第46話 最強の用心棒
ブォォン、ブォォン──
不気味な駆動音が、吉澤の持つ緑光の剣から漂っている。
『サポートシロ』
吉澤は無感情な命令を発したかと思うと、そのぎこちない動きからは想像もできない速さで、雷人に向けて斬りかかった。
しかし、真田が「破ッ!!」と叫びながら、間に入り力任せの拳で吉澤を殴りつける。
こうなると流石に、真田も出てくるか。吉澤が吹っ飛び、後ろの家の壁にめり込む。 俺はすぐに蝙蝠に指示して銃を撃つが、青白い雷が次々に銃弾と蝙蝠を焼き切っていく。
やはり、正面から能力でぶつかるのは得策ではない。
壁からまるで何事もなかったかの様に吉澤が抜け出す。
『サナダ、少シ弱クナッタカ?』
「ぬかしよる」
真田がニィと笑う。彼は即座に吉澤に向けて渾身の拳を叩き込もうと、地面を蹴った。
その刹那。
一匹の蝙蝠が低空を滑空し、真田の足元へ迫る。その足には、先ほどの小春との戦闘で氷漬けになり、今は溶け出して重くなったネットの残骸が握られていた。
蝙蝠はそれを真田の足元に滑らす。
「……ッ!?」
わずかな違和感。だが、達人同士の戦いにおいて、その「わずか」は致命的な隙となる。真田の注意と体勢が、一瞬だけ崩れた。
その一瞬を、吉澤は見逃さなかった。
脅威度の高い真田ではなく、確殺できる獲物へ。
ブォォンという低い駆動音と共に、緑の光の軌跡が描かれる。それは真田を素通りし、その後ろでまだ状況を理解できていない雷人の首を、正確に捉えた。
真田が「待て!」と叫ぶよりも早く、雷人は粒子へと還元され、光となって消えた。
吉澤は残心すらなく、その光の剣の切っ先を、今度は真田へと向けた。
いやぁ、いつ見ても惚れ惚れする強さだ。
暁天高専からしても、パワーバランス的に黎明が潰れるのは得策ではない。だからこうして、共闘できるわけだ。
「……本気で行くぞ」
真田の全身から、陽炎のような揺らぎが立ち昇る。怒りだ。純粋で、暴力的なまでの殺意。
ドォン!
アスファルトが踏み砕かれる音が響く。次の瞬間には、真田は吉澤の懐に入り込んでいた。速い。先ほどまでとは桁が違う。
「オオオオオラッ!!」
拳が周りの空気を圧縮し、砲弾のような衝撃波を生む。
吉澤は光の剣を盾のように構えるが、真田の拳はその剣ごと吉澤を吹き飛ばした。
ガガガガガッ!
吉澤の足が地面を削り、電柱にぶつかりやっと止まる。
『……ヤハリ強イナ』
吉澤は首を不気味な角度でコクリと傾げた。ダメージはあるはずだが、痛覚がない彼には関係ないらしい。
「まだだ!」
真田が追撃する。拳の乱打。一発一発が岩をも砕く威力だ。
だが、吉澤の関節が、あり得ない方向に回転する。
人間の骨格では不可能な動き。真田の右フックを、背中側へ上体を折り曲げて回避すると、そのままバネのように戻りながら、下から光の剣を斬り上げる。
「ッ!?」
真田が仰け反る。鼻先を緑の光が掠め、焦げた臭いが漂う。
「悪いね、真田くん。俺も暇じゃないんだ」
俺が指を弾くと、上空を旋回していた蝙蝠たちが、一斉に真田の死角から急降下する。
「チッ、小虫が!」
真田は裏拳で蝙蝠を叩き落とそうと視線を逸らす。その一瞬の隙。
『隙アリ』
吉澤の左腕が、肘から先だけロケットのように射出された。
ワイヤーで繋がれた鉄拳が、真田のみぞおちに深々と突き刺さる。
「ガハッ……!?」
呼吸が止まり、真田の動きが硬直する。
引き戻される左腕と共に、吉澤本体が滑るように肉薄した。
右手の光の剣が、唸りを上げる。
「しまっ──」
真田の言葉は続かなかった。
袈裟懸けに振り下ろされた緑の閃光が、真田の体を斜めに両断する。
一瞬の静寂の後、真田の体は崩れ落ちることなく、無数の光の粒子となって空へと霧散した。
吉澤は剣を振って光の残滓を払うと、再び直立不動の姿勢に戻った。
暁天とこうして連携出来るのはありがたい。
もし、夜戦になるのであれば彼らも引きずりこみたい所だが。
──暁天高等専門学校。
〈知性〉こそが運命を計算し、すべてを超える。
その起源は古く、元は戦前に高度な技術将校と研究者の育成を目的として設立された、陸軍士官学校だという。
創設時から多くの天才や異端児を輩出してきた歴史があり、今なお全国屈指の科学教育レベルと、潤沢な資金による研究力を誇っている。
白銀の幾何学的な校舎群は、学園というより国家の研究施設そのもの。
ここでは入学と同時に専用の研究室と潤沢な予算が与えられる。
掲げる理念はシンプルだ。「知を極めた者が頂点に立つ」。
暁天高専とは、頭脳こそが武器であり、研究成果こそが名誉であり、論理と結果だけが全ての価値となる。
「ありがとう、おかげで助かったよ」
『イヤ、コチラモ意義ノアル戦イダッタ』
ちょうどその時、星羅と冬香、それに暁天高専の制服を着た生徒が四人やってきた。
「理玖先輩、お疲れ様です。北側の三名も片付きました」
冬香が涼しい顔で報告する。どうやら暁天の部隊と共闘したようだ。
真田と雷人、そして残りの三名。これで追ってきた東陵の部隊は全滅だ。
「上々だね」
俺が息をついた、その時だった。
『サテ、ヤルカ?』
吉澤の手首がカクリと回り、その緑に光る剣先が、俺たちに向けられた。
場の空気が一瞬で凍り付く。
「ああん?」
星羅が即座に反応し、チロが殺気を放つ。冬香も眼鏡の奥の瞳を細め、ホルスターに手を伸ばした。
「冗談だろ、勘弁してくれよ」
俺は両手を上げて、大げさに首を振ってみせた。
『フム、貸シニシテオイテヤル』
吉澤は、その殺意のこもった剣をわずかに下げた。
「貸しなら、ついでにもう一つルークを壊すの手伝ってよ」
俺は即座に吉澤の譲歩を利用する。万が一の夜戦に備えて、東側にある黎明に近い東陵のルークを壊しておきたい。
『フム……』
吉澤は微かに動きを止め、そののっぺらぼうの顔で、暁天高専の生徒たちの中にいる一人の女生徒に目配せをした。彼女が吉澤の参謀なのだろう。
女生徒は一瞬考え、小さく頷いた。
『ワカッタ』
かくして、俺は最強の剣士を「嫌がらせ」のための用心棒として雇うことに成功した。




