第23話 激突、手加減無用の模擬戦
コンビニの自動ドアは反応してないようで、半開きのままだ。誰かがすでに入ったのだろう。
「……やっぱり違和感あるな。電気のついてないコンビニって。これ、腐ったりしてないの?」
棚には弁当、パン、飲料──どれも普通のコンビニ商品がそのまま並んでいる。羊羹だけは空になっていた。
「二、三日なら大丈夫でしょ。賞味期限が切れたからって、即腐るわけでもないし」
「まぁ、そうだろうけど……期限切れ弁当を率先して食べたくはないな」
「今日は真田班でご飯作るから、弁当とかは食べないでね」
その声に、少し身構える。
(……お残ししたら、何かされそうだ)
「そっか。じゃあ飲み物だけでいいかな」
適当に“新発売”と書かれたジュースを手に取る。どうやら杏仁豆腐味らしい。
「日用品は大丈夫そう?」
「うーん、どうだろ?」
日用品の棚をなんとなく眺めていると、クローゼットに掛けるタイプの除湿剤が目に入った。
──水分を取るやつ、か。
「そういや、今日スライム状の女と戦ったんだけどさ、切ってもすぐくっついちゃって。何かいい方法あると思うか?」
俺は除湿剤を手に取りながら話を振る。水分をどうにかすれば、いける気がするんだけどな。
「黎明にいるやつでしょ? うーん……望月さんとかに相談してみようか?」
「いままではどうしてたんだ?」
「俺が爆破させるとか、雷人さんが感電させるとか、真田さんが殴る」
能力の相性ってやつか。刀じゃどうしようもないのかもな。
一人おかしい対処法がいるみたいだけど、聞かなかったことにしよう。
外から六時のメロディが流れた。
「お、今日は終わりだね」
普段使ってる日用品をいくつか手にコンビニを出て学校に戻る。
「一度校内に入ると明日まで出られないけど、必要なものとか大丈夫?」
「ああ。ベンケイは大丈夫か?」
『早く梅干し味のお菓子食べたいゾ』
「大丈夫だってさ。ちなみに、このまま校内に戻らないでエリアに残るのは可能なの?」
「残れるけど七時以降は学校に入れなくなるよ」
「ふーん」
「七時にキングの点呼があるんだ。点呼以降は生徒でも出入り禁止だよ」
話しながら歩いていると、途中で凛がいた。
「おっ」
こちらに気づいたようだ。
「ヨシツネって言ったな? ちょっと付き合えよ。ユウトも来い」
どうやら、俺たちを待っていたらしい。
何かやらかしたか?
ユウトを見ると、「さぁ?」という顔。思い当たる節はないらしい。
裏口を抜け、そのまま体育館へと案内される。
入り口前で、なぜかユウトが「スポドリかなんか持ってきてくれ」とパシらされ、俺と先輩の二人きりになった。
……なんだ、この展開。嫌な予感しかしない。
「よっし、模擬戦するぞ!」
唐突すぎる宣言に思わず目を瞬かせる。
この学校の先輩たちは、どうにも心の準備というものをさせてくれないらしい。
「ワタシも近接格闘系だからな。明日からは並んで戦うことになる」
そう言ってニヤリと笑う。
「だから──お前の実力を、見ておきたかったんだよ」
なるほど、そういうことなら願ったりだ。俺も刀を振るときに間合いを乱されたくないし、逆に俺も先輩の動きを見極めておく必要がある。
『ベンケイって竹刀も出せるのか?』
『出せるゾ』
影から竹刀が現れる。長さはいつもの刀とほぼ同じだ。
「刀を使っていいんですよね?」
「もちろんだ。普段のスタイルでいい」
赤い指あきグローブをつけた凛が軽く手首を回す。準備運動の動きは軽快で、しなやかな格闘家の雰囲気を際立たせていた。
動くたびにスカートの裾が揺れ、軽やかに跳ねるような身のこなしが、そのまま俊敏さを物語っている。
「武器は使わないんですか?」
「ああ、ワタシは蹴りが主体だ」
「えっと……その格好で大丈夫です?」
「スパッツ履いてるから大丈夫だよ」
スカートのこともそうだが、防具は……大丈夫なのか?
竹刀でも下手したら大怪我するぞ。
「いや、怪我とか……」
俺の忠告を無視して、凛はトントンと軽くジャンプ。目をまっすぐ俺に向け、拳を構えた。
仕方なく、こちらも構えを取り、息を整える。
「行くぞ」
その声と同時に、凛が視界から消えた。
──は? 消えた?
次の瞬間、風が耳をかすめる。
「くっ……!」
咄嗟に身をひねる。頬をかすめる鋭い蹴りの軌跡。
「へぇ、よく避けたな」
凛は元の位置に戻り、トントンとリズムを取りながら立っていた。
「怪我の心配してたな? キングまでは連れてってやるから安心しろよ」
悪戯を仕掛ける子供みたいな顔。思わず身構える。
目を逸らす暇もなく、凛が再び消えた。
だが今回は、消える前の足の向きを捉えた。
──左から来る。
足の向きから判断し、右に半歩避ける。竹刀を振り上げ、飛んできた蹴りを受け止めた。
「なっ?」
腕に衝撃は伝わるが、凛の体は軽く、小柄な分だけ威力は控えめ。それでも、ノーガードなら大ダメージだっただろう。
すぐに薙ぎ払うが、軽やかに後方へ下がられる。
凛は少し考える素振りを見せた後、また消えた。
右──視線で追う。さらに右。まわれ右で後ろを向くと、凛は呆れた顔で立っていた。
「お前、それ、能力か?」
どうやらもう蹴りは来ないらしい。
『ベンケイ、出てきてくれるか?』
影からベンケイがゆっくりと姿を現す。
「俺の能力は、こいつと──こいつが刀を出してくれるって感じです」
「じゃあ純粋に動体視力が良いのか。なんかスポーツやってたのか?」
「剣道を少々」
「少々ってレベルじゃねーぞ」
凛はくすりと笑って首をかしげる。
『オレも戦いたいゾ』
ベンケイは先輩に向かって静かにシャドーボクシングを始めた。
「おっ、お前もやる気か?」
凛は笑いながらベンケイの頭をぽんぽんと叩く。
「ワタシの能力は風を使ってる。今はスピード強化だけだけどな。実際は足にも纏わせて、蹴ると同時に切る」
なるほど。それなら竹刀では防ぎきれない。刀ならまだしも。
……最初の頬を掠めた蹴りだけで、決着がついてたかもしれないな。
「お前もこのトカゲと一緒に戦うんだろ?」
『ベンケイだ!』
「そうですね。ちなみにコイツの名前はベンケイです」
「ん? そうなのか?」
凛は首を傾げてベンケイを見つめる。敵意というより、好奇心のある目。珍しい生き物を観察するような眼差しだった。
「……まあいい」
そう呟いて笑う。
「つまり、模擬戦じゃお互い本気は出せねぇなって話だ」
確かにその通りだ。本気を出せば──どちらかが死ぬ。
だが、あの速度で移動できるなら……俺の速さにも対応できるんだろうか?
「ちなみに先輩は、俺の攻撃を避けられますか?」
「もし、さっきの速度が全力だとしたら──余裕だな」
「なるほど。それじゃ……」
間合いを詰め、全力で胴を狙う。
だが、凛はひらりと後方へ下がり、ギリギリでかわした。
『おしいナ!』
『……違う、わざとだ』
完全に見切られている。
俺は相手の動きを「予測」で追ってるだけだが、先輩は確実に「捉えて」いる。
「な?」
余裕たっぷりのポーズを見せつける凛。
「はい、正直驚きました」
──やっぱり。
この速度を正確に読むのは、おそらく目だけじゃない。能力は風。俺が攻撃に移る瞬間の“風の動き”を感じ取ってるんじゃないだろうか?
「ベンケイと二人でやってみてもいいですか?」
「ああ、いいぜ」
『お、いいのカ?』
『怪我させないようにな、爪は使うなよ』
『わかってル!』
言うや否や、ベンケイが影から飛び出し蹴りかかる。
俺もワンテンポ遅れて慌てて足を狙って切りかかる。
『ムッ?』
気づけばベンケイはぬいぐるみのように片手で抱き留められ、俺の竹刀は足で踏みつけられていた。
「参りました」
「よろしい」
凛は嬉しそうに笑う。
これじゃタイミングを合わせても無意味か。とはいえ──ベンケイとの連携はもっと磨く必要がありそうだ。




