第34話 戦場のティータイム
「さ、着いたわよ」
とん、とん──おでこを軽く叩かれる。
小春の身体にぶつからないよう、慎重に上体を起こした。
「ありがとうございました。お陰で、だいぶ楽になりました」
「どういたしまして、昨日のお礼よ」
(昨日……桐谷先輩にお礼を言われるような事を何かしたっけ?)
後部座席のドアが開く。
「うわぁ……昨日に続き痛そうだね。大丈夫、倉田くん? 顔が真っ赤だよ」
ダイゴの声だ。顔が赤いのは、腫れのせいか、氷のせいだろう。
「すまん。また、やられてしまった」
「とにかく、キングのところまで運ぶね」
ダイゴの能力で身体がふわりと持ち上がる。
手探りで何とかキングに触れると、瞬間──痛みがすうっと引いていく。
視界が戻り、ぼやけていた世界が一気に鮮明になった。
「ビショップを仕留めたようだな。良くやった」
いつの間にか隣にいた望月が、静かに労いの言葉をかけてくる。
「だいぶ各隊がグチャグチャになってるからな。ひとまず組み直したい」
望月がキングに手を伸ばすと、宙にウィンドウが浮かび上がった。
「長谷川、着いたか?」
「ええ、ちょうど合流できたところです」
「東海林はいるか?」
「はいはーい!」
「これから桐谷をそっちに送りたい。可能か?」
「了解でーす、土管前に出しますね!」
小春に向かって望月が視線を送る。
はいはい、という顔で小春は肩をすくめ、軽く息を吐いた。
「じゃ、またね」
ひらひらと手を振りながら、黒い雲に向かっていく。その姿はゆっくりと霧に溶けるように包まれ、やがて──完全に消えた。
「悪いが、白川はこのまま北東のルークに移動してくれ」
「了解です」
「ありがとうございました」
どうやらここでお別れのようだ、慌ててお礼を言う。
「ああ、気にするな。二年の白川朔だ。これからよろしくな」
軽く手を挙げて言うと、朔は駐車場の奥へと歩いていった。
「長谷川は班員と共に学校にひとまず戻ってきてくれ。真田班は南東のルークで合流しろ」
望月が次の指示を飛ばす。
「じゃあ、ヨシツネくんはここでお留守番というわけだ」
九条がどこか楽しそうに口角を上げる。
『……ベンケイ……頼めるか?』
『嫌に決まってるだロ』
『あー、目が痛い。目が痛いなー。あの時、誰かがサポートしてくれてたらなぁー』
『くッ……』
渋々と影から姿を現したベンケイが、九条に抱き上げられる。
九条はそのまま腕の中を見下ろして、嬉しそうに笑った。
「しばらく休憩ですね。お茶にしましょう」
ダイゴが紅茶のポットと菓子を抱えてやってくる。
パイプ椅子に腰掛け、折り畳みの机を四人で囲んで一息つく。
「それにしても──二日目でビショップまで仕留めるとはな。運も実力もあるようだ」
望月が感心したように呟く。その声音は淡々としていたが、確かな評価が滲んでいた。
「ええ、皆さんのサポートのおかげです……でも、良かったんでしょうか……?」
「良かったとは? 最高の結果じゃないか」
望月が少しだけ首を傾げる。
「えっと……人をひとり、消してしまったわけですし……」
九条が小さく笑った。
「ヨシツネくん? ボクが今まで何人のビショップを殺したと思う?」
やはりそうか──そういう世界なんだ。
「ま、大勢に恨まれてるだろうぜ」
「で、でも……九条先輩のおかげで、東陵は大丈夫だって安心感があります」
ダイゴが慌ててフォローする。
「僕にはできないことです。でも、誰かが強くなってくれないと……自分も消えてしまうかもしれない。卑怯だけど──ヨシツネくんには感謝してます」
「ポーンを殺すのと、ビショップを殺すのでは罪悪感が明らかに違うのはわかるがな」
ダイゴの言葉に続いて、望月が静かに口を開く。
「もともと世の中は理不尽なもんだ。幸い、この国は長いこと戦争はしていない。だが、形を変えた奪い合い、命の搾取は今も続いてる。目に見えないように隠してるけど、この国でもな──それがこの世界の仕組みだ」
望月は首を振り、目を閉じる。
「戦地に向かう兵士は〝人を殺したい〟から行くわけじゃないだろう。守るために、帰る場所を失わないために行く。結果として戦うしか手段がないから行くんだ」
カップを置き、望月はゆっくりとこちらを見据えた。
「お前も同じだ。誰かを殺すことが目的じゃなかったはずだ。生き残るために、守るために、取り返すために、奪われないために、強くなる必要があった。それが結果として〝消す〟という形になっただけだ」
九条がうなずく。
「罪悪感を持つのは勝手だけど、それで動けなくなるのはみんなを危険に晒す行為だぜ。キミは、正しい理由で刀を振った。──刀ってのは昔から何かを守るために存在してるんじゃないのかい?」
「はい……」
胸の奥の重さが、ほんの少しだけ軽くなった気がした。
「おかわりどう?」
ダイゴが気を利かせて紅茶を注ぎ足してくれる。
紅茶の香りが、張り詰めた空気をゆるやかにほどいていく。
「そういえば、東海林さんの能力って……あれ、瞬間移動みたいな感じなんですか?」
無理やり話題を変えてみた。みんなに気を使わせるのも本意じゃない。
「あ、そういえば昨日はお風呂ご馳走さま」
九条が悪戯っぽく笑う。
ダイゴと顔を見合わせる。──小春も言っていた昨日のお礼って、このことか。どうやら女子は全員その恩恵に預かったらしい。
「い、いえ。お気になさらず。それで俺とか白川先輩も一緒に移動すれば良かったんじゃ?」
「ああ、あいつの能力は簡単に言うと〝七回しか使えない〟んだ。回数制限があるから、基本は桐谷を飛ばすための切り札だな」
その貴重な一回を風呂のために……? いや、使いどころ間違ってないか?
『そういえば、さっきのキリタニって奴も相当強いゾ』
『真田さんよりか?』
『うーん、ちょっとだけ強いかナ……』
『じゃあ、九条先輩、桐谷先輩、真田先輩の順で強いのか?』
『いや、クジョーの次に強いのはオレダ』
『へいへい、その次は?』
『うーん、ヨシツネで良いんじゃないかナ? 大して変わらないゾ』
……随分舐められたものだな。
けど、ビショップを仕留めたんだ。これで能力のレベルを上げられるはずだ。
どれほど強くなれるのか──少し、楽しみではある。いや、ナツキを助けるためだ。それは忘れてはいけない。
紅茶を一口啜った。静かに、胸の奥が熱を帯びていくのを感じながら──。




