第26話 能力の格
「倉田くん、昨日はちゃんと眠れた? 枕とか……」
運よくダイゴが声をかけてくれた。
(助かった……!)
俺は逃げるように席を立ち、ダイゴの方へ向かった。
「助かったよ、わさび入りのたこ焼き食わされそうになってさ」
「あぁ……あのテーブルはね……」
ダイゴが遠い目をして呟く。
ダイゴのテーブルに腰を下ろすと、カエデと望月の間に、初めて見る二年生の先輩が座っていた。
「倉田義経です」
軽く会釈する。
長い黒髪を左右に高めで結び、そこに大きめの黒リボン。毛先はゆるく巻かれ、動くたびにふわりと揺れている。
「桐谷小春」
あぁ、この人がもう一人の班長か。
低く、氷の刃のように冷たさを帯びた声。鋭い目が、まるでこちらの心を読み取るかのようにじっと見据えていた。
整った顔はまるで人形のようだ。九条先輩が和人形なら、彼女は洋人形。
見とれるほど整っているのに、少し近づくのが怖い。
「藤守のレベルもだいぶ上がってるが、長谷川のレベルにはまだまだだな」
望月がたこ焼きを箸でつまみながら言う。
「もっちゃんグルメだもんね〜。私は違いわからない〜」
カエデがくすっと笑って肩をすくめる。
俺は空いていたダイゴの隣に腰を下ろした。
「そういえば雷人先輩が言ってたんですが……能力って遠距離になるほど弱まるって。でも、俺は昨日も今日も遠距離から一方的にやられたんですよ」
「ふむ。斉藤の言ってることはおおむね正しいがな」
望月が静かに頷く。
「で、相手はどんな奴だった?」
「昨日は綾香の弓使いに、今日は暁天の戦車にやられました」
「……ふむ、なるほどな」
望月が顎に手を当てる。
「まず弓使いだが、あれは矢じゃなく弓が能力の本体だ」
「はぁ……」
つまり、どういうことだ? 俺にはまだピンと来ない。
「戦車もな、本物の軍用の兵器という訳じゃない。能力で作られた“戦車の形をしたナニカ”だ」
望月はたこ焼きを口に放り込み、淡々と断じる。
「結論から言えば──どちらも近接能力者なら能力をきちんと使えば十分対応できる。お前の能力なら尚更だ」
「移動中に不意打ちを受けたので……」
つい、言い訳じみた口調になってしまう。
「つまり車に乗ってたんだろ? まあ……敗因はそれだな。矢も砲弾も刀で切れ。絶対に刀が勝つ」
(九条先輩にも似たようなことを言われたっけな……)
「現実に存在するもので能力者は止められない。まして、現実に存在するものの模倣にすぎない能力なんてのは、所詮は二流だ」
「……つまり、俺の能力の使い方次第ってことですか?」
「あぁ。俺から言わせりゃ“弓”や“戦車”なんてのは強さのイメージが貧相なんだよ。元から武器なんだから」
「……なるほど?」
何となく言わんとすることはわかるが……。
「空飛ぶ象型の戦車とか、高速で矢を放てる弓じゃなく満腹になる矢を打てる弓とか、そういう発想があれば面白いんだがな」
言葉の端に、どこか挑発めいた笑みが宿っていた。
「俺の経験上、現実にはあり得ない能力ほど応用が利くし、強い。たとえば──喋るトカゲとか、そのトカゲに貸してもらった得体の知れねぇ武器とか、な」
望月は口角をわずかに上げる。
『そうだゾ! オレは最強だゾ!』
『……やっぱり起きてんじゃねえか』
「つまり、想像力とか心の力、胆力──そういう見えないものが強い奴が、能力を使いこなし、強い力を引き当てる。能力の格というか……たぶん、お前には、そういうのがある」
「……あ、ありがとうございます」
不意に褒められ、思わず頬が熱くなる。
ダイゴとカエデが、信じられないものを見たように目を合わせる。
「……インテリヤクザが人を褒めるなんて。明日は血の雨でも降るのかしら」
小春が黒い笑みを浮かべながら小声で毒を吐く。
「聞こえてんぞ桐谷! 誰がヤクザじゃ!」
望月が眉を吊り上げる。
確かに……言われてしまえば、そうとしか見えない。
「でもでも、もっちゃんが褒めるなんて珍し〜」
カエデがくすくす笑いながら言う。
「褒めたわけじゃねぇが──来て早々に五キルとか、派手にやらかしたらな。……あのときのアイツを思い出す」
望月は親指で九条を指し示した。
「能力を使いこなすには、どうすればいいんでしょうか?」
「さぁ、俺だって完璧に使いこなしてるわけじゃないからな。知りたきゃ、アイツに聞け」
(結局、九条先輩に戻るのか)
『ベンケイ、少し協力してくれ。強くなりたいんだ』
『まぁ……仕方ないナ』
「また模擬戦、手伝おうか?」
ダイゴの助け舟に心が救われる。
「あぁ、今度頼むよ」
そう言って、俺は最初の席へ戻った。
「ベンケイ、起きたみたいです」
九条の瞳がぱっと輝き、たこ焼きを食べる手を止めた。
影の中から、ベンケイが姿を現す。
「さ、触っていいかい?」
『ベンケイ、頼む』
『……今日だけだゾ』
「抱っこして欲しいそうです」
『エッ?』
「ほんとかい?」
次の瞬間には、ベンケイはすっかり九条の膝の上に収まっていた。九条先輩は、車の中でユメの膝に乗っていたのが、よほど羨ましかったらしい。
『……貸し一つだゾ』
『すまん』
「それで──聞きたいんですけど。能力って、どうやったら強くなるんでしょうか?」
「うんうん、ベンケイちゃんは可愛いね」
九条はすっかり撫でるのに夢中で、こっちの話がまったく入っていない。
……駄目だこの人。
助けを求めるように周りを見渡すと、
「あー、まぁ、使ってるうちに馴染んでいくんじゃねぇかな?」
真田がアドバイスとも雑談ともつかないことを口にする。
「やっぱり、鍛錬あるのみですかね……」
『世の中、結局はそういうもんだゾ』
九条にもみくちゃにされている虚な目のベンケイに諭される。
「まぁ、焦る必要はないよ。少しずつ強くなっていこうよ」
ユウトが上手くまとめてくれた。




