第32話 即死
攻撃を受けることもなく、俺たちは無事に旧駅前ロータリーへと辿り着いた。 車から飛び降りずに済んで正直ほっとする。
ロータリー中央に車を停め、三人で外へ出る。
当然のことながら、人の姿はない──音もなく、朝の空気だけが冷たく漂っていた。
「ここにいるんですかね?」
周囲を見回しながら問うと、藍太郎が淡々と応じる。
「距離的に考えても、この辺りでしょうね」
「車やバイクでそのまま逃げたって線は?」
「それじゃ目立ちますよ。もし仮にそのまま南西に抜けてたら──真田さんが抑えてくれることを祈りましょう」
軽く笑いながら言う藍太郎の横顔には、どこか余裕があった。
「一人で車に乗って逃げるなんて、相当な度胸がないとな。車を使うってことは、移動は道路に限られるし、隠れることもできない」
凛が頷きながら同意する。確かにそうかも知れない。それに、こちらの世界に来て気づいたが、生活音がない世界では思っているより遠くの車の音も聞こえる。
となると──隠れやすい商店街や大型店舗に身を潜め、味方の到着を待つ。
それが、もっとも生存率の高い動きだろう。
この辺りは店が密集している。どこかの店舗に潜んでいてもおかしくない。
『オレも探すゾ!』
影の中からベンケイが勢いよく飛び出した。
「どこかに隠れてて、もう通り過ぎたってことは?」
そう問いかけると、藍太郎が即座に首を振る。
「それなら、さっき投げてきたスーパーボールで望月先輩が感知できるはずですよ」
(ほえー、そういう仕組みなのか)
「うん、ここら辺にいるぞ」
凛が確信めいた声をあげた。
「あの黒いバイク、エンジンがまだあったかい」
駐輪場の原付を指さす。
──ってことは、すでに俺たちの存在にも気づいてるかも知れない。
「周囲に風を張り巡らせてるけど……動いてる物体はないな」
凛が目を細め、空気の流れを探る。
やっぱり風で動きを感知してるようだ。熱をもってる物体もある程度はわかるってことか。
「どれくらいの範囲がわかるんですか?」
「二〇メートルくらいかな。建物の中にいられると、さすがに無理だけど」
「便利な能力ですね」
みんな応用力のある能力を持ってるんだな。
『もしかして、失礼なこと考えてるカ?』
『まさか、ベンケイが最強だよ』
『そうだゾ!』
得意げに胸を張るベンケイ。
『で、ここら辺にいるっぽいけど、わかる?』
キョロキョロとあたりを見回すベンケイ。
『う〜ン……』
腕を組んで悩みだしたベンケイ。
どうした最強。お前ならやれる、信じてるぞ。
『難しいのか?』
『そ、そんなわけあるわけないゾ!』
負けず嫌いの声をあげると、近くの電柱にヨチヨチと登りはじめた。
「あいつ……かわいいな……」
凛がぽつりと呟く。
「そうですかね? 生意気なだけですけど」
ベンケイに聞こえないよう、小声で返す。
「ベンケイって、あの武蔵坊弁慶のことだよな? なんでメスに男の名前つけたんだ?」
「えっ? ……なんで能力に性別があるんですか?」
「知るかよ。お前の能力だろ。……ただ、あの子はメスだぞ──気づいてなかったのか?」
凛は苦笑混じりに肩をすくめた。
『いたゾ! あのオレンジの建物ダ!』
『よし、静かに戻ってこい』
「見つけたみたいです。向こうのオレンジの建物──」
藍太郎に囁くと、彼も小声で応じた。
「郵便局ですね、お手柄です」
「向こうにはまだ気づかれてないっぽいな。私が裏手に回って、入り口から炙り出す形にしよう」
凛が低く提案する。
「そうですね。そしたら私が動きを止めます」
藍太郎がこちらを見据える。凛も頷く。
──重たい視線が、俺に注がれる。
「はい。俺が仕留めます」
言い切ると、空気が一段と引き締まった。
「100秒後に裏から突入するから」
そう言うと、凛はふっと霞むように姿を消した。
「こちらが気づいていることを、相手に悟られないように。100秒後にちょうど入り口が能力の射程に入る位置まで移動します」
……中々、難しい注文だな。
『オレはいったん影に戻るゾ』
『ああ。俺が仕留め損ねた時は頼む』
『任せとケ!』
ベンケイが影へと沈み、藍太郎はわざとらしくキョロキョロしながら、別の建物を指差して歩き出す。相手を欺くための動きだろう。
「あと30秒で走り出します。ついてきてくださいね」
「了解です」
別の建物を目指すふりをしながら、呼吸を整える。藍太郎がカウントダウンをする。
「五、四、三、二、一──行きます!」
パリンッ!
郵便局からガラスが砕ける音。凛が突入したようだ。藍太郎が反転して郵便局側に向かって走り始める。
「射程内に入りました」
「了解!」
刀を構え、入り口を睨む。ベンケイも影から飛び出す……だが、誰も出てこない。
「突入しますか?」
藍太郎に問うと、彼はわずかに首を振った。
「いえ、もしかすると──」
『まだ敵は中にいるゾ。凛はいないナ』
『……どういうことだ?』
「中に敵はいるみたいですが、優木先輩はいないようです」
「やはりそうですか……返り討ちに遭ったようですね」
(この一瞬で、あの優木先輩を?)
胸の奥がざらりと嫌な予感で満たされた。
『中の奴が移動してるかわかるか?』
『うーん、建物の中央で動いてないゾ』
「もしこの敵が裏口から逃げたら、ベンケイくんは把握できますか?」
『できるゾ』
「出来るそうです。今は、建物の真ん中でじっとしてるみたいです」
ふむ、と藍太郎が小さく呟く。
「望月先輩、優木くんはそっちに飛びましたか?」
デバイスに向かって藍太郎が呼びかける。
「ああ、今ちょうど光の粒子が集まっているところだ。おそらくコレが凛だろうな」
「暁天のビショップは建物内に追い詰めました。今はヨシツネくんと二人です。先行した優木くんは即死だったようです」
「なるほど……意識が戻り次第、敵の正体を聞いてみよう。今は、真田と暁天の回収班が交戦中だ。イオリとネムルは合流済み。すぐに桐谷班からそっちに数人向かわせる」
「了解です」
藍太郎はデバイスをポケットにしまい、俺の方へ向き直った。
「優木くんからの情報が入り次第、方針を立てましょう。ベンケイくん──警戒を厳にお願いします」
『了解ダ!』
ベンケイがピンと背筋を伸ばしてうなずく。
どうやら持久戦になりそうだ。




