第37話 鴉羽、急襲
「長谷川、聞こえるか?」
──デバイス越しに、望月の声が届いた。
ネムルとユメは思い切り顔をしかめている。明らかに嫌そうだ。
「はい、どうしましたか?」
「鴉羽が攻めてきた。真田も向かわせているが、お前らも南西に向かってくれ」
南西……確か、南東には真田班、北東に桐谷班が配置されていたはずだ。肉はまだ半分も食べていないが、攻撃を受けているならば仕方ないだろう。
「了解です」
ユメは泣きそうな顔で、切り分けられたパイナップルと藍太郎を交互に見つめる。あとは焼くだけなのだが。
「聞いての通りです」
藍太郎は、まるで「諦めろ」と言わんばかりの視線を送ってきた。
「ヨシツネおすすめの焼きパイナップルも食べたかったけどな」
凛も肩を落として残念そうにする。
「まあ、またやりましょう」
俺もため息をつき、ゆっくりと席を立った。
「鴉羽って、いっつも空気読まないよね……ほんと嫌い」
デザートを二日連続で邪魔され、ユメは怒りのままヘルメットをかぶり、ネムルのバイクの後ろにまたがった。
「黎明がいよいよ落ちそうですからね。そうなると、都合が悪いんでしょう」
藍太郎は冷静に車に乗り込む。
「鴉羽か……あいつら、戦い方からしてほんと嫌いなんだよね」
凛も同じように肩を落としながら呟いた。
──鴉羽高校。
〈資本〉と〈利益〉こそが、世界で唯一の法である。
自由を重んじる校風……と聞けば聞こえはいいが、実態は放任主義が徹底されている。教師は統制を諦め、生徒はほぼ野放しだ。
もともとは海外と貿易をする商人の子弟と漁師や船乗り、港湾労働者などの力自慢の若者を集めて設立されたという。
西南部の湾岸地区に建つ校舎は、鉄骨とコンクリートを基調にした無骨な造りで、威圧感すら漂う。 生徒数は多く、学内は常に喧騒と緊張が入り混じる。
「勝者がすべてを得る」──力や知恵で他者を、教師すらも出し抜いた者だけが、快適な学校生活を手にできるのだ。
部活動にも熱心で、特に相撲とボクシングは、国内でも一、二を争うほどの強豪が揃っている。修武館が武道の場であるとすれば、鴉羽は格闘技のリングだ。
授業は簿記や会計、貿易実務など商業高校さながらで、校舎内に模擬店舗を構え販売実習を行うこともある。
港湾地区らしく、力自慢の生徒向けには港湾作業実習や体力訓練も組まれ、金も力も制する者だけが学校を支配する──それが、鴉羽の校風なのだ。
「──南西のルークが破壊された」
望月から、思わぬ連絡が飛び込んできた。
「了解です。すぐに向かいます」
「いや、すでに敵は撤退し、行方がわからない。悪いが、ネムルとユメだけ南西に回って真田班と合流してくれ。長谷川たちは南東へ。……今度は黎明がそっちから仕掛けてきそうだ」
「相変わらずいやらしい攻め方してくるな」
凛は眉を寄せ、不機嫌そうに呟く。
結局、配置はこうだ。
北西は九条班。
北東は桐谷班。
破壊された南西が真田班。
そして黎明に狙われてる南東が長谷川班となる。
南東の模型店に到着した。
「今度は三人で守り切らないとですね」
──俺がそう言った瞬間、ベンケイが影からスッと現れた。
「いや、四人みたいだな」
凛はベンケイに視線を向け、わずかに微笑む。
「敵はどうでしょうか?」
藍太郎がデバイス越しに望月へ尋ねる。
「おそらく二人だ。攻める気はなさそうだが……エリアに出たり入ったりしている」
「とは言え、昨日でルークの位置は完全にバレてますし、楽観はできませんね」
「二人なら──いっそ狩ってこないか?」
凛がこちらを見ながら、いたずらっぽい口調で提案した。
「うむ……鴉羽の動きも気になるが、それが出来ればかなり動きやすくなる。桐谷もそちらに向かっているし、そうだな……三〇分で仕留められなければ帰ってこい」
望月も同意する。
「そうですね。その間は私がここを守ります」
藍太郎が一歩前に出て、告げた。
「じゃあ、飛んで行くからコイツ、小さくしてくれるか?」
凛が親指で俺を指しながら、意味不明なことを言い放つ。
「小さく……って、どういう──?」
「ええ、ヨシツネくん。まずはこれ、破壊していただけますか?」
藍太郎が、さも当然のようにメガネを差し出してきた。
「え、ええっと……ほんとにいいんですか?」
混乱しつつ受け取る。というか、意外とメガネを外すとイケメンだな。
「車に予備がありますから大丈夫ですよ。遠慮なくどうぞ」
「な、なら……」
言われた通り、地面に叩きつけてパキンと壊す。
「罪名、器物損壊! 判決、寸身刑!」
うぉ! 周りが急に大きくなった。
──いや、俺が小さくなってるのか!?
気づけば、身長はどうやら一〇センチほどになっている。ベンケイも同じく縮んでいた。
「よし、それじゃ行くぞ」
凛が俺を持ち上げ、上着のポケットに滑り込ませる。ベンケイは慌てて影に戻ったようだ。
「三分で元の大きさに戻ります。気をつけて」
「オッケー。んじゃ、行くぞ」
風がまとわりつき、凛の体が軽く浮くと、まるでスケートのように道路を滑空する。
数十秒でエリアのギリギリまで到達し、空を駆け上がると、一軒の家の屋上に降り立った。
「うーん、いるとしたらこの辺りっぽいんだけどね」
凛がキョロキョロと辺りを見渡す。
『ベンケイ、わかるか?』
『うーん、ここら辺にはいないゾ』
「この辺りにはいないようです」
「ん? なんか言った?」
俺の体が縮んでいるせいか、凛には声が届いていないらしい。
「まあ、そろそろ体が元に戻るだろうし、ここで少し待つか」
そう言った凛の手によってポケットからつまみ出され、無造作に床へと置かれる。扱いが雑だ。
そのまましばらく待っていると、視界がぐんと高くなり──俺の体は元の大きさへと戻った。
「……不思議な体験でした」
小さくなる感覚なんて、一生味わうこともないだろう。
「で、なんか言った?」
「ベンケイによると、ここら辺にはいないみたいです」
「そう。そいつ、どれくらい先までわかるの?」
『あの赤い看板くらいまでかナ?』
「あの看板くらいまでらしいんで、距離にすると一〇〇メートル前後でしょうか」
「へえ、大したもんじゃん、お前」
凛がワシャワシャと、少し乱暴にベンケイの頭を撫で回した。




