第29話 朝の鍛錬
「あるみたいだけど、今は貸してくれないってさ」
ダイゴにため息まじりで答える。
「あらら、刀を出すのにも疲れるのかな?」
『ちゃんと敬意を持ってるとわかれば貸してやるゾ!』
影の中からベンケイの声が響く。
「まあ、そのうち貸してくれるそうだから──乞うご期待だな」
俺が肩をすくめると、ダイゴは苦笑した。
「それにしても、改めてすごい能力だよね。その剣だけでも充分、能力としてありえるし」
「いやぁ、それ言うならダイゴの能力もだろ。攻撃にも防御にも使えて、日用品まで作れるんだからな」
「でも、色々制限もあるからね。昨日の湯船みたいなサイズは無理だし、そんなに強度もないし」
たしかに、この人形になら殴られても痛くはないだろう。
実戦になったら──操ってるダイゴを狙えば勝てそうだ。
『オレが一番強い能力なんだゾ!』
『へいへい』
「そういや、普段って防御班は何してんの?」
「んー。桐谷先輩の班は動き回ってるね、僕たち九条班は索敵かな。実際、キングの守りは九条先輩だけでも充分だしね」
「へぇー、どうやって学校から索敵を?」
「僕の人形とかを望月先輩が動かす感じ。僕は“描くだけ”だから、詳しいことはわかんないんだけど」
笑いながら言う。
「九条先輩って、そんなに強いの?」
「うん、そうみたいだね。戦ってるところは見たことないけど、望月先輩曰く、うちの生徒全員でかかっても返り討ちにされるってさ」
「ほぉ……それは味方として心強いな」
「九条先輩と同じくらい強い人も、他校にいるらしいけどね」
──それは、一度戦ってみたい相手だな。
「そういえば、朝ごはんって食べる?」
「俺はこれでいいや」
ポケットからプロテインバーを取り出す。
「そっか。朝ごはんはうちの担当だから、食べたいものがあれば今度言ってね」
「ああ、その時は頼む」
「じゃあ、僕は食堂に行ってくるね」
「あ、悪いんだけど、四、五体人形描いてくれるか?」
「お安い御用」
と、ダイゴは軽口を叩きながら、手際よく人形を並べ終える。
それから軽く手を振り、階段を下りていった。
一昨日からダイゴの世話焼きぶりには助けられてばかりだ。昨日も、あの風呂騒動のあとで車の運転に付き合ってくれた。
おかげで、少しだけ運転の感覚が掴めた気がする。階段を下りる背中に小さく礼を送りながら、腰の剣を抜く。
感触を確かめる。やはり、以前の刀に比べて違和感がある。
振り下ろした瞬間──空気が鈍い。日本刀のように『流れる』わけじゃなく、どちらかと言えば、質量で“叩きつける”感じだ。
刃を見つめる。反りのない直剣。
重心が前に寄っていて、斬るというより“砕く”感覚に近い。
構えも、自然と中段──正面で受ける姿勢になる。
『どうだ? 扱いづらいカ?』
『ああ。でも……この“重さ”は嫌いじゃないよ』
蒼白の刃が、朝日を弾いて氷のように光った。
ダイゴが出してくれた人形を一通り切ると、息が上がった。
結論、この剣を使いこなすには──まずは体力から、だな。
剣を影に戻し、額の汗を拭う。
時計を見ると、まだ六時半。ミーティングまではあと一時間ある。
「……よし、三十分だけ走るか」
校舎裏を抜け、グラウンドへ向かう。
朝の空気は少しひんやりとしていて、夏の名残と秋の気配が入り混じっている。
すでに数人の生徒がランニングをしていた。
湿った土の匂いと、靴音だけがリズムのように響く。
その中に、見覚えのある背中があった。
「……望月先輩、か」
冷静で、無駄のない人。淡々とした走り方も、まるで訓練された兵士みたいだ。 声をかけようか迷って、結局少し距離を取って後ろについた。
集中している時に話しかけると怒られそうだしな。
──剣は、呼吸がもっとも大切。
師の教えだ。だから、走り込みは嫌というほどさせられた。
あの氷の剣を扱う“呼吸”──今の俺じゃ、まだ扱いきれなさそうだ。
そんなことを考えながらしばらく走っていると、前を走っていた望月がふと振り返った。視線が合う。
「おはようございます」
思わず頭を下げると、望月はイヤホンを外し口元を緩めた。
「おー、朝から走り込みか。感心だな」
ペースを落として俺の隣に並んでくる。風のように軽い声で、息もまったく乱れていない。
「先輩も走るんですね」
「まあな。結局のところ、勉強も遊びも、最後に勝つのは体力がある奴だ」
「俺は最近サボってたせいで、もうバテバテです」
「そんなこと言ってるうちは、まだ余裕がある証拠だよ」
望月が笑いながら言う。その声が、朝の空気に溶けていく。
「他の一年にも言ってるんだけどなー。まずは体力をつけろって」
(もしかしたら望月先輩って、頼りにされたいタイプなのかもな)
ユウトはそつなく何でもこなすし、あまり先輩を頼るタイプじゃない。
ダイゴは純粋に体力が足りず、先輩の眼鏡には敵わない。
イオリは運動なんて絶対しない。朝練どころか体育の授業すらやる気ゼロな気がする。
ネムルは……まあ、ふざけて終わるだろう。走ってもすぐ道草したり、変なものを拾ったりしそうだ。
昨日一日の付き合いだが、彼らの性格を見ていると、こうなる気がする。
(もしかしたら新しく言うことを聞きそうな後輩が来て、望月先輩は嬉しいのだろうか?)
「たしかに、みんな体育会系って感じじゃないですね」
苦笑いしながら答える。
「陸上選手になれって言ってるわけじゃねぇのにな」
望月は肩をすくめた。
「そうっすねー。……ちなみに、何を聴いてたんですか?」
耳を指さしてジェスチャーする。
「あー、メタル」
「……え、メタルって、あのいわゆるヘビメタってやつですか?」
髪の長い人が頭をブンブン振ってるイメージだ。予想外の答えに思わず足が止まりそうになる。
「ああ。ストレスにはメタルが一番いいんだよ」
「へぇ……」
「いや、これマジの話でな。人間の耳ってのは構造的に低音域が脳に届きやすくて──つまりカタルシス効果が生まれて──だから、ストレス解消に繋がるんだ」
(すげぇ……走りながらずっと喋ってるのに、息一つ乱れてない)
「なるほど……はぁ、はぁ……すいません、限界っす……」
ついに息が荒くなり、歩き始める。
「なんだよ、先行くぞ」
望月は涼しい顔でペースを上げた。 体力お化けだな、この人。




