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サマー・ロスト 剣を捨てた無気力少年、負けたら「存在消滅」のデスゲームで覚醒する。  作者: うにまる
一章

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第39話 優雅な蝙蝠、さようなら

「おかげで、リベンジできました」


 礼を言うと同時に、確かな手応えを噛み締める。

 厄介だったスライムの対処法は、これで確立できたと言っていい。


 それにしても──と、俺は凛を横目で見る。

 アタッカーとして優秀だと思っていたが、タンクとして見ても彼女は一流だ。  敵のヘイトを集め、攻撃を紙一重でかわし続ける〝回避盾〟。

 もし来年、正式に班を組めるなら、是非とも入ってもらいたい人材だ。


「さて、戻ろっか」


 凛が軽く伸びをしながらそう言った。

 張り詰めていた糸が切れ、心地よい疲労感が押し寄せてくる。帰りはゆっくりでもいいだろう。


「ベンケイもありがとうな」

「だね。こいつの割り込み、ナイスタイミングだったじゃん」


 二人で褒めそやすと、ベンケイは得意げに尻尾を左右に振った。


『へへへ、ヨシツネもよくやってたゾ』


 偉そうな口ぶりが妙に愛らしくて、自然と笑顔がこぼれる。

 俺たちは戦いの余韻に浸りながら、学校の方角へと歩き始めた。時計を見ると三〇分はとっくに過ぎていた。


 (また望月先輩に怒られそうだな……)


 だが──ある程度戻ったところで、凛がぴたりと足を止めた。


「ん?」


 その顔に、ふと疑問の色が浮かぶ。


「どうかしましたか?」


 俺は警戒心を強め、凛の視線の先を追った。

 凛はポケットからポジベリを取り出し、睨みつけている。


「やっぱそうだ。ルークがやられちゃってる」


 舌打ち混じりの凛の声。


「え? だって、長谷川先輩と桐谷先輩が守っていたはずですが……」


 東陵No.2の小春が配置されていたのに、陥落したというのか。


「本来なら、この辺りからウチらのエリアに入ってるはずなんだけど……ほら、ポジベリの色が黄色いっしょ?」


 確かに、ポケットから取り出したポジベリを見てみると注意を促すような黄色だった。


「確か、受け取った時は青色でしたね」

「そ。自分たちのエリア内なら青、他校の支配領域なら赤、どっちの支配下でもないなら黄色になる」


 信号機みたいで分かりやすいが、状況は笑えない。


「なるほど……つまり、ここはエリアの支配権が失われて〝中立地帯〟に戻ったということですか」


 俺は顎に手を当てて思考を巡らせる。

 南西の拠点が落ちたという話に続き、まさか南東のルークまで破壊されるとは。  今朝の時点では、東陵高校が優勢だと聞いていたが、雲行きが怪しくなってきた。  押していたはずが、いつの間にか押し返されている。


「ちょっと急ぐよ、走る!」

「はい!」


 凛が弾かれたように走り出す、俺も慌ててその背中を追った。目的地までは、このペースならあと三分といったところか。

 それくらいなら、今の俺の体力でもなんとか食らいつける……と思う。


「近くまで行ったらあたしが先行して偵察する。状況次第じゃ、最悪北東のルークまで撤退するからね」

「了解です」


 息を整えながら走り、ルークのあった場所に近づくと影の中からベンケイが念話を飛ばしてきた。


『ハセガワの呼吸は無いな。キリタニはまだいるゾ。……戦闘中ダ』


 最悪の予想が当たったか。俺はすぐに情報を共有する。


「長谷川先輩の反応は無くて、桐谷先輩が現在戦闘中とのことです」

「ナイス情報! じゃあ先に行って加勢するから!」


 凛はそう叫ぶと、地面を強く蹴った。

 重力を無視したかのように跳躍し、電線の上へと軽やかに着地する。そのまま風を纏い、屋根から屋根へと高速で移動を始めた。あっという間にその背中が遠ざかっていく。


 (相変わらずデタラメな機動力だ……)


 だが、感心している場合じゃない。俺も戦う準備をしなきゃならない。


『ベンケイ、〝いつもの刀〟の方を貸してくれるか?』


 さっきのスライム用ではなく、扱い慣れた標準的な刀だ。


『了解ダ』


 ルークがあった地点へ到着すると、そこは惨状だった。

 激しい戦闘があったのだろう、アスファルトはめくれ上がり、周囲の壁は所々崩壊している。

 俺は荒い息を整え、油断なく周囲を見渡した。


『向こうだナ、すぐそこにいるゾ』


 ベンケイが影から飛び出し、鼻を利かせるように先導する。  

 その直後──


 ドカンッ! という轟音。


 巨大な氷塊が宙を出て舞い、破裂した。キラキラとダイヤモンドダストが舞う中、一人の女子生徒が膝をついているのが見えた。


「桐谷先輩!」


 視界に入ったその姿に、思わず名を叫ぶ。彼女は肩で息をし、疲労困憊の様子だったが、まだ瞳の光は失っていない。


 対峙している敵は、たった一人。

 黒を基調とした軍服のような装い──〝鴉羽高校〟の生徒だ。


 その男は長身で、気怠そうにゆるりと立っている。

 着崩した制服の上には、光沢を抑えた黒い羽織のようなものをルーズに羽織り、艶のある黒髪は鬱陶しげに首筋で結い上げられている。  その立ち姿は、まるで優雅な旅人のようだ。


「助かったわ、ヨシツネくん」


 小春が安堵の声を漏らす。

 敵はポケットに両手を突っ込んだまま、ゆっくりと俺たちに顔を向けた。口元には微笑み。


「おや、たった一人で増援とは……随分と物好きな子だね?」


 だが、敵の注意がこちらに向いた、その一瞬の隙を凛は見逃さなかった。最初からこのタイミングを狙って隠れていたのだろう。

 音もなく敵の後方から、風を纏った強烈な回し蹴りを叩き込む。


「らぁっ!」


 直撃コース。

 だが──その足ごたえは空虚だった。


 バサバサバサッ──!


 敵の体が弾け飛んだかと思うと、無数の黒いコウモリへと姿を変え、四方八方へと散らばったのだ。

 凛の鋭い蹴りは、ただ虚しく空を切り裂いただけに終わった。


 バサバサと霧散していた蝙蝠が、まるで時間を巻き戻すように、元の男の形へと凝集していく。


「やれやれ、危ないじゃないか」


 穏やかな口調とは裏腹に、その瞳には退屈の色が浮かんでいた。

 凛が傍らで「ちっ」と小さく舌打ちする。


 戦闘再開か、と思った瞬間、影からベンケイが警告を飛ばしてきた。


『ヨシツネ、気をつけロ。こいつ、めちゃくちゃ強いゾ』

『だろうな、桐谷先輩が満身創痍なんだもんな』


 俺は刀を構えるが、さっきの変形を見る限り、物理的に切りつけてもあまり意味はなさそうだ。


 (果たして、この異次元の能力を持つ相手に、俺たちが勝てるだろうか)


 刀を構える俺の脳裏を、最悪の可能性がよぎる。  しかし、予想外に敵は戦闘を再開するどころか、言葉をかけてきた。


「君、初めてみる顔だけど結構強いね? 一年生かな?」


 黒沼が俺を指差してくる。その表情は相変わらず穏やかだが、それがかえってこちらの警戒心を煽る。


「そうですけど……」


 警戒心を解かずに答える。


「ふーん、羨ましいねぇ。才能ってやつ? ……お名前は?」


 急な小話に面食らう。隣の凛や、満身創痍の小春も、未だ戦闘態勢を崩さない。


「ああ、ごめん。俺は黒沼理玖くろぬまりく、〝鴉羽〟の三年生だ。あんまり対人戦は好きじゃ無くてね」


 そう言って、黒沼はフワッと笑う。この異常な状況で自己紹介とは、やはり気が抜けない。優雅な態度を崩さないのが不気味だ。


「えーと、倉田義経です」

「そうか、クラタヨシツネくん。一応〝黎明〟への義理は果たしたし、さっきも言った通り、戦いが嫌いでね。つまり……帰って良いかな?」


 それは、一方的な要求ではなく、まるで礼儀正しい許可を求めるような口調だった。

 逡巡する俺より早く、小春が口を開いた。


「そうしていただけると、わたくしどもも大変ありがたいですわ」


 小春は、疲労の滲む声ながらも、理知的に丁重に応じた。彼の申し出に乗るのが、最善策だ。


「うん、じゃあ。さよなら」


 黒沼はそう言うと、こちらに背を向け、ゆっくりと歩き出した。

 その背中を、誰も攻撃することはできなかった。


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