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サマー・ロスト 剣を捨てた無気力少年、負けたら「存在消滅」のデスゲームで覚醒する。  作者: うにまる
一章

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第38話 凍てつく刃

「よし、んじゃ降りるか」


──今、サラッと言ったが……まさか二階の屋根から飛び降りろ、ってことじゃないよな?


「風でフォローするから大丈夫だって」


 俺の顔にありありと〝正気か?〟という色が浮かんでいたのだろう。凛は可笑しそうに肩をすくめて付け足した。


「ほら、あたしを信じろって」


 覚悟を決めて飛び降りると、足元からふわりと風が巻き上がった。まるで見えないクッションに乗ったみたいに身体が減速して、そのまま優しく着地へと導かれる。


「な、平気だったろ?」


──ドヤ顔の凛が上からゆっくり飛び降りてきた。思わずうなずく。


『多分、こっちだゾ』


 キョロキョロしながら、ベンケイがずんずん歩き出す。


「こっちみたいです」


 その愛らしいけれど頼もしい背中を追いかけ、俺たちは足を早める。

 少し進んだ路地の陰で、ベンケイがぴたりと足を止めた。


『いたゾ』

「……見つけたみたいです」


「さすがじゃん。人数とかもわかる?」


 凛が興味深そうに問いかける。


『二人だゾ。あのドロドロになる女と、空飛ぶ機械を従えてる男ダ』


 確かイヌカイとシズクと呼び合ってた二人組だ。


『そんなことまでわかるのか……本当にすごいな』

『ふふン、もっと褒めていいゾ』


 ベンケイが誇らしげにこちらを見やる。


「スライムになる女とドローン使いの男の二人です」

「へえ、どうやってわかるわけ?」


 凛が少し驚いた声で訊ねる。


『確かに気になるな。種明かししてくれよ』


 俺も内心気になっていたことを問うと、ベンケイが得意げに胸を張った。


『熱だゾ。人間は息を吐くし、体温も残る。その温度の〝尾〟を追えば、どっちに行ったかなんて丸わかりだゾ』


「……熱で感知してるみたいです」

「なるほど、頼もしいね。それじゃ──向こうに気づかれる前に強襲するよ」


 リベンジしたかったスライム女に再び遭遇できるとは、運が向いているらしい。


『あの剣、もう出すか?』

『今はやめとくんだゾ。ヨシツネの貧弱な体力じゃ、重すぎて走れないからナ』


……気遣いなのか、それともサラッと馬鹿にされているのか判断に困る。


『……ゲームとかだと背負ったまま走るだろ、ああいうのは?』

『背中に背負ったら抜けないだろ。接敵したら出してやるから、黙ってオレに任せればいいんだゾ』


 そこまで言うなら従うしかない。俺たちはベンケイの後を追ってしばらく歩いた。


『向こうもこっちに進んでるナ。多分まだ気づいてない、あと一分くらいで鉢合わせだゾ』


 そう告げると、ベンケイは丁字路の手前でぴたりと止まり、こちらに振り向いた。


「あと一分くらいでぶつかるみたいです」

「よし、ここで待ち伏せだね。どっちをやる?」

「じゃあ、スライム女は俺がやります。新しい剣を試したいので」

「りょーかい。ドローンはあたしがやる」


 昨日の模擬戦の時のスピードを見る限り、どうあがいても今の俺じゃ後手に回る。適材適所だ。


『それじゃあ、大切に使えヨ!』


 ベンケイが足元の影へと手を差し入れると、ズブズブと沈んだ影の中から一振りの剣が滑り出てくる。

 顕現した瞬間、ひやりとした冷気が周囲を撫で、路地の温度が一段階落ちた気がした。


「へえ、綺麗な剣じゃん」


 凛が目を細める。


「スライム対策です」


 俺は柄を握り直し、そっと息を整える。  

──そろそろだ。


 気配を殺し、風さえも通らぬほどの静寂がその場を満たす。

 だが、予想の一歩先を行く動きが、敵側から飛び出した。


 目の前の空間に、ぬるりと何かが伸びてくる。

 スライム女──シズクの触手だ。先端にはぎょろりとした目玉が付いており、こちらを探るように左右へ泳いでいる。奇襲対策か。


 その瞬間、凛が弾かれたように地面を蹴り、触手の目玉を容赦なく蹴り飛ばす。  俺も一拍遅れて走り出した。


 丁字路に差し掛かったところで、待ってましたと言わんばかりにイヌカイがドローンを突撃させてくる。

 同時にシズクの身体がぶるりと震え、一瞬で網状へと変形すると、イヌカイを守る繭のように前方へ大きく広がった。


「ちっ──!」


 凛がスライムの網に蹴りを叩き込む。だがその足は粘つく膜に絡め取られ、勢いを殺されたまま宙吊りにされた。


「優木先輩!」


 凛を助けるため、俺は迷わず剣を振るう。

 斬撃が空を裂いた瞬間、刃にまとわりつく冷気がスライムの断面へ流れ込み、じわりと凍結が広がる。シズクの身体はぶるりと震え、再生が止まった。


「なっ!?」


 イヌカイが目を見開く。


「てめえ、なんなんだその能力?」


 怒りとも恐怖ともつかない声が漏れた。

 俺は剣を構え直し、胸の内側で静かに吐息を整える。


「助かった」


 凛がバックステップで、俺の後ろへと下がる。


 (ゲームで言えば、向こうはシズクがタンク役、イヌカイがシューター、今はいないがアタッカーはあの鞭使いのレンカといったところだろうか? 結構バランスがいい、連携も取れてるし)


 そう考えてみると、相手が回復型タンクだとしたら、凛は回避型タンクになれるのではないだろうか?

 アタッカーを二人とするより、ここは回避に専念してもらった方が効率的だ。


「優木先輩、今は回避と防御に専念してもらってもいいですか?」

「あっ? 足手纏いだってのか?」

「いえ、相性の問題です。スライムが厄介なので」

「ちっ、わかったよ!」


 凛は短く毒づきながらも、すぐに体勢を低くした。その姿勢はまるで獲物を待つチーターのようだ。彼女の武器は両手のグローブだが、今はそれを構えず、回避に特化した動きに移行する。


 敵の構成は明確だ。前方にいるシズクは、自分の体をスライム状に変形させ、ドームのようにイヌカイを守り、受けたダメージを再生し続ける。

 そして、そのドームに守られたイヌカイがドローンで攻撃を仕掛ける。彼の周囲には、小型のドローンが四機、羽音を立てて浮遊している。


「いくぞ!」


 凛が叫び飛び出した瞬間、イヌカイが静かに手を振った。四機のドローンが一斉に散開し、凛を四方から囲むように鋭い軌道で突っ込んでくる。


「めんどくせぇな!」


 凛はそれを紙一重でかわし、体術だけでドローンの連携攻撃をいなし続ける。


 (再生が間に合わなくなるまで、細切れにしてやる)


 俺は静かに、影の中から現れた刀を構えた。

 刀身が急速に冷却され、刃の周囲の空気が凍てつく。


 シズクの腕がスライム状に長く伸び、俺の体躯を捕らえようと迫る。通常なら、切断した瞬間に再生されてしまうだろう。


 シュン──


 一閃。刀身がシズクのスライム状の腕に触れる。急激な冷気が触れた箇所を一瞬で結晶化させ、その身は硬質な氷の塊へと変わる。


 ズザンッ!


 氷と化した腕は断ち切られ、地面に散る。シズクは小さな悲鳴を上げるが、失った腕の横から再びスライム状の肉体が生成され始めた。再生速度は驚異的だ。俺はさらに数度切りつけて、ドームに切れ間をつくり出す。


「イヌカイ! 再生が追いつかない!」


 シズクが焦りの声を上げる。イヌカイが凛から俺へと意識を変える。


「優木先輩!」

「わかってる!」


 凛が手を広げると、瞬時に風の檻が生まれ、ドローンを一機航行不能にする。さらにベンケイが俺の影から弾丸のように飛び出し、イヌカイのドローンの一機を爪で切り裂いた。


 ガシャン!


 ドローンがバランスを崩して地面に落下した。連携が乱れ、その一瞬、シズクへの意識も途切れる。


 残りのドローンが体勢を立て直そうとする一瞬の隙。俺はスライムのドームの切れ間から侵入し、イヌカイへと肉薄した。


「チッ、まじかよ……!」


 イヌカイはドローンの操作に意識を集中したまま、俺の接近に気づくのが遅れた。


 一刀。


 迷いはなかった。凍てついた刃が、イヌカイの首元を深々と切り裂いた。

 ドサリ、とイヌカイが崩れ落ちる。その瞬間、空中で羽音を立てていた残りのドローン二機も、制御を失ったかのようにガタンと機能停止し、床に転がり、光になって消えた。


「イヌカイ!」


 シズクが悲鳴を上げる。再生に回していた力を、イヌカイの死に気を取られたことで失う。


「これで終わりだ」


 俺は刀を振り抜き、怯んだシズクへと向かい直る。シズクの体はまだスライム状に波打っていたが、再生は追いついていない。

 数回連続で切り刻むと、シズクは抵抗することなく、光となり霧散するように空気へと溶けていった。


 イヌカイとシズクの痕跡は、跡形もなく消え去った。


「……勝ったな」


 凛が肩で息をしながら、笑顔を向けてくれた。


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