ。


「制服が可愛い」「就職に有利なボランティアが多い」……といった、表面的な評価でしか語られないのが現状である。


 そんな中でも、まつりお姉ちゃんは敬虔な信仰者であった。

 自らを律し、博愛に生きる清廉潔白な学生。学園の誰もが憧れる聖女。


 初めてこの世界に来た時、僕は胸震え、感動で涙した。

 こんな世界があり、超常の力があること自体が神の御業ではないか。


 この非現実こそが、我々が求めていた奇跡の証明なのではないか。

 神の世界はあったのだと。僕には神から与えられた使命があるのだと。


 この世界に来たばかりのあの頃を思い出していると、校舎の二階が神々しい光で輝いているのが見えた。


 あそこは、放送室のはずだ。


「また……アレですか……」


 僕の肩から、深い溜息が漏れた。

 天啓のような使命感と、目の前の現実に突きつけられる違和感。それに苛まれながら、僕は校舎へと向かい、放送室の扉の前に立った。


 ──プチャヘンザッ!!


 扉を開けた瞬間、熱狂と喧騒が僕を襲った。

 室内ではミラーボールが乱反射し、レーザーが飛び交い、鼓膜をつんざくほどの爆音でEDMが流れている。


 ガラスの向こう、防音ブース内では、ヘッドホンをつけたまつりお姉ちゃんが、ノリノリでマイクに向かいパーソナリティを務めている姿が見えた。


「まつりお姉ちゃん……」


 こちら側のディレクターズチェアに座っていたのは、三年の加藤悠真かとうゆうまだ。


 彼は機材を操作しながら顔に汗をかき、口に指をたてて「シーッ」とジェスチャーで黙るよう指示してくる。


「いい加減にしてください!」


 僕の理性は限界だった。

 僕は、その騒音の元凶である機材に向かって、能力を発動する。


 空気が震え、宙に〝二本の巨大な腕〟だけがぬるりと現れる。それは僕の意志に従い、ピカピカと点滅する機材を上から容赦なく殴りつけた。


 ドガァン!


 物理的な破壊音と共に、爆音がプツリと途切れる。回っていたミラーボールの光も、断末魔のように瞬いて消滅した。


 静寂の中、加藤がディレクターズチェアから立ち上がり、破壊された機材を見つめながら振り返る。


「あーあ。ミツルくん、癇癪かんしゃくはいけないよ。機材これ、高いのに」


 ブースのガラス越しに、まつりお姉ちゃんもヘッドホンをずらし、目を丸くしてこちらを見ている。


「加藤先輩? 一体何してるんですか?」


「見ての通り、君の蛮行に呆気に取られているところだ」


「そうじゃなくて!!」


 僕が声を荒らげると、ブースからまつりお姉ちゃんものんびりと顔を出した。


「ミツルくん、どしたの?」


「『どしたの?』はこっちのセリフですよ!」


 怒りで再び僕の能力の余波が漏れ出し、背後に巨大な腕の幻影が揺らめく。

 それを目にした瞬間、二人は背筋を伸ばし、その場で慌てて正座をした。


「……ごめんなさい」


「……すいませんでした」


 本当に、〝どしたの〟と言いたいのはこちらだ。


 まつりお姉ちゃんは、敬虔な信仰者であった。自らを律し、博愛に生きる清廉潔白な学生だった。学園の誰もが憧れる聖女。  


……少なくとも、一年前までは。


「……それで、一体全体、何をしてるんですか?」


 僕が腕組みをして見下ろすと、加藤がボソリと答える。


「ラジオを……配信してました」


「ふぅ……」


 深い、深い溜息が出る。


「こんな世界でラジオなんてやって、誰が聞いてるんですか……」


「それは違うぞ! こないだもリスナーからお便りをいただきました!」


 加藤が正座のまま反論する。


「そうそう。きっと今頃、みんなラジオをつけて『ああ、今日はノイズしか流れないわ、残念』ってため息をついてるわ」


「そんなわけないでしょう……」


 まつりお姉ちゃんのポジティブすぎる解釈に、僕は頭痛を覚えた。

 聖グラディス学園は、今や完全に規律を失っている。


 生徒の規範たるべき聖女が、こんな調子なのだから無理もない。こちらに来た生徒たちは、タガが外れたようにやりたい放題だ。


 欲しいものを手に入れ、食べたいものを食べ、やりたいことをする。この異界は、彼らにとって試練ではなく、欲望を解放する楽園になり果てていた。


 現在、この世界の聖グラディス学園は、大きく二つの派閥に分断されている。  白羽まつりを中心とした、享楽と自由を謳歌する『堕落聖女エピクロス』派。


 そして、僕──雨宮満を筆頭に、規律と防衛を重んじる『異端審問官ストア』派。  


……まあ、どちらも相手方がつけた不名誉なあだ名に過ぎないのだが。


 実際、学園の防衛を担っているのは僕たち〝真面目組〟だ。

 ルークを設置し、結界を維持し、西から侵攻してくる暁天高専の機械兵器たちとなんとか渡り合っているのは、僕たちが泥にまみれて働いているからに他ならない。


 彼女たちが防音室でEDMを流して踊っている間も、僕たちは神経をすり減らしているのだ。


「……それでも、まつり先輩がいる限り、聖グラディスは落ちない」


 それは認めざるを得ない事実だ。

 白羽まつりという個の武力は、他校の生徒と比較しても圧倒的すぎる。彼女がそこに座っているだけで、それは最強の抑止力となる。


「ねえ、ミツルくん。ちょっと風に当たりましょ?」


 ノリノリでラジオDJをしてたからか、少しのぼせてしまったのだろう。まつりお姉ちゃんが、火照った頬をパタパタと手で仰ぎながら提案した。


 加藤先輩に後を任せ、僕たちは二人きりで校舎の屋上へと上がった。


 扉を開けると、秋の高い空と、眼下に広がる名庭園が一望できた。


 風がまつりお姉ちゃんの白銀の髪をさらい、彼女は気持ちよさそうに目を細める。その姿だけを切り取れば、やはり彼女は絵画のように美しい〝聖女〟だった。


「いい天気ねえ。絶好の行楽日和だわ」


「……この世界は戦場ですよ」


 僕の小言も、彼女の耳には届かないらしい。


 彼女はスカートのポケットから、ガサゴソと何かを取り出した。

 それは、手のひらサイズの飛行船のブリキおもちゃだった。


 見た瞬間、僕の背筋に悪寒が走る。

 彼女が悪戯っぽく微笑んだ。

 瞬間、彼女の手の中のブリキおもちゃが、脈打つように光を放ち始めた。


 キィーンという駆動音と共に、おもちゃが手から離れ、宙に浮き、見る見るうちに膨張していく。

 最初はバスケットボール大、次は乗用車サイズ、そして──。


 数秒後には、屋上の空を覆い尽くすほどの、巨大な飛行船がそこに浮かんでいた。  質感はブリキのままだが、プロペラが風を切り、重厚な存在感を放っている。


 おもちゃを実物として顕現させ、使役する能力。それが彼女の規格外の〝能力〟だ。


「さあ、これに乗って暁天の上空まで遊覧飛行としゃれこみましょ! 上から爆撃したら楽しいわよ~?」


 まつりお姉ちゃんがタラップに足をかけようとする。


「バカなんですか!? やめてください!!」


 僕は慌てて彼女の腕を掴み、全力で引き留めた。


「そんな巨大なマト、暁天の対空兵器の餌食に決まってるでしょう! 撃ち落とされますよ!」


「えー、大丈夫よ。この子は頑丈だもの」


「そういう問題じゃありません! 女王クイーンが自ら敵陣に突っ込んでどうするんですか!」


 このゲームには残酷なルールがある。

 女王クイーンの役職を与えられた者は、一度でも死亡すれば即座に完全脱落ゲームオーバーとなるのだ。ライフの猶予などない。


 だからこそ、僕は口を酸っぱくして言い続けている。


「白羽先輩。お願いですから、校舎から出ないでください」


 僕は懇願する。


「他校のクイーンのように、奥に控えているべきです。チェスにおいては『女王クイーンはうかつに動かないのが定石』です」


 僕の必死の訴えに対し、彼女はきょとんとした顔でこちらを見た。

 そして、まるで明日の天気を語るような軽さで答える。


「大丈夫よ。だって、私だもの」


 根拠などない。あるのは圧倒的な直感と楽観だけ。

 それが一番恐ろしいのだ。このままでは本当に突撃しかねない。


「駄目ですッ!! 絶対駄目ですッ!!」


 僕はなりふり構わず、タラップに足をかけた彼女の腰にしがみついた。


「死んだら終わりなんですよ!? 一発アウトなんですよ!? お願いですから僕の胃を守ってください! これ以上心配させないでくださいいいぃぃ!!」


 涙ながらの魂の絶叫。

 校庭まで響き渡るような僕の悲鳴に、さすがのまつりお姉ちゃんもたじろいだようだ。


「……もう。ミツルくんってば、大げさなんだから」


 彼女は唇を尖らせ、不満げに眉を寄せる。


「わかったわよ。やめればいいんでしょ、やめれば」


 ちぇっ、と舌打ちが聞こえてきそうな態度で、彼女は指を鳴らした。

 シュウウ……と気の抜けた音と共に、巨大な飛行船がみるみる縮んでいく。


 なんとかおもちゃサイズに戻ったそれを、彼女は渋々ポケットへとしまった。 僕はその場に崩れ落ち、安堵で膝を震わせる。


 この人がトップにいる限り、僕の胃痛が治まる日は永遠に来ない気がする。


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