第20話 束の間の小さな冒険
──そうこうしているうちに、模型店に到着した。
「あ、合流できたんだ。よかった」
店先のベンチにいたユメが、アイスをかじりながらほっと息をつく。さっき食べそこねたのが、よほど悔しかったらしい。
ベンチの上には、すでに数種類のアイスの空きカップが並んでいた。
「真田先輩がやられたって聞いてさ、迎えに行こうか迷ってたんだ」
店の奥からネムルが顔を出す。
「今、雷人さんが学校まで迎えに行ってる。もうすぐ戻るはずだよ」
ユウトが説明する。腕時計は、ちょうど三時を指していた。
「また敵、来るかな?」
「場合によっちゃ、こっちから攻めることになるかもな」
ユウトのつぶやきに、ネムルが応じた。
「ノノちゃんもアイス食べる?」
ユメは相変わらずマイペースに声をかける。
とりあえず、今すぐ戦闘──という空気ではなさそうだ。
歩き通して少し疲れていた俺は、ようやく店の中に足を踏み入れた。
「そういや、ナツキと三人で何度か来たな」
「お年玉持ってね」
ユウトが懐かしそうに笑う。
龍宝堂模型店。東陵高校の南東に位置する。小学生の頃、プラモデルや流行りのおもちゃを買いに、自転車で通った場所だ。
当時の俺たちにとっては、小さな冒険。自分の財布で好きなものを買う──それだけで少し大人になれた気がした。
店の中は、床から天井までロボット、戦車、艦船、飛行機などのプラモデルで埋め尽くされている。あの頃と何も変わらない。まるで迷宮のようだ。角を曲がるたび、新しい宝物が顔を出す。
「懐かしいな……」
俺がつぶやくと、ユウトが棚を見上げて笑った。
「お前、ここに来るといつも買うもの決められなくて、ナツキによく怒られてたよな」
そう言われて思い出す。恐竜のプラモデルにハマって、「全部一緒じゃない」とよく言われたものだ。
(ティラノサウルスとアロサウルスを一緒にするなんて、これだからしろうとはダメだ)
「俺はバイクのプラモデル作りに夢中で、結構通ってたな」
ネムルが、会話の隙間にふっと口を挟んだ。その瞳の奥には、どこか遠い過去を懐かしむような色が浮かんでいる。
「そういえば私、プラモデルとか作ったことない。説明書とか読むの大変そう」
「慣れれば簡単だぞ。というか組んでる間は時間を忘れるくらい集中できるし」
ユメの意見にネムルが前のめりになって反論する。まるでプラモデルの魅力を伝えたい子どものように熱がこもっていた。
「私が通ったのは駄菓子屋かな。くじ付きのガムとか、ラムネとか」
ユメが頬をかきながら、少し照れくさそうに笑った。先程のプラモデルの話から、自分の趣味を話すことに切り替えたようだ。
「そんな食い意地張ってるから、能力までお菓子なんだよ」
ネムルがぼそっと言い捨てた。
「何か言った?」
ユメのツッコミが、ネムルに鋭く飛ぶ。ネムルは肩をすくめてとぼけたが、その場に小さな笑いが広がった。緊張が解ける、穏やかなひとときだった。
そういえば駄菓子屋では、逆にナツキがなかなか買うものを決められず、俺とユウトが店の前で待たされていたっけ。 「まだ?」なんて言えば怒られるから、ただ黙って待っていた。今思えば、あれは理不尽だったな。
あの頃の思い出が、ほんの少しだけ胸を温かくしてくれる。
戦いの合間なはずなのに、今だけは小学生に戻ったみたいだった。
「おーい、いるかー!」
真田の声が外から響く。どうやら合流して到着したらしい。
二階から藍太郎も駆け降りてくる。
全員が店前に集まったところで、真田が片手で「すまんすまん」と謝るポーズを作る。
「あんなにあっさり負けるとは思わなんだ……それにしても、長谷川、よく防いでくれたな」
「ヨシツネくんが凄かったんです、ざっくざっく首も体も斬りまくって」
ユメが興奮気味に話す。
「はい、驚きました。一人であっという間に四人も斬り殺してしまいました」
藍太郎も、いつもの調子で淡々と報告する。
……うーん、なんだか俺が物騒なやつに仕立て上げられてないか? 気のせいか、ノノがほんの少し距離を取ったように見える。
「そりゃ、こいつ何度も剣道の全国大会で優勝してるからな」
「えっ!?」
真田の声に全員の視線が集まる。……こういうの、苦手なんだけどな。
「つまり、日本一強いってことか?」
「いや、もっと強い人も大勢いる」
ネムルの問いかけで、俺の頭に師匠の顔が浮かぶ。あれはもはや鬼だ。
「なんにせよ、心強いぜ」
ネムルが笑いながら親指を立てる。
「黎明は修武館とも小競り合いしている。さっきみたいな大規模な攻撃は、そう何度もできないだろう」
たしかに黎明工科は聖グラディス学園、修武館第二、東陵高校の三校に囲まれている。あの突撃は、かなり無理をした賭けだったに違いない。
「さて、今日の食料調達は俺たちの番だ。時間もちょうどいい頃合いだし、黎明との中間──東町公園あたりで哨戒しながら物資を集めよう。四時半にはここに戻る。長谷川班はルーク周辺で警戒。ネムルは寝とけ」
真田はてきぱき指示を出し、二手に分かれて車に乗り込んでいった。
「寝なきゃかー」
ネムルは枕を抱え、本当に嬉しそうに奥へ消えていく。
「ヨシツネくんの強さの理由、納得しましたよ」
藍太郎が声をかけてくる。
『ベンケイだって活躍したゾ』
「いえいえ、ベンケイが大活躍してくれたんです」
「召喚獣も本人も強いなんて、まるでチートですね」
確かに、ベンケイと一緒に戦っていると、心強いというか、自分まで強くなった気がする。
──そしてこの刀も妙に手に馴染む。竹刀よりもしっくりきて、まるで何年も使い込んだかのような感覚だ。強さが、自然と手に伝わってくる。
「期待に応えられるよう、頑張ります」
『こうご期待ダ!』
「先輩ー! お菓子探しに行っていいですかー?」
ユメが顔を出す。
「エリアから出ないでくださいね。それと……ヨシツネくんも、欲しいものがあれば遠慮せず言ってください」
うーん、特にないけど……強いて言うなら、プロテインバーくらいかな。
なんか妙に現実的な欲望だ。なんでも手に入る状況で、プロテインバーしか思い浮かばない自分がちょっと切ない。
『ヨシツネ、オレにも聞ケ』
『……はいはい、一応聞きます。欲しいものは?』
『うーん……ウメボシ?』
『でしょうね』
「夕飯用に梅干しが欲しいんですが」
俺が言うと、藍太郎が小首をかしげる。
「渋いですね……でも夕食は真田班が担当してくれてますよ?」
「ベンケイちゃん用? じゃあ一緒に駄菓子屋行く? 梅干し味の駄菓子もたくさんあるよ」
ユメが代わりに答えてくれる。
『行くゾ!』
影からベンケイが飛び出す。まるで戦場に突撃するかの勢いで、ずんずん先頭を切って進んでいく。
……おい、場所わかってんのか?
「こっちだよ、ベンケイちゃん!」
案の定、ユメが呼び止める。ベンケイは素直に方向転換し、ぴたりと彼女に抱きついた。
(……いや、影に戻ればいいだろ)




