第31話 勝機は一瞬、千載一遇
校庭に出ると、まだ他の班は到着していないらしく、キングの前には望月だけが立っていた。
朝の風が頬を撫で、澄んだ空気が静まり返っている。
「長谷川班が一番とは、珍しいな」
「ヨシツネくん効果ですかね」
藍太郎が笑う。
「シャキッとしろよ」
望月が、俺以外の眠そうなメンバーを見渡して首を横に振る。
三人とも今にも寝そうだ。
しばらくすると、小春が小さな声で「おはよう」と言いながら合流した。その挨拶の仕草は優雅で、まるで西洋の貴族のようだ。
続いて、九条と真田が班員たちと談笑しながら姿を見せる。
全員が揃ったのを見計らい、九条が軽く手を叩いた。
「おはよう、今日こそは黎明を潰すぜ。さて、望月くん」
「ああ。黎明のルークは、もう一つしか残っていない。最低でも、そこは確実に破壊してもらいたい」
真田と小春が同時に頷く。
「長谷川は暁天を頼む。無理はしなくていい。向こうに“いる”と意識させれば十分だ」
「はい」
そのとき、凛がちらりとこちらを見てウインクしてきた。
──指示は無視して殺れってことだな。
無言で頷く。こんな調子で続けてたら、あとで怒られそうではある。
(けど、戦いたいんだから、仕方ない)
「ガガ……ビリリ……ヒュウウ……」
不気味な音が空気を震わせた。
「ヌル……」
イオリの身体が光に包まれていく。
「げぇ……」
顔をしかめたイオリが、絶望の表情を浮かべた。
「桐谷!」
「聖グのサブロー公園ね」
「よし、南下してホームセンタートリイで合流しろ」
望月が指示を出す。
「早めに来てくれよ」
俺にそう言い残し、イオリは光の中へと消えた。
「さあ、行こう!」
九条の一声で、全員が一斉に動き出した。
ネムルとユメがバイクにまたがり、俺たちは藍太郎の車に乗る。目指すはイオリとの合流地点だ。
「聖グでよかったな。あそこなら見逃してくれるだろ」
凛の楽観的な一言に、藍太郎も頷く。
「ええ。ほぼ同盟関係ですからね。──ヨシツネくん、聖グ生への攻撃は控えてくださいね」
……俺は何だ、見境なく殺すシリアルキラーだと思われてるのだろうか。
「了解です」
とりあえずそう答えておく。
──聖グラディス学園。
〈信仰〉こそが生命を豊かにし、人を導く。
白亜の校舎を持つ神学の名門。聖職者を目指す者も多く、清廉な規律と深い献身の精神を重んじる。
海沿いの夢見市は、もともと貿易で栄えた街。そこにやってきた宣教師・グラディスが開いた教会をもとに創設されたのが、この学園だという。
山のふもとに建つ全寮制の学校で、生徒数は多くないが──西洋風の校舎と静謐な環境、そして整った制服の美しさで知られている。
特に文化祭、通称〈グラ祭〉の人気は圧倒的だ。街中から人が押し寄せ、あの清楚な制服姿を一目見ようとする者も多い。
……まあ、なにもかもが普通の東陵生からすれば、ちょっとお上品すぎて気後れする場所ではあるけどな。
車のエンジンがかかり、学校を包んでいた膜が少しずつ薄れていく。
八時、完全にバリアが消える。
「暁天のビジョップだ、図書館付近。作戦を変更する」
動くと同時に望月の声がする。
「長谷川は班を二つに、ネムルたちはイオリと合流させろ。長谷川はビショップを仕留めに向かえ」
「ネムルくん、暁天のビショップです。君たちはイオリくんと合流してください」
藍太郎がスマホで指示を飛ばすと、ふとこちらを振り返った。
「ヨシツネくん、大丈夫ですか?」
「はい、俺がやります」
──こんなに早くチャンスが来るとは、思ってもいなかったが。
「十中八九、ビショップは南東に向かう。ひとまず長谷川は旧駅前ロータリーを目指せ」
「桐谷は模型店のルークに向かい、敵がエリアを出たらそのまま国道を塞げ。真田は南下して暁天の回収班を叩け。数人をイオリとの合流に割いてくれ」
矢継ぎ早に望月が指示を吐き出す。
車が静かに発車すると、凛がどこか複雑そうな顔でこちらを見ている。
「ま、誰かがやらなきゃなんだろうけどな……」
と、ぽつり。
「そうですね。ただ、千載一遇でもあります」
藍太郎が凛に同意し、説明を続ける。
「ビショップがいるのは学校の東側。今の位置関係だと、我々の方が間違いなく早く着けます。そして、こちらのビショップの回収は急がなくても大丈夫──こんな好条件はまずありません」
要するに──これは念押しだろう。俺に向けられた期待とプレッシャー。
「大丈夫です。必ず仕留めます」
俺は短く答え、柄を一度握り直した。刃の感触が、いつもより確かだ。
外では街路灯が流れ、朝の冷気が車窓をすり抜けていく。冷たい風が頬を撫で、街全体がようやく目を覚まし始めている。
しばらく走ると、デバイス越しに望月の声が届く。
「暁天のビショップは国道沿いを南下してエリアを出た、予想通りの動きだ」
その報告を聞くと凛がごそごそと後ろからバッグを取り出した。バッグを開けると──中には、カラフルな小さな球体がぎっしり詰まっていた。
「……これは?」
「スーパーボールだ。そろそろエリアを出るからな。そこら辺に投げておく」
「はぁ……」
意図はさっぱりわからないが、なにか意味があるんだろう。
窓を開け、凛が数十秒おきにボールを放る。コロコロと跳ね転がり、視界から消えていく。
真似をして俺も反対側に投げる。
「そろそろ扉に手をかけとけ。攻撃されたら、飛び降りるぞ」
「えっ、この速度で!?」
さすがに冗談かと思ったが、凛の目は本気だ。
──先輩は能力的に平気かもしれない。だが、俺がやったら確実に大怪我だと思うが。
「大丈夫ですよ」
藍太郎が穏やかに笑う。
「大抵の能力なら、一度だけなら私が止められます」
つまり二度攻撃されたら……覚悟を決めるしかないか。




