第33話 小さな氷の手
「それにしても……すごいですね。望月先輩の読み通りです」
真田班が敵の増援を抑えてくれているなら、動ける時間はまだある。
桐谷班も模型店から真っ直ぐ国道へ出ていれば、あと五分ほどで到着するだろう。
「そうですね。望月先輩は、人の思考を読むことに長けた方です。チェスも麻雀も、とにかく強いんですよ」
「麻雀もやるんですか……」
思わず想像してしまった。
──スーツ姿で無表情のまま牌を切る望月。
……完全にヤクザだ。
「藍太郎、ごめん。油断した」
意識が戻ったのだろう、デバイスから凛の声が聞こえる。
「ええ、即死のようでしたが……相手はわかりましたか?」
「毒……使いかな? 息を吸ったら意識が朦朧としてそのまま気づいたらここにいた」
「なるほど……中に入らなくて良かったですね」
藍太郎がこちらを見る。
さっき突入を止めてくれて、本当に助かった。中に入っていたら、俺たちも同じ目に遭っていたかもしれない。
ガスマスクがあるわけでもない。動きながら息を止めれるのは30秒くらいだろう。その時間で敵を探し出して戦って仕留めるのは現実的に厳しいと思う。
さて、どうするか。
「ふむ、建物ごと燃やすか」
淡々とした望月の声が届いた。その手があったか。
「なるほど……火炎瓶を投げ込むか、いや、車を突っ込ませる方が早いですかね?」
過激な案だが、時間は限られている。
「車で突っ込んだら、最悪そこで相手が死にませんか?」
「ええ。それに、毒ではなく可燃性のガスだった場合、爆発する可能性もありましたね」
経験値のためには俺がとどめを刺さなければならない。とにかく視界に入れさえすれば──息を止めて数秒で斬り捨てる自信はあるのだけど。
「あ、そういえば卵みたいな匂いがしたな」
凛の一言に、藍太郎の表情が一変した。
「では、硫化水素の可能性が高いですね……爆発しますから、建物ごと燃やすのは厳しいです」
能力を強くするためにビショップを仕留めるのは、俺がやらねば意味がない。
「うーん……とりあえず『燃やすぞ』と脅してみるってのは?」
「そうですね。ひとまず車の発煙筒を後ろで焚いてみましょうか。脅して、運が良ければ飛び出してくるかもしれません」
藍太郎が頷く。
「ああ、ひとまず試してみてくれ。もうすぐ桐谷も合流する予定だ。桐谷の能力なら、硫化水素でも対応できるかもしれん」
望月も同意する。
藍太郎と共に近くの車の窓をいくつか割って発煙筒を数本取り出した。
「それじゃ、後ろで煙を炊いてみます」
『動いたら教えるゾ』
「わかりました。もし敵が動いたら、ベンケイが感知できるみたいです」
「素晴らしいですね。じゃ、こっちは任せます」
藍太郎はベンケイに親指を立てて、裏口へ歩き出した。しばらくすると、郵便局の裏手から白い煙が立ち上る。
「火をつけましたー! このまま燃やしますー!」
藍太郎が大げさに叫ぶ。
「クッソ!」
爆発を恐れたのであろう、小太りの男が入り口から慌てて飛び出してきた。目が合う。
(お前に恨みはないが、悪いな)
──男は絶望の表情をしながら、こちらに向かって手をかざした。
(一瞬〝ナツキ〟の顔が浮かんだが、それを振り払う。俺の選んだ道だ)
手から何かが放たれたのか、視界が霞み激痛が走る。
だが、息を止め──居合の要領で刀を振り抜いた。
刃は男の身体を袈裟斬りにしたようだ。
目はよく見えないが、確かな手応えが手首を伝う。光に包まれ、男がふっと消えていく。
男が完全に消えると、目に付着していた液体もいつの間にか消えたようだった。だが、視界の曇りも痛みも引かない。
『ごめン……カバーが間に合わなかったゾ……』
『いや、仕留められたんだ問題ない』
とはいえ、目が見えないのは困ったな。学校に戻らなきゃ治りそうもない。
藍太郎が駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか?」
「何か、目にかけられたようです。痛みで目が開けられません」
「その状態でよく仕留めましたね。すぐに学校に戻りましょう」
ちょうどそのとき、桐谷班が到着したらしい。
「あらあら、大丈夫?」
──小春の声がする。
「すみません、目をやられました」
「薬品かしら? 水で流しましょう」
車の後部座席から小春がペットボトルの水を出し、目の周りを流す。
冷たくて気持ちいい。だが見えるようになるまでは回復しなかった。
「まだ見えないですね……すみません」
「よし、肩を貸そう。車に乗せるぞ」
──初めて聞く声だ。この人は初対面かもしれない。
「ありがとうございます」
「私とハジメで学校まで連れていくわ。藍太郎は南東のルークまで戻って、ウチの班の子たちと合流してくれるかしら?」
「了解しました。では、ヨシツネくんをよろしくお願いします」
この人はハジメさん? というのか。上級生だろうか。後部座席に座らされる。
「じゃあ、いきましょう」
小春が隣に座ったようだ。
「出発するぞ」
車が動き出す。ここからなら十五分ほどだろうか。
「……ッ!」
静かにしていると、目の奥がズキズキと痛み始めた。戦闘中に出ていたアドレナリンが切れたのかもしれない。痛みは次第に鋭くなり、息を吸うのもつらい。
「大丈夫?」
隣の小春が心配そうに覗き込む。
「すみません……痛みが酷くなってきて。さっき冷やしたら少しマシになったんですけど……氷とかありますか?」
「氷ね……じゃあ、少しそのまま横になって」
小春の手で頭を支えられ、そのまま上半身だけ仰向けのような形になる。
(……結構きつい体勢なんだが)
「えっと……」
俺の感覚が正しければ──多分、今、膝枕されてるんじゃないだろうか?
「動かないで」
小春の小さな手が、そっと俺の瞼を覆った。
冷たくて、心地いい。
「私の能力は氷なの。ちょうど良かったわね」
「あの……ありがとうございます」
「痛みは引いたかしら?」
──心臓がドキドキして落ち着かない。痛みどころじゃなくなった。




